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新潟

 トンネルを抜けると、もう雪は無かった。この晩秋にありきたりの書き出しだが、この日の東京は寒く、もしかしたら越後越えはそれなりの雪景色への想像と期待があったのだ。だが見事なまでの晩秋の穏やかな夕刻の風景だった。
 しかし、このトンネルは川端康成がいうところの清水トンネルではなく、越後湯沢から魚沼に抜けるトンネルだ。確かに月夜野あたりから雪は道端にかすかに確認され、湯沢では建物の屋根に少しは積もっている。そしてスキーゲレンデは真っ白に整備され、その曇天さ加減はもう初冬の雪国風情ではあった。が、裏切られた。トンネルを抜けたら小春日和の田園風景が広がり、上越新幹線は浦佐駅を通過して行く。この浦佐駅の立ち食い蕎麦は案外美味しかった覚えがあるが、それは閑散とした駅構内の雰囲気とのペアでの十数年前の記憶だ。
 今回の行き先は久しぶりの新潟市、しかもコンサート本番は翌日なので、気持ちも非常にのんびりとしている。大宮駅で缶ビールを買ったが、既に飲み干し、新幹線の車内販売でももう求めなかった。新潟市来訪はかれこれ何年かぶりでその記憶を辿るのは非常に面倒だが、この街に来ると宿は常に川端の高級ホテルで、そのことだけは良く覚えている。
 久しぶりの新潟駅は只今駅前工事中で、かなり戸惑うが、駅から伸びる大通りを確認し、進む。暖かい。寒かったらタクシーも考えたが、楽器と手荷物一つ、宿までの十数分を歩くことにする。夕刻に差し掛かっているが、東京よりは明るい。そして、信濃川にかかる重厚な萬代橋、宿はもう見えているが、橋からの夕暮れの景色は特別なものではない美しさがあり、しばし佇む。

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 チェックイン。いつも泊まるようなビジネスホテルと違い、ロビーが広い。それで思い出した。もう随分前だが、鍵盤奏者のライオン・メリーさんと一緒だった時のことだ。その時のチェックインで、フロントデスクから「ライオンさま、ライオンさま」とロビーに声が響いたのは、この宿であったことは間違いない。
 時節柄、検温と消毒は必須だが、フロント係員はゆっくりと落ち着いて、私を促す。この辺りも老舗ホテルの流石の対応だが、もうこのコロナ禍も二年目、ホテルマンの矜持を感じる。

 部屋に入る。いわゆるツイン部屋だが、狭くなく程よい広さで丁度良い。照明も落ち着いていて、腰を下ろすと、ああこの宿で良かった、という普通の安心感がある。おそらく駅前ビジネスホテルの宿泊代金の倍はするであろうが、安らぎと落ち着きが当然のように提供されるのだ。その価値はある。
 まだ完全に日は落ちていないので、カーテンを開ける。信濃川が眼下に鈍く流れているのか、停まっているのか、という水面を眺めつつ、一服火を付ける。最近は完全禁煙のホテルも少なくないので、私は特に要望していなかったのだが、ここは喫煙部屋だ。今回の事務所のマネージャーの配慮は行き届いていて誠に感謝。そして煙草が終わる頃に陽が沈むが、まだ18時前。そのままベッドに横になり、サイドテーブルのラジオを付ける。ホテルのこのような機能もいつの間にかかなり少なくなっているが、ここにはBGMのチャンネルまであるではないか。これは久しぶりだ。思わずそのチャンネルに押すと、微妙にムード音楽とソウル的バックビートの混ざった「君の友だち」。誰がやっているのかはわからないが、ちょっと聴き入り、面白さも認める。だが、これでは落ち着かないので、二曲くらい聴いてオフにする。これは後で寝る時にしよう。

 翌日は午前中10時くらいの会場入りなので、今晩は酒に深くならずに済ませたいが、まだ空腹は全く感じていない。なので、念の為にギターを取り出し、コンディションを確認。30分ほど弾く。今回の楽器はMartin GT-75、確か1966年製だったと思う。ここ数年はフェンダー系のソリッドを使うことが多かったのだが、今回の演奏はやはり箱のエレキギターがマッチする。数年前まではかなり酷使していた楽器だが、状態はとても良い。今は亡き東久留米シャーウッドギターの太田さんにフルメンテナンスをして貰ったのは、もう随分前だが、それ以来少しフレットの磨耗は見受けられるが、他は全く問題ない。そうやってギターを弄んでいたら、ふと思い出す。ここ新潟には「あぽろん」というちょっと変わった品揃えの楽器店があるではないか。しかもこの宿からも歩いていける場所で、まだ営業時間内だ。よし散歩を兼ねて、後に一杯引っ掛けるとしよう。

 裏道を歩いていくと、新巻がぶら下がっている。全く寒くはないのだが、年の瀬を感じる。東京では見ることのできないもので、見入ってしまう。

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 楽器店には、なかなかに珍しいパーツがあり、それが装着されたギターを少し試させてもらう。フェンダーのジャガー、ジャズマスター用のトレモロシステムなのだが、バネの感触が素晴らしい。ただちょっと高価。しかし、もしかしたら考えてみるかもしれない、と思いつつ店を後にするが、常連と店員の会話が、既にこの先日常になるであろう雪掻きの話だったというのも、この土地らしい。

 さてと、そろそろ酒だな、と少し道を戻る。店を探すべく古町方面に歩いて行く。何度か来た歓楽街だが、あまり覚えてはいない。狭い道を進んでいくと、洒落た店もいくつかあり、また筋を変えると、風俗店も並ぶ。もちろん前もって調べることも出来るし、タブレットも持ち歩いているのだが、こういうところは一先ず歩くだけの方が面白さもひとしおだ。
 歩きながら、21時過ぎにはホテルに戻り、風呂に浸かり、その後に350mlのハイボール缶一本で、23時には眠りにつく、という予定を立てる。なので、今は瓶ビール1~2本と焼酎お湯割一杯で十分だ。ということは、酒が軽く飲める定食屋もしくは中華屋、と狙いを定める。ラーメン店も点在するが、専門店に用はない。古町を少し抜けてみる。まだアーケードは残っているが、街の灯りがかなり寂しくなる。思わず風情豊かな建物が目に入り、見惚れる。

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 その先に、静かに明るい場所を見る。明らかに飲み屋だ。「喜ぐち」。が、この紫の暖簾が小料理屋を想像させ、躊躇するが、開ければ分かる。旅の人間だ、ダメなら閉めて立ち去れば良い。

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 扉を開けると、すぐに狭いカウンターだったが、ここは従業員の作業スペースとなっていて、奥が広そうな店だ。その確認はわずか2秒ほど、こういう時は鼻が効く。そして若者の声が聞こえる。その響き方から、奥の座敷はそれなりに広そうで、若者の話しっぷりから上司との来店ではなく、同僚や仲間であろう、であれば、リーズナブルな筈だ。と、ここまで10秒ほどで、お一人様ですか、とようやく声をかけられ、奥に通される。蛍光灯がちょっと眩しい座敷で、30人くらいは楽に入れる広さだ。そこに私以外の客は二組。先ほどの若者の4人のグループと私と同世代であろう男女のカップルだけであった。

 壁の品書きに目をやる。うむ、定食屋風情の飲み屋だ。とりわけ安価ではないが、まあ普通だ。ひとまず瓶ビールに御通し。切り干し大根に少しの鶏ひき肉。この切り干しは良い。ようやく食欲が出て来た。品書きを念入りに見る。ああ、今シーズンまだカキフライを食べていないではないか、と早速注文。牡蠣は好物だが、強い食べ物なので量は控えるようにしている。そして私の場合、牡蠣は生かフライかの二択が殆どだ。

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 小ぶりのカキフライだが、味が濃く引き締まっている。旅の空のちょっとした贅沢で、店内はラジオもテレビもないが、私以外の客の話し声もやかましくなく、ゆったりと座敷に座る。見渡すと、芸能人らしきサインも貼ってある。この時間はまだ空いてはいたが、きっと有名店であろう。サインには知った劇団もあり、なるほどここなら打ち上げも容易い座敷だ。

 ビールも追加し、カキフライもたいらげる。まだ20時前。焼酎お湯わりにいく。更に落ち着き、切り干しを少しずつつまむ。聞くつもりはないのだが、他の客の会話が耳に入ってくる。いずれも会社での話のようだ。皆同様のちょいとした悩みや愚痴はここに限ったことではない。ただそれはこういう場所で聞くと、解決ではなく、他者に話すことで落ち着きを取り戻しているのだ。これも酒場の大事な機能だ。
 周りの話に耳をそばだてている訳にはいかないので、無粋だが、本のページを捲り、キリのいいところまで読む。気がつくと、席は埋まりつつあり、どのテーブルも鍋がセットされている。う~む、湯豆腐に燗酒にも惹かれるが、今日はやめておこう。これはもっと寒くなってからにとっておく。そして、〆のめしにする。メニューを見て、おにぎりとどちらにするか悩んだ挙句に新潟名物のタレカツ丼にする。揚げ物が続いたがそれは承知。まだまだその土地の名物には弱い旅の若輩者だ。

 美味いが、この選択は失敗。今の私にはちょっと甘い。もちろん、これは店の味の責任ではない。

 お茶をいただいて、勘定をする。不思議とタレカツ丼の甘さは消え、これで良かった、とも思えてきた。
 帰路15分くらいをゆっくり歩き、コンビニエンス・ストアに寄る。ハイボール缶を買い、部屋の風呂に湯を溜める。風呂上がりにハイボール。そしてサイドテーブルのBGMスイッチを押す。ポール・モーリアだった。結構ベースが効いているんだよな、と思いつつ、またも2曲くらいで消した。

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 2021年から復活した連載ですが、とりあえず月一で一年経ちました。お読みいただいた方々に感謝いたします。そして、2022年が良い年でありますように。
 またライヴでお会いできると、本当に嬉しいです。1月のライヴ予定も載せておきます。

 1月7日 桜井芳樹のレコード千夜一夜 第十夜
                        ゲスト)岡田拓郎 阿佐ヶ谷 SOUL玉Tokyo
 1月10日 ロンサム・ストリングス c/w 湯川潮音 所沢 MOJO
 1月14日 ホープ&マッカラーズ 阿佐ヶ谷 SOUL玉Tokyo
 1月16日 桜井芳樹 高岡大祐Duo  下北沢 No Room For Squares
 1月17日 栗コーダーカルテット with 桜井芳樹
                           代官山 晴れたら空に豆まいて
 1月21日 華村灰太郎 高円寺 ショーボート
 1月29日 Dead Man’s Liquor 阿佐ヶ谷 SOUL玉Tokyo 

 よろしくお願いいたします。

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

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