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医療機器のHFE/UEが対象とする階層

これまで医療機器のユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターエンジニアリングと民生機器のユーザビリティエンジニアリングは異なるのだ、医療機器のHFE/UEと一般のUXデザイン等は異なるのだといった話をしてきましたが、どう異なるのかという点を理解する必要があると思います。

今回はユーザーニーズの階層に関連して、医療機器のHFE/UEが対象とする階層を紹介したいと思います。医療機器のHFE/UEもユーザーニーズに対応する活動ではありますが、ユーザーニーズにも様々な階層があります。企業として、より多くのユーザーに使って貰い、売上と利益を得るためには、規制が対象とする領域以上のことにも対応することが望まれます。規制がフォーカスする階層と、一般の製品のUXデザイン活動においてフォーカスするような階層の違いを理解しておくことが、より良い医療機器の開発には必要になってきます。

ユーザーニーズの階層(Hierarchy of User Needs)とは

下記は、米国当局FDAが、Hancock et al. (2005)のA hierarchy of ergonomics and hedonomic needsを元に、医療機器におけるユーザーニーズを表した図です。医療機器においては、Safety(安全性)、Effectiveness (有効性)、そしてUsability (ユーザビリティ)が基本として求められると示しています。

Hancock et al. (2005)は、米国の心理学者 Maslow (1970)が理論化した欲求階層モデルから発展させて、A hierarchy of ergonomics and hedonomic needsとして、エルゴノミクス/人間工学 (ergonomics)に加わる新たな領域となる、ヘドノミクス (hedonomics)という領域を提唱しました。

エルゴノミクスは従来collectiveな集団のための安全性の確保や生産性の向上という機能性を重視してきましたが、ヘドノミクスはよりindividualな個人的な喜びや快楽という体験や個人としての達成も重視する必要があるという考えになります。残念ながらヘドノミクスという言葉は現在そこまで使われていませんが、危害の防止から喜びの促進へ、ユーザビリティからユーザーエクスペリエンスへ、という特に一般コンシューマ向け製品開発における発展のきっかけのひとつとなったとも言えるかもしれません。

しかしながら、医療機器においては、従来のエルゴノミクス/人間工学領域である「安全性」「有効性」「ユーザビリティ」が基本として求められることを米国当局FDAは再認識させています。

HFE/UEの対応領域とは

下記は、米国当局FDAが、その後上記のHancock et al. (2005)のピラミッドを発展させて、医療機器におけるHFE領域を示した図になります。特にSafety(安全性)とEffectiveness (有効性)を重視することを明記しています。

Privitera, M. B. (2019)は、Applied Human Factors in Medical Device Designという本において、この米国当局FDAのピラミッドについて下記のような解釈をしています。

下記に対応すれば、当局の承認が得られるデバイスとなる
Effectiveness (有効性)
Safety (安全性)

下記に対応すれば、顧客が求めるデバイスとなる
Emotion (感情)
Preference (好み、嗜好性)
Usability (ユーザビリティ)
Effectiveness (有効性)
Safety (安全性)

「Usability (ユーザビリティ)」については、なぜ米国ではHFEと呼ばれ、62366規格を用いる他の地域ではUEと呼ばれて来たのかにも関連して、FDAが求める領域に入るか否かについて意見が分かれるところもありますが、「Usability (ユーザビリティ)」の要素のうち「efficiency (効率)」と「satisfaction (満足)」は、規制当局のレビューの域を超える、企業の責任の範疇になる、とPrivitera, M. B. (2019)は述べています。

市場には、自社製品だけではなく、多くの製品が存在しています。その中で自社製品が選ばれ使われ、顧客の満足を得ていくためには、ユーザーの好みや体験から得られる感情というものも重要となります。

HFE/UE活動は、特に規制要件を満たす活動が主な活動となりますが、それだけではなく「efficiency (効率)」と「satisfaction (満足)」というユーザビリティの要素に対応した評価や、「Preference (好み、嗜好性)」を評価する比較試験なども含むこともあります。勿論マーケティング等の他の活動で、上位のユーザーニーズへの対応を主に行うケースもあるかもしれません。どのような体制であれ、企業としては上位のユーザーニーズへの対応も求められるとも言えます。

まとめ

法規制においては、安全かつ有効で使える製品を市場に出すことが重要になります。しかしながら、市場においては、使いやすい、ユーザーの好みに合う、より良い体験につながる製品を提供することも重要となります。企業のビジネスとしては、自社の製品を多くのユーザーに使って貰い、売上と利益を得ていかなければなりません。企業としては、法規制対応に加え、市場ニーズへの対応が求められると言えるでしょう。

参考文献:

Hancock, P. A., Pepe, A. A., & Murphy, L. L. (2005). Hedonomics: The Power of Positive and Pleasurable Ergonomics. Ergonomics in Design: The Quarterly of Human Factors Applications, 13(1), 8-14. https//doi.org/10.1177/106480460501300104

IEC. (2020). 62366-1:2015+A1:2020, Medical devices Part 1: Application of usability engineering to medical devices

Koltko-Rivera, M. E. (2006). Rediscovering the Later Version of Maslow’s Hierarchy of Needs: Self-Transcendence and Opportunities for Theory, Research, and Unification. Review of General Psychology, 10(4), 302-317. https://doi.org/10.1037/1089-2680.10.4.302

Maslow, A. H. (1970). Motivation and Personality: Second Edition (2nd ed.). Harper & Row. https://www.eyco.org/Nuovo/wp-content/uploads/2016/09/Motivation-and-Personality-A.H.Maslow.pdf

Privitera, M. B. (2019). Applied Human Factors in Medical Device Design (1st ed.). Academic Press.

U.S. FDA. (2016). Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff. https://www.fda.gov/media/80481/download

Story, M. F. (2012a, June 7). FDA Perspectives on Human Factors in Device Development [Slides]. U.S. Food and Drug Administration. https://www.fda.gov/media/84709/download

Story, M. F. (2012b, July 17). Human Factors Engineering of Combination Products and the FDA [Slides]. U.S. Food and Drug Administration. https://fda.report/media/84713/Human-Factors-Engineering-of-Combination-Products-and-the-FDA-%28July-2012%29.pdf

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