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ヘヴン 《残るものは、なにをしても残る》

ヘヴン 著 川上未映子

もし、私の髪が金髪だったら。
もし、肌が白ければ。
鼻が高ければ。
それは、私では無くなるのだろうか。
目に見えるものが、全てなのだろうか。

中学生の『僕』は日々いじめを受けている。
あまりにも残虐で、耐え難いような。
そんな中、クラスメイトのコジマという女子生徒から『私たちは仲間です』と書いてある手紙を渡される。
それかは2人は、手紙交換をする仲になる。

『僕』は斜視であることを気にしており、それがいじめられる原因だと捉えているが、コジマは、それが今の『僕』をつくっているのだと話す。
また、コジマはシワだらけのシャツにボサボサの髪と、不潔であることでいじめを受けており、その不潔さには意味があると言う。
離れて暮らす父は、貧乏で、汚い格好をしていた。
そんな父と一緒に生活していた《しるし》を自らの体に刻み込んでいるのだ。

すべてのことに意味がある。
コジマは言う。
自分が、『僕』がいじめを受けている事実。
自らが汚れた格好をする訳。
いじめを耐えた先に、耐えなければ辿り着けなかったような場所や出来事が待っている。
だから、彼女はいじめを先生に相談したり、学校を休んだり、しない。

『僕』は、コジマの考えを聞くものの、先の見えないいじめに苦しみ、学校を休むようになる。
限界を、迎えていたのだ。
そして、いじめで受けた怪我を診察しに病院へ向かうと、そこの医師から斜視の手術を勧められる。
想像以上に安価で、手軽にできることを知り、『僕』は斜視を治したい気持ちが芽生える、、、。

すべてのことに、意味があるのだろうか。
例えば、今日行きたかったカフェがあり、車で向かう時、曲がる道を間違えて、結局別の喫茶店に辿り着いたこと。
そこで飲んだコーヒーで舌を火傷したこと。
今日身につけているピンクのシャツ。シルバーの指輪。
意味があると、無駄ではないので、結末に満足がいく。
しかし、自分の力ではどうにもならない現実を、『意味がある』と希望を持って生きていけるのだろうか?

コジマは強い。しかし、その強さは、恐ろしいと感じる。
自分を守っているようで、先が何も見えない。
生きていくには、立ち向かうことを必ずしも優先するべきではないのだ。
生きなくてはいけない。それも、心身ともに健康で。
戦うことが正義ではない。
自分の欲望を押し通すことも正義ではない。
自分の心を、保つことが正義だ。

コジマは、『僕』の斜視の手術に反対する。
《しるし》が失われるからだ。
コジマは、どうしてそこまでして、目に見えるものに執着するのだろう。
彼女は、不安なのだ。
目に見えていれば、絆も、強さも手に入ると思っている。
だから、《しるし》を失うとつながりが絶たれ、不安に駆られる。

私の見た目について、簡単に紹介すると。
身長は平均より少し低いくらいで、
激太りでも、ものすごく華奢でもない。
目は生まれつき二重。鼻は低く、唇は厚い方で、パーツのバランスはそこまで良い方ではないから、目を引く美人では決してない。

ここで、鼻を整形しても、体重をせっせと増やしても、自分であることは変わらないのだ。
『自分らしさ』は失われるかもしれないが、自分らしさは他人から授かるものではない。

よく、鈍臭いね、と言われる。
鈍臭いのは今すぐにでも直したいが、内面の話をされると、自分のことをよく見てくれているようで少し嬉しい。
君は、嫌な言い方をしないね。
昔、こんなことを言われた。
要は、物腰柔らかめで優しい言い方をするね、ということだろう。(皮肉っぽくは無かった。その場にいてそう感じたのだからそうなのだ)
これも、嬉しい。
自分のことをよく見ていないと、しっかりコミュニケーションをとっていないと、こんな発言できないからだ。
(実際は短気な面があって、彼としょっちゅう喧嘩になるのだが)

コジマは、『僕』の斜視を好きだと言った。
しかし、『僕』の穏やかな性格や、手紙でのワードセンスを、彼女はどう感じたのだろうか。
斜視じゃなくたって好きというのが、本当の愛だと思う。

『僕』は、母に、いじめを受けていることを告白する。
そこでの母のセリフに、私は思わず涙した。

なんでも言って。でも言いたくないことは言わなくていい。
わたしはあなたの話しか聞かないから。

涙したのは、ホッとしたからだ。
自分の内面を見てもらえていること。
信じてくれること。
これが、緊迫した日々に、希望をもたらす。
そして、逃げなさい、と母は話す。
コジマの正義と反するセリフだ。
逃げていいんだよ。
だって、たった1人の『僕』だから。

そして、斜視の手術を勧める、母はこう話す。

残るものはなにしたって残るし、残らないものはなにしたって残らないんだから

斜視であること、そうでなくなることがすべてなのではない。
そのときに、どう感じたか。どう過ごしたか。
それが重要で、そのことを忘れなければ、『僕』はコジマを忘れることはない。

残るものはなにしたって残る。
思い出を心に留めておけば、コジマは父を忘れることはない。

忘れたいもの。忘れたくはないもの。
手放したり、しまっておいたりして、強くなるのだ。

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