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「倒産寸前の会社で働いています」第三話

 いつも、事務所で色々と話をするのは社長である。話すのが大好きで、もう何回も聞いた話だが、私達に話したことを覚えていないようで、
「この後どうなったと思う?」
みたいな聞かれ方をよくする。その話の結末知ってるよ、とは思うのだが、
「えー…?」
と言って濁していると、待ち切れないのか勝手に結末を話してくれるので、いつもその手で乗り切っている。特にその返答に違和感を覚えている様子もない。
 話し上手なので、同じ話を繰り返し聞くのでなければ、楽しい。けれど、大体は昔話で、最初に聞いた時には最近の話かと思っていたら、何回か聞くうちに10年以上も前の話だった、ということはザラにある。
 前に、私の友人が
「過去の話ばっかりする人って、過去に囚われすぎよな。」
と言っていたことがあって、まさに社長もそうだと感じる。話の中でも、昔の栄光に固執してるなと思う場面が多々ある。
 そんな社長の話の中で、最多出演をしてくれている友人がいる。河野さんという、同じく運送会社を経営している人だ。今は会長になったらしいが、昔からの連れで、ほんまにアホなんよ、という話を何回も聞いていた。そして、河野さんの話をする時にもう一人、その会社の社長の名前もよく聞いた。その人は、うちの社長が名前を出す時は“アホの飯田“と、必ず形容詞をつけて呼んでいたので、相当なのだろうと思っていた。社長本人はそのつもりはないかもしれないが、二人の話を聞いていると、馬鹿にしているというか下に見ているというか、そういう感情が見え隠れするなと感じていた。
 社長は以前、週に一度はその会社へ出向いて、話をしに行っていたのだが、ここ最近は、そういえばあまり行っていない。「もうあいつと付き合いするの嫌なんよ。」と言っていたように思うが、そんなことを言ってはまた頻繁に会いに行く、ということを前から繰り返していたので、聞き流していた。くっついたり別れたりするどうしようもないカップルと一緒だとずっと思っていたのだ。
 そんな旧知の仲の二人だが、いつもはうちの社長が出向くばかりで、河野さんも飯田さんも、私が働いている期間には一度も会社に訪れたことがない。私の中では想像するしかなく、社長の話から推測した二人の人物像は、社長よりもアホな経営者、という認識になっていた。
 そんな二人に、会う機会が訪れた。



4月上旬


 朝の5時にメッセージが鳴った。寝ていた私だったが、スマホを確認する。こんな時間に誰やねん、と思ったら社長だ。
“今日、河野と大事な話を会社でするから、羽田野さんを昼から出勤にしてほしい”
 いつもながらに、急に予定をぶっ込んでくる。しかも、こちらの都合などお構いなしだ。自分の思い通りにならないとキレる体質なので、人のことを考えるということができないのであろうが。
 朝5時に即レスだ。
“わかりました。羽田野さんに伝えます”


 朝出勤すると、基谷さんが開口一番、
「今日、河野さん来るらしいで。」
と言ってきたので、
「あ、はい。羽田野さんに昼からにしてって、社長から連絡あったんで。朝の5時っすよ。寝てるっちゅうねん。」
と朝の経緯を話した。基谷さんが何か知っていると踏んだ私は、
「それで、何話すんですか?」
「河野さんに、資金繰りが厳しいって相談しに行ったみたいやで。」
「あー、そうなんですか。」
「で、色々と会社の資料見たいから、こっちに来るみたい。」
「ふーん。私、話はよく聞いてるけど、お会いするの初めてやわ。」
そう言いながら、私の中では
——資料見るって…社長にアホって言われてる人やで? うちの社長、こんなん見ても分からへんって試算表見られへんのに、なんの資料見に来るんよ。私が作った収支の表も、社長に分からへんて言われたばっかりやのに…。その社長にアホって言われてるのに、なんか解決できるん? そうは思えないんやけど。
こんなことを思いながら、午前中を過ごす。
午前11時ごろ、河野さんは
「邪魔するで〜。」
邪魔するんやったら帰ってやーと突っ込みたくなる感じで、一人で事務所に現れた。社長と同い年、元気そうなおっちゃんである。
「こんにちは。」
そう言ってコーヒーを出した私に、河野さんはありがとうと言うやいなや、
「なんか資料ある? 決算書は前過ぎて分からんな。最近の試算表みたいなもん。」
と、急に本題を切り出してきた。私は慌てて、
「直近の試算表…というと、損益計算書と貸借対照表でいいですか? 12月分までしか無いんですけど。」
「とりあえず、それでいいわ。」
——え、なに、損益計算書とか貸借対照表とか言葉知ってるんや…。
私は少なからず、驚いていた。ずっとアホやアホやと聞かされてきた私には、この単語が何か分かることが驚きだったのだ。
 そして更に、試算表を渡して、ざっと見ただけで、
「わー、これ、あほなことしてんな、おまえ。」
と社長に言い放った。
——この人、試算表見れる人なんや…。
私の中で、河野さんの株は爆上がりである。
「他に、なんか収支が分かるもんある?」
と河野さんに聞かれたので、基谷さんが、
「いつも作ってるやつ、出したら。」
と私に言ってくれた。それでいいのか?と思いながらも、私は収支をまとめた表の3ヶ月分を、印刷した。
「こんなので良いですか?」
「あ、いいよ。ありがとう。」
ぱーっとその資料を見た河野さんは、どんどんと言葉を発していく。
「これは、ヤバいな。ほんま、アホなことしてるで。こんなことしてたら、そらあかんわ。」
「だから、前からそんな金の使い方して大丈夫なんかって聞いてたやろ。お前、いけるしか言わへんかったよな。」
「この契約はやめとけって言うたやないか。聞かへんからこんなことになるんや。最初はええ思いできるけど、後しんどくなるって言うたやろ。」
一方的に、河野さんは社長を責め続ける。社長は、あれだけアホやアホやと言ってた相手に一言も発せずに、ただただ話を聞いているだけだ。
「お前な、最近こっちに顔出さへんかったやろ。そらな、俺はうるさいこと言うで。そんなん聞きたないから、他の奴とつるんでんかもしれんけどな。でも言わなお前分からへんやろ。」
——うん、この辺は、カップルの会話。
たまに、付き合ってるのかな?と思うような会話も織り交ぜながら。
「とりあえず、この資料は持って帰って、巻き返せるかどうか思案してくるわ。だいぶんしんどいけどな。できるかも分からんぞ。」
そう言って、河野さんは立ち上がった。事務所に来てから、30分も経っていなかった。
河野さんと社長が外に出ると、私は基谷さんに
「え、河野さん、めっちゃ頭いいやん。全然アホちゃうやん。」
と、素直な感想を伝えた。
「あの人は金勘定は早いからな。」
「経営者としては十分やと思うけど…。」
「性格は難ありやけどな。」
「基谷さん、なんでも知ってるな。」
そう言ってる間に、社長が中に戻ってきた。
「河野はやっぱり、いい奴や。真剣に俺のこと考えてくれてる。」
半月前には離れたいと言っていたのに、もうこの有様だ。言うことがコロコロと変わる。そして何よりも、アホやアホやと下に見ている口ぶりだったのに、何も言い返せず、聞いていた話と立場が全く逆であることに、心底私は驚いていた。
——こんなに話と食い違うことある? 私の話の聞き方おかしかった?
これが、社長の話に小さな疑問を持ち始めたきっかけとなる。


翌日、電話が鳴って私が出ると、河野さんだった。
「あ、昨日の事務員さん? ちょっと聞きたいことがあるねんけど…。」
と、私が作った収支の表についてあれこれと聞かれた。私が説明すると、あぁなるほどと言ってすぐに理解してくれた。
——私のあの表でも、分かるんやな…。
話しながら、作った甲斐があったと初めて思う。
そして、最後に河野さんは、
「あいつからクレジットカードは取り上げなあかんで。経費をどれだけ節約しても、50万もカード使ったり、遊びでホテル泊まったりしてたら意味ないからな。まぁ俺からも言うけどよ。」
そう私に言い残して、電話を切った。
笑うしかなかった。試算表と私の拙い収支の表だけで、今の経営状況が簡単にバレてしまうのだ。元々、仲が良くてお金の使い方も知っているから余計に分かりやすいのかもしれないが。
——もしかして、相当ヤバい…?
なんとなく、不穏な空気を感じ取った私だった。

この3日後、事務所に再び河野さんが現れる。アホの飯田と呼ばれていた人と共に。



第四話に続きます。

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