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短歌五十音(お)岡野大嗣『音楽』

犬好きに捧げる短歌!

『音楽』は、2021年にナナロク社から出版された岡野大嗣の第3歌集。
岡野は、1980年、大阪府生まれ。2014年、短歌研究新人賞次席。2023年度、NHK短歌選者。
本書には、300首を超える短歌が収録されている。

皆さん、『音楽』は、犬をテーマにした歌集です。
タイトルに騙されてはいけません。
確かに音楽をモチーフにした短歌はたくさんあります。
しかし、犬の短歌がよすぎるのです。

とつぜんな犬の疾走を思うよあなたのカッティングのギターソロ

大きめの犬のつもりで抱いてたらその夜ギターはよく吠えました

1首目、「あなた」と呼びかけるほどシンパシーを感じているアーティストのギターソロを聴きながら、突然犬が走り出す光景が思い起こされている。主体の頭の中は犬でいっぱいである。

2首目、ギターを抱えるときに大きめの犬を抱えるイメージを持っている時点でかなりの犬好きだが、「よく吠えました」ということは、ギターがうまくなっているのだろう。ドッグだっこ奏法。これから、一流のギタリスト目指すアーティストは、みなゴールデンレトリバーを飼うべきだ。

犬をみつけて犬がわくわくしてるそのパワーでおじいさんが速くなる

「これきりの夏」

あなたは今、この歌を読んでわくわくが止まらないでしょう。
おじいさんの連れている犬が別の犬を見つけて近づこうとして、リードを引っ張っておじいさんの足取りが速くなる。
わくわくしているのは、おじいさんの連れている犬だけでなく、別の犬もわくわくしているし、おじいさんもわくわくしているに違いない。
そのくらいこの歌にはわくわくが充満している。

写真では伝わらんけど で届いた犬の寝息の 伝わってくる

車の中で車の中を撮る 窓をあけたくてたまらない犬を撮る

当時まだ昭和を知っていた犬と平成の雪をはしゃいだ写真

「Motion Picture Soundtrack」

犬好きのカメラフォルダは、犬の写真でいっぱいだ、という犬好きあるある。

1首目、写真を送った人は犬の寝息がかわいすぎて写真に撮って、それを伝わらないことをわかっていながら送り付けるという、一つ間違えればイヌハラになりかねない行動をとってしまっているが、心配は無用だ。静止画でも犬の寝息はわかる。そしてそれを見た人はもれなく幸せな気分になるのだ。

2首目、車の中で外を見ている犬が窓を開けたそうにしている。犬はしゃべれないから、何を考えているかわからない、というのは幻想である。私たち犬好きは、犬の考えていることはお見通しだ。

3首目、平成の雪と戯れる犬には、昭和の記憶がある。となれば、おそらくはインスタントカメラだろうか、一気に手触りのある感覚が生まれてくる。時代の変化を人間ではなく、犬の記憶でたどるところに犬好きの思考が垣間見える。

高速道路にときめいている犬 きみは高速道路のどこが好きだい?

犬やなくてインターネットを買うときのポチやよ わかっとるよありがとう

「Various Artists」

短歌において、作者と作中主体は必ずしもイコールではないとはわかった上で、話し言葉で詠まれた岡野さんの歌は、あの優し気な岡野さんの関西弁で再生されてしまう。

1首目、高速道路にときめいている犬に、どこが好きか聞いている。高速道路が好きな自分と共通点があることがたまらなく嬉しい様子が伝わってくる。

2首目、「ありがとう」の威力。前半と後半で会話になっているのだが、犬とクリック音を間違えるはずはなく、おそらくは後半の人が犬好きなのを知っている前半の人が、犬好きの友人のために粋な言葉をかけたのだろう。優しさに気づいてありがとうと声をかける優しさは、犬好きたるゆえんであろう。

まだ寝てる頭でまだ寝てる犬をながめるたぶん無償の愛で

「ときどき明るい」

ねつけない子犬のために読み上げるいつもの給湯器のWikipedia

「サムネイル」

ポップコーンのにおいになっている犬を抱く 映画館に犬といる感覚をする

1首目、脳が起動していない状態で無意識のうちに犬をながめている。そのまなざしを持つことを、ぼんやりとした頭で「無償の愛」ではないかと感じている。無償の愛という言葉はあれど、本当に無償であることが普通に生活をしている人には持ちえないものであり、犬との生活で気付きを感じている。

2首目、眠れないときに羊の数を数えるのは常道だが、この子犬は、「給湯器」のwikipediaがいいようだ。なぜ、と思うのは無粋だ。気になって見てみたが、確かに私にとってもよく眠れそうな情報が記載されていた。発見。

3首目、犬がポップコーンの匂いになっているのは、飼い主がポップコーンを食べている手で犬をなでたからだろう。映画館に犬を連れていくことはできないが、家でも映画館気分を楽しんでいる様子が楽しい。

岡野 僕の短歌は、わかる歌はわかるし、間口の広いほうだと思います。パッと読んで、あ、よかったなと終わるのではなく、その後に短歌に興味を持ってもらえたらなとずっと思っていて、僕の本を買った後に違う人の歌集を買ったという話を聞いたりするとすごくうれしい。
たとえばその人が短歌を始めて、僕がきっかけで短歌を始めたことを言うのが恥ずかしい、ぐらいになりたいと思っています。初めて買ったCDが恥ずかしくて言えないみたない。でも、きっとみんなそこに戻ってくるのです。(略)
原体験は大事ですから、入り口になることの意味はすごくあると思っていて、残る人は残ってくれたらいいし、違うところに行ってくれてもいい。

短歌研究2022年8月号岡野大嗣インタビュー

犬好きのみなさん!
もしご紹介した短歌にグッときたら、歌集を手に取ってみてください!
短歌の世界の「入口」があなたを待っています!

そして、『音楽』では、犬はもちろん、あなたが大切にしているものやことがきっと大切に詠まれています。
読み終えたあなたは、「『音楽』は○○をテーマにした歌集である」と誰かに語りたくなっていることでしょう。

次回予告

「短歌五十音」では、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉の4人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。

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お読みいただきありがとうございました。本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれば嬉しいです。

次回は初夏みどりさんが現代短歌文庫の『河野裕子歌集』を紹介します。お楽しみに!

短歌五十音メンバー

初夏みどり
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桜庭紀子
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ぽっぷこーんじぇる
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中森温泉
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