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谷町

コロナ禍の2020年晩秋だったが、ここは一肌脱がなければならない、と関西に向かった。高円寺・抱瓶の名物店員でもあり、自作曲歌い手の華村灰太郎のカルテットに参加するためだ。カルテットというからには4人なのだがベースの今福知己さんが関西ツアー直前に入院してしまい、灰太郎以下、ドラムスのつの犬とチューバの高岡大祐というトリオのラインアップになってしまったのだ。SNSで灰太郎が今福欠席のトリオでのツアー敢行の旨で急遽参加に手を挙げたのだが、実はそのちょっと前に高岡君から事情は聞いていた。だからなんとか力になりたいと思ったし、何よりこのバンドはとても楽しいので、私自身レッスン等のスケジュールは入っていたのだが、ここは緊急の旨を告げ調整させていただいた。感謝である。華村灰太郎カルテットの第五のメンバーとして何度も東京でのライヴに参加しているが、この事態で真っ先に駆けつけるのは私しかいないであろう、と自負した。

初日は大阪・靭公園のCHOVE CHUVA。のんびりとした本番前、ブラジル音楽中心の店で、随分前に私がプロデュースに関わった近藤久美子さんのショーロ・バンド「トリンダージ」の話にもなる。高岡君のお母さんにも会い、二人で公園で喫煙していたのだが、彼が楽器を始めた頃の何気ない話を聞き、なんだか嬉しくなり少し涙ぐむ。ライヴは自身の存在が役に立つことが出来たことを感じ、迸りながらもホッとした良い音を紡ぐことが出来た。このバンドは誠のロックンロールなのだ。ロバート・クワインみたいにただのAの5フレットでドライブさせることに喜びがあり、これしかないという瞬間が美しいと感じる、というか、もっと本能に近く、ただの瞬間が濃密で過ぎ去って行く。

※もしくは華村灰太郎への直メール hightaro@gmail.com で送料無料

宿は広いゲストハウスで全員で泊まり、酒盛りをしたが早朝からの東京~大阪の車移動と本番でかなり疲れたし、寄る年波か酒も少し弱くなったのだろう、二杯くらい飲んだら、もう眠りについていた。

翌日も大阪は茨木だったので、朝はゆっくりだった。皆で宿近くの今で言う昭和風情の喫茶店でモーニングサービスを食らう。20年前は特に何も思わなかったが、普通のコーヒーの味と香りに普通のサンドイッチがやけに沁みるのだ。こういう普通のことに幸せと感じるのは、歳を重ねたことによる良いこと思うことにする。

モーニングサービスで腹が満たされたが、まだまだ時間に余裕があるので、高岡君に大阪を案内してもらい腹ごなしに散歩もしてみる。気候の良い日でいつの間にか正午を過ぎ、喉が乾く。となればビールだ。ただ車の運転が出来るのはつの犬と私だけなのだが、幸いというかなんと言うか、つの犬は大変な二日酔いで車中で休息とのこと、では三人で高岡大祐推薦の谷町・細川酒店の暖簾をくぐる。酒店と言うからには元は酒屋なのだが、角打ちが発展してお好み焼き・鉄板焼き、そして新鮮な海の幸もある店に成ってしまったとのことだ。

ビールはサッポロ・ラガー、このビールはゆっくり注いだ方が私の好みだ。味と発泡のバランスが良いと感じる。そして刺身を注文。赤貝の量が多く、これは嬉しい。二人に断りながら私は赤貝ばかりに手が伸びる。うむ、こちらも強い食物だが牡蠣の鉄板焼きも追加。こちらもぷっくらしてなんとクリーミーなことか。とは言え、この赤貝は癖になる、あの炭っぽい味とでも言おうか、これが爽やかさも携えついつい口に放り込まれるのだ。

昼時だったので、近隣で働く人たちの昼食の時間で周りはお好み焼きの定食を頬張る方々でいつの間にか店は満員。ただしコロナ対策で完全に席が埋まるわけではなく、扉をあけて帰る方もいた。このような人気店、なんとも歯がゆい。

それにしても、大阪の人々はお好み焼きにご飯(ここでは塩おにぎり)本当に普通のことだと痛感した。

さて、まだまだお客さんも絶えないようだから、我々もその後軽くチューハイ等を飲み、酒飲みのお客さんもそろそろやってきているので退店。我々はまた腹ごなしに散歩する。

老舗の海藻店で海苔の佃煮を買う。700円くらいと高価で普段は絶対買わないが、旅価格とほろ酔いの所為だ。

そこまでは良かったのだが、歩いているうちに気がつくと灰太郎高岡両氏との距離が離れている。まだ疲れが抜けていないのか、と落ち着きを取り戻そうとするが、一人で喫茶店に入り、トイレとコーヒーで安らぎ、つの犬が眠る車に戻った。

そして茨木まで一走り。私は気がつくと助手席でウトウトしていたが、どうやら道に迷ったらしい。側道を行くのか、高架を渡るのか、と分かり辛く何度かUターンしているうちに私は突然気持ちが悪くなり、急に車を止めてもらい側溝に吐いてしまったのだ。ただ、先ほどの食事のものは何一つなく、胃液だけだった。牡蠣は火が通ったものだったので、おそらく赤貝の貝毒だろう。過去に何度かあるが、ああ、また貝に負けてしまった。生牡蠣にも時々やられることがあるが(あたったというほどではない)体が強い食い物に負けたのだ。あまりにも美味かったので食べ過ぎたわけだが、そんなことは過去何度も経験していて未だに学習していない自分が悪いということは明らかで、またしても旨いものの前で理性を失うということか。実は父親が私が子供の頃に貝毒で酷い目にあったらしく、両親の元では20歳くらいまで貝は生の機会はなく、貝といえばしじみ汁とあさり汁くらいだった。なので、私が貝好きになったのはそんなに前のことではない。覚えていないが、多分北海道の仕事でのほっき貝やつぶ貝が始まりだったであろうから、せいぜい20~25年前だろう。

ようやく会場ジャックライオンに着くが、サウンドチェック10分ほどで宿に戻る。その日のビジネスホテルはツイン二人での予約だったが、このような体調なのでシングルに変更。思わぬところでGo To トラベルの恩恵にあずかってしまう。

本番までの間はデトックスに励む。宿向かいに大型スーパーがあり、これは助かった。クエン酸と重曹を水に溶かして飲み、シナモンスティックを口に咥え、ベッドに横になる。本番までの2時間ほどでトイレに三回ほど行き、かなり楽になる。自身の回復力を過信してはいないが、割と速いという若い頃の治癒能力はまだ少しは有効だったのかもしれない。

このようなツアー、対バンがある場合はできる限り客席で観るのが仁義礼儀だと思うし、単純に楽しみたいのだが、この晩は仕方が無い。着いた時にはあと一曲で我々の出番だった。楽屋は禁煙でもちろんステージも禁煙だが、シナモンスティックを煙草代わりにするのは悪くない。

実はこのツアー華村灰太郎カルテットのレコ発ツアーで、その録音はこのジャックライオンでのライヴでほぼ成り立っている。このアルバム、爆発力が凝縮されて収められていて、編集が秀逸だ。が、生での馬鹿さ加減もこのバンドの魅力でそこに今福さんが大いに関わっていることは知る人ならば、頷けるだろう。ライヴ盤だが、それでも生とは違うのは当たり前だ。華村灰太郎カルテット、私の参加に関わらず多くの人に体験してもらいたい凄いエネルギーが渦巻いている。

打ち上げでは、本当に軽くビールだけ飲んで、乾き物を少しだけ口にして、早めにゆっくり休んだ。

翌日は京都。Go To トラベルに付いてきたクーポンで山芋とすぐきの京漬物を買うが、祇園は大変な人出で着物姿も多い。これは結構心配だな、と思いつつ、コロナ禍の恩恵も僅かながら受けてしまったわけだ。なんだか少し情けなくも思ったが、山芋の漬物は大変美味でそんなことも忘れてしまった。

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

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