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樅木某日日記

某日。

脳が擦り切れる。

普段、文章を書く仕事をぼちぼちマイペースにやっているのだが、今回は珍しく締切が重なった。しかも新しく始めた仕事もあって、慣れなさもあり。

ずっと試行錯誤で、毎日のように朝から晩までパソコンに向かっていたら、ある金曜日にぷつんと書けなくなってしまった。

焦る気持ちを抑えながら、土日、仕事について考えるのをやめる。

いい表現や構成を無意識に探す気持ちをぐぐぐぐっと奥に押し込めて、漫画を一気読みしたり、古本屋や文房具屋を覗いてみたり。そしてぐっすりと寝る。

月曜日、ドキドキしながらパソコンに向かったら拍子抜けするほどすんなりと書けた。

休むことが生産性を高めるのを体感したできごとだった。


某日。

忙しさでぜいはあしていたら、実家の母が1週間ほど泊まり込みで助けに来てくれる。

その期間は、料理を全部お願いすることにした。

我が家は夫が料理をほとんどしないので、私は誰かの手料理を食べることがほとんどない。

普段料理をするのはまあ嫌いではないけど、「自分の味」にとんでもなく飽きることが時々ある。どんなに上手につくれてもその味が予想できてしまうことにうんざりする、といえばいいのか。

その点他の人が料理を作ってくれると、野菜の切り方とか味が違うこととかに感心し感動する。そもそも、誰かが自分のためにつくってくれた、という事実だけでもたぶんご飯3杯はいける。

初日の夜、味噌汁、ハンバーグ、酢の物など、母の料理を噛み締めるように食べながら「人が作ってくれる料理はいいなあ!!!」と強く思う。

それがうっかり独り言になっていたらしく、母に「何言ってるんだか」と苦笑された。


某日。

ビールのCMの「今年もよく生きました」というコピーのよさを噛み締める。

頑張りました、でもなく、おつかれさまでした、でもなく、「よく生きました」。

がんばれなかった人も、心残りがあった人も、誰も取りこぼさない、やさしく明るいねぎらいの言葉だなと。



本当に、今年もよく生きました。私も、あなたも。

どうか良いお年をお迎えください。

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樅木(もみのき)。

10年ほど前、アメリカに住んでいた頃。年明けしばらくしてから、樅木が道のあちこちに転がっていることに驚いた。

クリスマスツリーのための樅木がスーパーなどで販売されていること、ツリーは年明けまで飾ること、その後回収業者に引き取ってもらうため道端に無造作に置かれること、どれも知らず大きなカルチャーショックを受けた。

華やかな役目を終えて、住宅街の歩道で「やれやれ」と寝ているような死んでいるような樅木たちの佇まいが、静かで穏やかでハッとしたことを、この季節になるとたまに思い出す。

去年の12月の日記はこちら。


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