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如月某日日記

某日。

味噌汁を焦がす。

ちょっと野菜が煮えるまで、と思い近くの椅子に座って読みかけのエッセイを手に取ったのがいけなかった。

翻訳家・岸本佐知子さんの「死ぬまでに行きたい海」。

初めてひとり暮らしをした町や行ったことのない駅など、土地に関係するエッセイ。

過去と現在と、現実と空想が入り混じる筆致にぐいぐいと引き込まれていく。


行間に自分の輪郭がぼやけ、どこに立っているのかわからなくなる。

字と字の間を放浪し、ページの余白を彷徨う。


そのまま流れるように最後まで読んで、はっと我に帰ると台所から焦げ臭い匂いが漂ってきていた。

あああ〜…と思いながらも、後悔は浅い。


本の持つ魔力にはさからえない。特にこの本は強い魔力の持ち主だった。かなわない。



某日と某日。

友達と昼からビールに溺れる日が2週続く。

互いにべろんべろんになりながら、相手が聞いていても聞いてなくても、好きなことについてとめどなく語り合う日のなんと幸せなことか。


人生にはおいしいビールがもっと必要なのかもしれないと思う。

みんなでおいしいおいしいと言いながら飲んで、わははと笑う。そんな時間がようやく安心して持てていることに心からほっとした。


あまりに酔いすぎて、帰り道に寄ったヴィレッジヴァンガードが九龍城や魔窟のようで彷徨えど彷徨えど出口がわからず、背筋が凍えたのも楽しかった。


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