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ダメージを喰らいたい

毎月1本は映画を鑑賞するようにしている。
今月は、原作が直木賞を受賞したことでも話題になった「私の男」を鑑賞した。
浅野忠信と、当時18歳(!)だった二階堂ふみが主演で、二階堂ふみは中学時代から成人したOL時代まで見事に演じきっている。正直、この役は二階堂ふみしかできないんじゃないかなあ、と思う。

あらすじからして、非常に衝撃的である。10歳の時に震災に遭い、家族を失ってしまった花(二階堂ふみ)が、避難所で、自らを遠い親戚と名乗る淳悟(浅野忠信)と出会い、共に生活を始める。周りから見たら「仲のいい親子」だが、二人はただならぬ関係で結ばれていた・・・というストーリーである。
「近親相姦」を取り扱っており、正直、簡単に「面白かった!」「みんなにも観てほしい!」と感想を述べるのは難しい作品だ。では、なぜここで語るんだ?と思われるだろうが、今回は映画のレビューをしたいのではない。ひとつの作品がもたらす「余韻」の凄まじさを、話したいのだ。
「私の男」は、テーマがテーマなので、花と淳悟に感情移入していられるか!と憤りを感じる人もいるだろう。しかし、鑑賞中、ずっと苦しかった。ううう、と唸りたくなる程だった。それは、「感情移入しそうになったから」。淳悟の仕事帰りを、寒い雪景色の中待つ花は、健気で、まさに恋する乙女だった。夕方のサイレン「遠き山に日は落ちて」も相まって、切なさが倍増する。ちなみに余談だが、私の地元でも、夕方に同じサイレンが流れていた。
ある事件を機に、働くことをやめ、自堕落な生活を送るようになった淳悟が、涙を流して呟く「俺は親父になりたかった」というセリフも胸を締め付けられた。じゃあ、なんで、娘として花と接することをしなかったの?と問い掛けたくなるが、もしかしたら、彼自身がいちばん問い掛けたいのかもしれない。後戻りできないところまできてしまった、と気づいた時には遅かったのだ。
文藝春秋の公式サイトで、以下のような紹介文が添えられている。

堕ちていく幸福を描いた衝撃の直木賞受賞作

文藝春秋BOOK S より

「堕ちていく」と「幸福」は、まるで矛盾しているようだが、二人の歪な関係こそ、まさに「堕ちていく幸福」なのかもしれない。
今回、「私の男」を観よう、と決めた理由のひとつに、「堕ちていく姿を描いた作品が観たい」という気分だったことが挙げられる。何となく、穏やかで平和な物語より、ある事件や出来事をきっかけに、平穏な生活から遠ざかってしまうような生き様を観たくなった。別の言い方をすれば、物語で衝撃を喰らいたくなった。物語から、ダメージを与えられたい、と思った。

(ここからネタバレを含みます)

「私の男」は、私にとって、忘れられない作品となった。ラストは、そうなるしかないような、でも決して清々しい終わり方でなはい。どうすれば、二人とも幸せになれたのか。正直、私にもわからない。二人の幸せがゴールではないのだ。だって、二人は本当の親子なのだから。恋愛感情では結ばれてはいけないのだ。結婚し、家庭を築く、普通の幸せを求める花と、花に執着する淳悟。二人のすれ違いが顕著になり、観ていてこちらも苦しくなる。「救いようがない」。乱暴だけど、この一言に辿り着いてしまう。
幸せから転落までを書き切る。演者、監督、脚本の相当なエネルギーを感じる。だから、鑑賞後気持ちが沈んだし、気軽に誰かに勧めることができないのだ。


私はこれまで読んだ小説で、読み終えた後しばらく引きずった、衝撃を喰らった作品が3冊ある。
1冊目は、綿矢りさの「夢を与える」。綿矢りさらしい「こじらせ女子」感がなく、調べると、自身の体験を元にしたそうだ。人気子役から転落していく主人公は痛々しく、今までの作風とのギャップも相まって、忘れられない1冊となった。
2冊目は、川上未映子の「ヘヴン」。以前、noteでも紹介したので、ぜひそちらを読んでほしい。小説で泣いたのは、本作品が初めてかも。

3冊目は、角田光代の「対岸の彼女」。こちらも、直木賞受賞作品のため、知っている方も多いだろう。過去と現代を行き来した構成で、特に過去編が読み進めると、息が苦しくなってくる。若いが故、目の前のものしか大切にできなくて、危うい行動と取ってしまう。角田光代の情景の表現力がまた素晴らしく、食事や場所の表現方法により、どんよりした空気が感じられる。若いから、という理由では済まされない事件が起こってしまうのだが、こうなる前に打つ手はなかったのか、と思わずにはいられない。昨年最後に読んだ1冊で、この作品で1年を終えられてよかった、と思った。しばらく引きずったけど!

ダメージを喰らった作品は、何回でも観たい、という作品とは違うカテゴリーに位置付けられるが、私にとって特別な存在になる。作り手の覚悟を感じ、こちらも構えてしまうが、鑑賞後は、「よくやった!!」と握手を求めたくなる。作り物に、ここまで感情を揺さぶられてしまうのは、何だか笑っちゃうかもしれない。しかし、これはフィクションを作るにあたって、大成功と言えるだろう。ドラマや映画で、嫌な役を演じた俳優を嫌いになるなんて、作り手としては「しめしめ」な部分があるだろう。そんな感じ。寝ても、寝ても、忘れられない作品。これからも、そんな作品が自分の中で増えていったら嬉しい。
そして、そんな作品を作りたい。作るぞ。

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