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「倒産寸前の会社で働いています」第一話

あらすじ

私こと斉藤は、小さな運送会社で働いている。
ただの事務員が、ある日を境に薄々感じていた会社のヤバさを実感していく羽目に。
おいおい、この会社大丈夫なのか?
潰れてしまうの? 持ち直すの? この先どうなるの?
…それは神のみぞ知る。



3月初旬

 ある日、社長が私にこう言った。
「あのー斎藤さん、先月の銀行の収支が600万円赤字なんやけど…。」
「え…。」
——は?600万?意味が分からないんですけど?
「ちょっと、調べてみます。」

 言っておくが、私斎藤は、経理でもなんでもない。
 うちの会社に経理は存在しない。会計士さんに丸投げしているからである。
 とはいえ、会計士さんに丸投げする前段階で、私が請求書や領収書をまとめたり、そこに出てくる収支の金額は一応計算して表にしていた。その表の中では、そこまでマイナスではなかったはずなのだが。
 いつも、まとめているおかげで、どこを見たらいいのかは、なんとなく分かる。
——とりあえず、通帳のコピーで見ていくかな…。
 この時になって初めて、通帳との照らし合わせをした。いつもは会計士さんにそのまま渡すだけだったからだ。そうすると、確かに私の作っている表に支出の項目の漏れがあったり、請求書の発生していない振込などがあった。あったのだが。
——えらい、現金の引き出しが多いな…。
 今まで、見たことのなかった通帳のコピー。パンドラの箱を開けた瞬間である。
——ATMで10万…この日が15万…10万………は?合計120万?
どうなっているか分からないまま、とりあえずは、社長に報告する。
「社長、すいません。私が計算し忘れていた税金分とか、請求書がなくて知らなかった引き落としとか、現金の引き出し分とかは、この表には入ってなくて。今、計算した分で430万ぐらいは抜けてました。」
「おぉ、そうか。修理代とかもかかってるから、まぁそれで、計算合うかな。ありがとう。」
——いや、修理代はこの計算には入ってるんだけど…。で、600万の赤字に変わりは無いのでは…?
と、思いながらも。
「あ、そうですか。良かったです〜。あはは。」
事なきを得た私であった。

 社長は、いつも一つの所にじっとしていられなくて、すぐにどこかへ行ってしまう。事務所にも、いることは少ない。
 が、今はそれを機に、本当の支出具合を一旦調べてみようと思った。
 なんとなく、こんな感じだろうと想像はしていたのだが、はっきりと知るのが怖くて、調べずにここまで来ていた。それは、私の仕事では無いのだから。
 ちょうど、会計士さんが確定申告の時期で忙しく、会社の会計が3ヶ月ほど溜まっており、全ての情報が手元にあったのも、調べようと思った要因の一つである。
 調べていくうちに、愕然とする。毎月120万円以上、時には160万円の現金の引き出しがあるのだ。これで、どこか違う銀行に預けていたりすればいいのだが、その形跡もない。
 方や、現金での領収書は毎月60万円ほどしかない。
——え…残りの60万円どこに行った…?
 私は、一緒に働いている基谷さんに相談する。この基谷さんは、同じ年の男性で会社の事はなんでも話せる仲だ。
「あのさー、毎月現金120万ぐらい引き出してるのに、現金の領収書が60万ぐらいしかないんやけど…」
 基谷さんは、こともなげに言う。
「そんなん、社長の懐に入ってるに決まってるやん。」
「えー…。」
「この前、会計士さんの担当が変わった時に聞かれてたで。社長に現金の貸付が600万あることになってるけど、どういうことですかって。」
「あー…。」
——通帳から、現金は引き出されてるけど、領収書が金額合わないから、社長に会社が現金を貸してることになってるのか…。
 これも、今知った事実である。
「え、そいじゃさ、会社のお金をめちゃくちゃに使ってるってことやんな。」
「そんな今更。」
と基谷さんは笑う。
「家の車、何台も会社名義でローン組んで。会社名義のクレジットカードも家で使うもの食べるものをバンバン買って。社長と奥さんの給料だけで100万近く取って。こんな小さい会社の社長がすることちゃうで。」
「あははー。ですよね〜。」
 そうなのだ。知ってはいた。その事実。だけど、見ないようにしてきたのだ。車のローンや保険、生命保険、クレジットカードの利用料、会員制ホテルの会員費、そして給料などなど。その額、軽く見積もっても、ゆうに200万円は超える。毎月の家計、200万円かかるのと同じである。(そんな家、あるんか!)
 しかし、更に毎月現金が懐に入っているとなると…もう笑うしかなかった。
 基谷さんが、言うことには。
「俺もな、前にクレジットカードとか現金の領収書が多過ぎるから、ちょっと控えてくださいねって言ったことあるねん。」
「また、あの社長に言いにくいこと、よう言いましたね。」
「おうよ。でな、その時は『言いにくいこと言ってくれてありがとうな。すまんよ。』って言うてたけどな。結局、何にも変わらへんかったわ。」
「ていうか、変わるわけない…。」
「もー、しゃーないで。贅沢な暮らしは変えられへんからな。」
「まあ、会社が回るんやったら、それでいいんですけどね。」
「なんか、金の成る木でもあるんちゃうか。じゃないと、こんな金の使い方せんやろ。」
「そうですね。ご両親お金持ちっぽいし。」
「我々庶民は、何も考えずに働いといたらえーんよ。俺らの仕事はお金の管理じゃないからな。」
「そうっすね。触らぬ神に祟りなしですわ。」
そう言って、二人で笑い合っていた。
この時までは。

第二話に続きます。

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