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「倒産寸前の会社で働いています」第四話


 事務所の前に現れた二人を見て
「飯田さんも来たんか。」
と、基谷さんがつぶやいた。それにより私は、河野さんともう一人の人が飯田さんだと知る。河野さんと飯田さんは、
「お邪魔しまーす!」
と言って、元気に入って来る。飯田さんは、
「いやー、これはヤバいで。膵臓癌ステージ4。」
と座るなり笑いながら、社長に告げる。
——それ、助からんやつなのでは…。しかも笑いながら告げられてる…。アホって見下してた人に…。
「末期も末期やで。」
幾分、飯田さんの口調は楽しそうだ。
「…。」
前回、河野さんが来てくれた時もそうだったが、社長は本当に何も言わない。
「ほな、早速数字見ていこか。」
と、飯田さんが切り出した時。河野さんが、割って入った。
「あのな、こんな話、ほんまは従業員さんがいる所でする話とちゃうで。ええんか。」
「この人達は大丈夫。」
社長はこう答えたが。
——いや、ほんまは聞きたく無いけど…。巻き込まれるやん…。
と思っていた私だった。けれど、私の思いなどを知る由もない河野さんは、
「まぁ、それやったらええわ。」
話続けて、と飯田さんを促した。

 アホの飯田、と呼ばれていた飯田さんだったが、話し始めると、数字を見るのが素晴らしく早い。そして一方的な会話が続く。細かい内情を知らない私には、はっきりと分からないが、どんどんと話が進んでいく。
「とりあえず、支出をスリム化していかんと。これ、何のお金よ。え? 会員制のホテルなんて、儲かってるとこが節税対策でするんやで。儲かってないんやから、いらんやろ。権利売るかなんかして。」
「倒産保険も、節税対策でするねん。儲かってないんやから、すぐに解約せんと。」
「この車、なんでこんなに毎月の支払い安いん? え! 残価設定で買ってるん? 5年経ったら1000万払うってこと? その時に、値段上がるかもって? この車で上がるわけないやん。こんなん、投資目的って言わへんで?」
「乗用車何台あるんよ…。8台? そんな乗らんやろ。体一個やで。使ってないやつ、全部売らなあかんわ。こんな車買って…、3000万捨ててるようなもんやで?」
「そもそも、このリース契約はほんまにあかんわ。どんな契約になってるん。契約書見せて。…金利を甘く見過ぎじゃない? これぐらいって思うかもしれんけど、金利って後で効いてくるからなぁ。」
「保険代が高いなぁ。事故があったから上がってるのは分かるけど、ちょっと考えなあかんわ、これは。」
「クレジットカードの金額って、仕事の物も買ってるん? でも、仕事で使ってるのそんなにないやろ? まあ、10万使ったとしても後40万は自分の買い物やな?」
等々。私が作った収支をまとめた表を見て、飯田さんは一項目ずつチェックしていく。私は、自分の業務をしながら、耳だけダンボだ。
 そして、飯田さんは、一度も話を止めて計算することなく結論に入る。
「人が全然来ーへんのやろ。とりあえず、動いてないトラックといらん乗用車売って、保険も考え直し。クレジットカードも10万に抑えて、いらん支出は無くしていかんと。ほんま贅沢しすぎやで。今、計算したら、これで月々300万ぐらいは削れるわ。」
 その時、基谷さんが、すいません、と手を挙げて申告する。
「今月は売り上げが3000万ありますけど、二人辞めるので、このままだと2ヶ月後には少なくとも売り上げが300万は落ちます。」
これを聞いた河野さんも飯田さんも、一瞬間を置きため息をつく。今まで、今月の売り上げを元に計算してきたが、更に下がるとなると話が変わってくる。
 うーんと唸りながら飯田さんは、
「いやもう、これは待ったなしやで。今、動いてないトラックと乗用車を全部売るとして、足が出る分だけで約2000万。今後の運転資金が1000万、全部で3000万はいるな。3000万、用意できる? その上で月々300万は支出を落とさんとあかん。300万じゃ効かんかもしれんけど。それぐらいは切り詰めんと。それをやっても、3年は厳しいわ。よう我慢する?」
これ、贅沢が染みついたお前にできるんか?できへんのちゃう?と言っているように私には聞こえた。どうせお前は我慢できへんやろ、と嘲笑われているかのようだった。
そして、河野さんも口を開く。
「言っとくけど、うちでは貸されへんで。うちも厳しいからな。貸すにしても、返ってくる見込みが無いと絶対に無理やわ。返ってくるとしても、この状況やったら遠い先の話になるからな。月を跨ぐ金は貸されへん。」
「…。」
——詰んだな…。
詳しい会社の内情を知らない私でも、話の内容から、崖っぷちな感じなのはひしひしと伝わってくる。そして社長は河野さんにお金を借りようと思っていたはずだ。これは本格的にヤバい。

 ほとんど喋らない社長と、河野さん、飯田さんの間に重い空気が流れる。そんな中、飯田さんがふと、
「ちなみにぶっちゃけ銀行にいくら借りてるん? 借金いくらあるんよ?」
と聞いた。社長は一瞬躊躇ったが、
「…1億3000万。」
と、答えた。
——…は? いちおく…さんぜんまん…、だとぉっ!!!!!
私は耳を疑った。横で、基谷さんも驚いているようだった。まさか、そんなに借金してるとは思いもしなかったからだ。前に、二人でどれぐらい借りてるんでしょうねぇ?と、話をしていたことがあったが、まぁ3000万ぐらいちゃうん、という話で落ち着いていた。
が、その前に1億が付くとは。流石に私たち二人は固まってしまった。
——それでお金が無いって、使ったってこと? この数年で? え、ヤバくない…?
 河野さんも飯田さんも、呆れた感じであぁ…と、ため息を漏らす。
「厳しいなぁ。俺やったら、会社潰すわ。その方が楽やもんな。」
と飯田さん。さらに河野さんも、
「こんなん、俺でも潰すわ。さっさと潰して、違う商売する。」
と言い放った。が、その後に、
「でもなぁ、一人もんやったらそれでいいけど、お前家族もおるし、守るもんあるからな。」
「…。」
「まぁ、それやったら、俺なら頑張って立て直すかな。意地でもな。」
社長を奮い立たせてくれているのだろうか。さすがは長年連れ添ったカップルである。
 河野さんのこの言葉を合図に、
「まぁ今言ったこと、ちょっと考えや。再来週ぐらいにまた来るわ。」
飯田さんはそう言って、河野さんと共に立ち上がる。またもや、事務所に来てから30分も経っていなかった。

 事務所を後にした河野さんと飯田さんを見送りに社長が出ていく。それを見届けてから、
「え、飯田さんも全然アホちゃうやん。めっちゃ頭いいやん。」
と前回と同じく、私は素直な感想を基谷さんに伝えた。
「あの人も、金勘定は得意やからな。」
「そら社長してるんやもんな。すごいわ。…いや、当たり前か…。」
そんな話をしているうちに、社長が戻ってきた。あんな話だったにも関わらず、機嫌は良さそうだったので、
「飯田さんて、初めてお会いしましたけど、めちゃくちゃ計算早いですね。」
と、社長にも伝えてみた。すると社長は、
「俺は、あいつの数字の計算が早いとこだけは信用してんねん。」
と言ってきた。
——…え? は?
いつも、あんなに馬鹿にして見下していたのに、本当に簡単に自分の意見を翻してくる。今更だが、苦笑いしかできない。私にはこのたった30分で、いかに社長が下に見られているかを、まざまざと見せつけられたと思っていたのだが。
 そしてさらに、社長はこう続けた。
「河野が『お前も守るもんあるからな』って言うてたやろ。あれは、『俺もお前を守ったる』って俺には聞こえた。俺を助けてくれるっていう意味やと思うねん。」
——…は? どうやったら、そんなふうに聞こえたの? 耳おかしいんですか? めっちゃはっきり断られてたやん…。何、このおめでたい思考回路…。
だから機嫌がいいのか、助けてくれると思ったから…。もうどうにでもなれ、と頭が痛くなった私だった。

 数日後、基谷さんから聞いた話によると。あの話し合いの後、河野さんの会社へ出向いた社長は、「ここでは従業員がいたから、やんわりと言ったけど、お前には絶対に金は貸さへん。」とはっきりと断られたと。そして、「しんどい時だけうちに来るな、最近いつもつるんでる奴に泣きつけや。」と言われたらしい、とのことだった。
——そりゃそうだよね。そろそろ本格的に、カップルも解消かもな?
と思った私である。

 そして、一番の頼みの綱を完全に断たれてしまった社長は、風船のように浮遊していくのだ。

第五話に続きます。

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