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「倒産寸前の会社で働いています」第二話


 少し、私斉藤が勤めている、会社の紹介をしておくと。
 田舎の小さな運送会社で、事務所で働いているのは、社長を含め4人。
 前出の基谷さんは、運行管理者である。
 運行管理者がどういう役割か、詳しくは説明しないが簡単に言うと、働いているドライバーさんをまとめる人である。体調不良者が出たり、事故があったりすると、その人の代わりに運行をすることもあり、事務所に不在のこともしばしば。基谷さんは、長年ドライバーを経験してきており、なんでも知ってるしどんなトラックでもトレーラーでも乗れてしまう、超ベテランさん。社長の信頼も厚い。
 次に私斉藤は、事務方を一手に引き受けている事務員で、経理以外の全てをこなしている。一応、運行管理者の資格を取っているので、必要な書類などは全て作り、この会社のお金のこと以外は大体把握している、と思っている。自分で言うのもなんだが、ある程度仕事はできる方なので(“早い・的確・ミス最小限“をモットーにやっている)、社長からの信頼は厚い。
 もう一人パートの事務員さんで、羽田野さんがいる。この人もめちゃくちゃ仕事ができる人で、覚えの早さも仕事の速さもミスの少なさもピカイチ。私の片腕で、かなり頼りにしている存在である。私が頼りにしているので、社長も信頼していると思われる。
 そう、この会社の事務所は、仕事ができる人間で構成されている。この会社を回しているのは、私達3人と言っても過言では無いだろう。
 一方の、社長はというと。悪い人ではない。話も楽しいし、面倒見も良く、私達によくしてくれている、とは思う。
 が。
 社長は割と、クセの強い人である。
 例えば、機嫌が悪いと私達にあたったり、物に当たったり、すぐに電話口の相手に大きな声で怒鳴ったりする。他には、営業に来たお客さんなどに自分の武勇伝みたいなものを語り、誰かから聞いた情報を、さも前から知っていましたかのように喋ったりする。同じ話をいろんな相手に何度もするので、同じ事務所内で聞いているこちらは、またあの話か…とちょっとうんざりしてしまう、といった感じだ。何かを始めるとなると、最初は自分だけで話を聞き、いざ始まったら何も聞かされていない私達に全部丸投げしてきたり、なんでも人任せにする割に、こちらが良かれと思って先回りしてやったことが
「こんなこと勝手に決めて、俺知らんかったわ。誰の会社やねん。」
などと、言われる事態になったりと、言い出せばキリがないが、多少厄介なことがお分かりいただけるであろうか。
 そんな社長の元で、普通の人間が長続きするわけもなく、事務方の人間はコロコロと人が変わっていたらしい。
 そこへ、私と基谷さんが時を同じくして入社し、今2年ほどが経ち安定している。(羽田野さんは、まだ半年ほど)
 まぁ、ただただ私達にスルースキルと怒鳴ることへの耐性があっただけで、正直うんざりしてはいる。半年ぐらい前から、実のところ辞めたいなと思ってはいる…が、皆が頑張っているから、もう少し頑張るか…と踏ん張っているところだ。

 そんな最中の、600万円赤字事件であった。
 しかし、ここから事態は加速する。



3月下旬


 一旦、お金がない騒動は落ち着いていたのだが、給料を振り込む頃になって、社長が、
「給料振り込んだら、支払い足らんな…。」
「あっちの口座から、お金動かしとかなあかんわ…。」
パソコンの画面に向かって(多分ネットバンクの画面を見ながら言っていると思われる)、大きな独り言を言い始めた。
——そりゃまぁ、600万の赤字って言ってたら、資金足らんってなってもおかしくないか…。とりあえず、動かすお金はありそうかな…。
 社長のお金の使い方が派手とはいえ、なんとなく自転車操業なのではとは思っていたが、やはりそのようだった。それでも今までは、お金が足りない、なんて話は聞いたこともなかったのだが。
 更に、
「今月決算やったよなぁ。振り込み、間に合って良かったわ。」
という、取引先と思われる人との電話での会話も聞いてしまう。
 月末付近は入出金が激しいので、銀行の残高が少ないとタイミングが悪ければ、支払いができないなんて事態になりかねない。ギリギリセーフと言ったところか。
 しかし普通は、従業員にこんな会話を聞かれないようにするのが、経営者だと思うのだが、なにぶんうちの社長は、その辺はお構いなしだ。まぁ、私達を信頼してくれているということだろうか。

 時を同じくして、私が今月の支出総合計と来月の入出金の予定表を提出した。
 すると、お金の話に敏感になっている社長は、
「これ、もうちょっと、こうパッとみてわかるような感じにならへん? 来月、どれぐらいのお金用意したらいいか分からへんのやけど。」
と言ってきた。いつもは、ほとんど見もしなかったくせに、こんな状況になってから分かりにくいなどと文句を言ってくる。それならハナから、もうちょっとこうして欲しいと言っておけと思うのだが。ちなみに、私に言わせれば、今月の支出総合計を見て、来月も同じぐらいかかると考えておけばいいのでは?と思っている。
 イラっとしながらも、そんなことは言えないので、
「すいません、私経理とか分からないんで、これ以上はできません。会計士さんに相談してもらわないと…。」
と私は答えた。
——私の仕事じゃないんだよ、そこは。
そこの仕事の境界線は、はっきりさせておかなければならない。
 すると。
 社長はこう、のたもうた。
「あーもう、うちって、会社の舵取りする人がずっとおらんねんよな〜。はぁ。」
——??? ナニヲイッテルノコノヒト…。会社の舵取りをするのは、お前の仕事やろーがっ!!! なんのために、社長やってるんですか? え、誰かが経営してくれるんですか? 私達には誰の会社やねんって言うくせに? 舵取りせんかったら、お前の仕事は一体なんやねん!
 この社長の一言は、私の中で何かを変えた。今までは「怒ったりもするけど、まぁなんとかなってるし、面白い時もあるし。」と思っていたのだが。
——こりゃあかんわ。潮時考えた方がいいかもな…。
すんっとスイッチの切れる音がした。

 その言葉を言い放ってから社長は早々に、事務所から出て行った。
 残った3人の思いは同じだったらしい。
「え、ヤバない。舵取りする人おらんとか言ってるで。」
「それは、社長さんの仕事なのでは…。」
「やんなー、羽田野さん! 同じこと思ってた!」
「あの人は、自分で考えて動かれへんから。ずっと誰かに言われたまま動いてるんやで。でも、それを自分でやってきたって思ってはるねん。」
「基谷さん、なんか情報通やな〜。」
「裏情報は、多少持ってるわ。」
「えーそうなん!」
「でも、あんまり言ったら、みんなが嫌になるから言わんとくわ。」
「めっちゃ気になるやん。」
「気になりますね。」
「知らん方が働きやすいこともあるからな。」
「それは一理ある。聞かんとくわ。」
あはは、と笑いながら、話が続く。この3人の仲はとても良い。
 そして私は、自分が作っている入出金表を、基谷さんに見てもらうことにした。
「これで、分からへんのやろか…? 予測つかへん?」
「いや、全然分かるやろ。」
「でも、社長分からんて…。」
「ちゃうねん。都合の悪いことを分かろうとしてないだけ。多分どんなもん作っても分かってもらわれへんと思うわ。気にしーな。」
「それならいいんやけど。そういえば、前に会計士さんに、『何言ってるか全然分からん!』いうてキレてたことあったな…。ま、いっか。これ以上は会計士さんに聞いてって言ったし。」
「我々は、深く関わらなくていいんよ。関わったらややこしいで。」
「…せやな。」

こうやって少しずつ、会社の現状と社長の本当の為人を知っていくのである。


第三話に続きます。

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