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【アーカイブス#5】 勝手に同志愛 ジョン・ウェズリー・ハーディング*2009年8月

 ジョン・ウェズリー・ハーディング(John Wesley Harding)といえば、ボブ・ディランが1967年に発表したそのタイトルのアルバム のことを思い浮かべる人も多いだろうし、そこでディランが曲にしている、19世紀後半のアメリカ西部で暴れまくった実在の無法者、ジョン・ウェズリー・ハーディン(John Wesley Hardin) を思い浮かべる人も多いことだろう。

 HardinがHardingになってしまったのは、ディランがスペルを間違えただけのことのようで、真偽のほどはよくわからないが、1980年に他界したシンガー・ソングライターのティム・ハーディンは、このジョン・ウェズリー・ハーディンの末裔だという話もある。

 それはともかくとして、今回ぼくが書きたいのはボブ・ディランの1967年のアルバムのことでも、そこに収められている「ジョン・ウェズリー・ハーディング」という曲のことでもなければ、実在したテキサスの無法者のことでもない。ジョン・ウェズリー・ハーディングという芸名を持つ一人のシンガー・ソングライターの話だ。

 このジョン・ウェズリー・ハーディングは、本名をウェズリー・ステイス(Wesley Stace) といい、1965年にイギリスのイースト・サセックスに生まれている。ボブ・ディランが間違えて綴った西部の無法者の名前を自分の芸名にしていて、自分の音楽スタイルのことを「ギャングスタ・フォーク」、あるいは「フォーク・ノワール」と呼んでいたこともある。

 ちなみに彼の本名のウェズリーは、メソジスト教会の創始者の一人、ジョン・ウェズリーからとられている。また彼は親しい人たちからはウェズと呼ばれているので、この文章でもここから先はジョン・ウェズリー・ハーディングのことをウェズと書くことにする。

 そのウェズが、5年ぶりに新しいソロ・アルバムをこの3月に発表した。『Who was Changed and Who Was Dead 』(Popover RBG-0125)というもので、ぼくが手に入れたスペシャル・エディションは、13曲が収められた新しいアルバムのCDだけでなく、2008年10月27日にニューヨークはブルックリンのユニオン・ホールで行われた彼のコンサートの模様が収められた12曲入りのライブ・アルバムのCD『Don’t Look Back Now』も入っている。二枚組のほんとうにスペシャルなものだ。

 しかも新しいアルバムは、ヤング・フレッシュ・フェローズ のスコット・マッコーイやR.E.M. のピーター・バックが中心となり、メンバーが不定なので、バンドというよりもミュージシャンズ・コレクティブ(音楽家共同体)と呼んだ方がぴったりのマイナス5(The Minus 5) と一緒の演奏で、ライブ・アルバムの方も、クリス・ヴォン・スナイダーン のギターやロバート・ロイドのマンドリン、デニ・ボネット のヴァイオリンなどと一緒に演奏されていて、ゲストとしてぼくの大好きなシンガー・ソングライターのジョッシュ・リッターも登場すると、とにかく豪華な内容で、嬉しいかぎりなのだ。

 そのライブ・アルバムの方は、「The People’s Drug」や「The Person You Are」、「Kill The Messenger」や「The Devil In Me」など、これまでのウェズの代表曲というかヒット曲がたくさん歌われているので、聴き親しんだ曲ばかりが登場して来るのだが、ニュー・アルバムの方に収められている曲も、ぼくにとっては聴くのが初めてのものではなく、すでに聴き親しんでいるものがいっぱい収められていた。

 というのも、ウェズは今からちょうど二年前の夏に日本にやって来て、6月30日に東京六本木のスーパー・デラックス、7月2日に横浜のサムズ・アップで、ポウジーズ やビッグ・スターのジョン・オウアと二人でスペシャル・ジョイント・ライブを行い、その後一人で国内を何か所かを回ることになった。

 そのウェズのミニ・ジャパン・ソロ・ツアーにぼくは同行し、前座を務めさせてもらい、そこで彼の新しい歌の数々を何度も繰り返し聞くことができたのだ。

 2007年の日本ツアーでウェズがいつも歌っていた多くの曲が、新しいアルバム『Who was Changed and Who Was Dead』には収められている。

 パンドラの箱になぞらえて秘密を打ち明けろと女性に迫る「Oh! Pandora」や朝なかなか起きられない人たちのことを歌った「Sleepy People」、波瀾万丈の自らの音楽人生が辛辣に歌われる「Top of The Bottom」、欲望と罪が歌われた「A Very Sorry Saint」、「若い時は暗闇が怖かったけど/歳を取るにつれて暗闇を引用符の中に入れてしまうことを覚えた」と歌われる「Daylight Ghosts」、「幻覚おめでとう」という「Congratulations(on your Hallucination)」、はたまた「My Favourite Angel」や「Someday Son」などなど、何度も聴いて覚えてしまったものばかりだ。

 アルバムではライブの時のタカミネのアコースティック・ギター一本の弾き語りと違い、マイナス5の演奏や曲によってはホーン・セクションやストリングスも入っていて、まったく違う印象のものになっていたり、異なる風景が浮かび上がって来たりする。

 ウェズは自分が影響を受けた人物としてボブ・ディランやフィル・オクス、ブルース・スプリングスティーンやレイ・ディヴィースの名前を挙げているが、パワーポップ調、あるいは田園的ロック、もしくはゴシックふうなアレンジが施された新曲が収められたこのニュー・アルバムを聴いていると、ぼくはどこかザ・キンクスやレイ・ディヴィース の世界と相通じるものがあると、強く思ってしまった。

 話をウェズのミニ・ジャパン・ツアーに戻すと、ぼくらは2007年7月3日に新宿を出発し、3日の夜が下諏訪のレトロ・バー雷電 でライブ、4日が京都の拾得 でライブ、そして5日が京都造形大学でのシンポジウム「ビートニク2007〜混沌の中の宝石たち」で、そこではウェズもぼくもただ歌うだけでなく、シンポジウムにも参加した。

 その後ウェズは大阪にも歌いに行ったのだが、そこにはぼくは用事があって同行することができず、8日の鎌倉のカフェ・ゴーティー での日本最終公演(!!)で、再びウェズと合流し、そこでまた彼と一緒にライブをし、彼の新しい歌を改めてまたいっぱい聴くことができたのだ。

 ウェズとぼくとのツアーでは、彼が一緒に歌おうと誘ってくれ、彼の2000年のアルバム『The Confessions of St. Ace 』に入っている「Our Lady of The Highways」をどの会場でも一緒に歌わせてもらった。

 ウェズの新しいアルバムの中のライブ・アルバム『Don’t Look Back Now』にもこの曲は収められているのだが、ユニオン・ホールのコンサートでは、ぼくの大好きなジョッシュ・リッターがウェズと一緒に歌っている。その出来はまったく違っているものの、ぼくはウェズに同じ役割を与えられたわけで、「うひゃっ、あのジョッシュ・リッターと同じ役割!!!!」と、そのライブ・アルバムを聴いて、ぼくは思わずくらくらと卒倒しそうになってしまった。何の関係もないと言えばないのだが、何だか大好きなジョッシュに近づけたような気がして、ひとり興奮し、驚喜してしまったのだ。

 二人のツアーで、ウェズは先に歌うぼくの歌をちゃんと聴いてくれ、日本語はわからないのに、声の響きや顔の表情、言葉の発し方などから、「あの歌はこんなことを歌っているのだろう」と言ってくれ、それがよく当っていることにひどく驚かされた。さすがに鋭い洞察力というか、文学者ならではの観察眼や聡明さが備わっている人だと、いろんな場面で何度も気づかされた。

 ウェズはぼくが歌った90センチもとても気に入ってくれて、「歌詞を英語に訳せ」、「英語の歌詞を作ってほしい」と、さんざんリクエストもされた。

 ちなみにウェズはシンガー・ソングライターとしてだけでなく、音楽ジャーナリストや作家としても活躍していて、作家としてはウェズリー・ステイスという本名で、2005年に『Misfortune』、2007年に『By George』と、これまでに長編小説を二冊発表している。

 さまざまなメディアで大絶賛され、ベストセラーとなって、数々の賞にも輝いた前者は、『ミスフォーチュン』というタイトルで早川書房から日本語版が出ている。すさまじい大作で、読み出してからその世界の中に入るまではなかなか大変だが、入ってしまえばあまりの面白さに途中でやめられなくなってしまうこと請け合いだ。内容に関してはここでは触れないが、荒唐無稽というか、とんでもない物語で、それなのに今の時代にぴったりというか、今の世界を鮮やかに浮かび上がらせもしている。ぜひとも読んでほしい。

 歌うだけでなく、音楽レビューを書いたりインタビューをしたり、はたまた小説も書くと、その中身はウェズにはまったく及ばないが、同じようにいくつものことをしているぼくとしては、近しい存在として彼に勝手に親近感を抱いているというか、とても同志的なものを感じてしまう(あつかましいし、おこがましいことだけど)。

 2007年夏のミニ・ジャパン・ツアーが無事終了し、ウェズとお別れする時、彼はぼくに、自分が今住んでいるブルックリンに遊びにおいで、ニューヨークで一緒にライブをやろうという、とても嬉しい言葉をかけてくれた。ニューヨークで歌うぼくなんて、まるで想像できない。そんなことできるのだろうか。

 親切にもウェズはぼくをニューヨークに誘ってくれたのだが、その時、「今新しいアルバムを作っているところだ。それが終ったら時間が出来るから、ぜひおいで」と言っていたことを思い出した。そしてその新しいアルバムこそが『Who was Changed and Who was Dead』なのだ。

 もうアルバムが出てから半年以上になる。またウェズは何やかやと忙しくなってしまっているのではないだろうか。ニューヨークで歌う自分などいまだにまったく思い浮かべることはできないが、久しぶりにウェズに会っていろんな話もしてみたいので、そろそろ連絡を取ってみることにしよう。

中川五郎
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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