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君と、透明な夏をとじこめる

暑いから、冷たいものが欲しくなる。寂しいから、賑やかな人と居たくなる。騒がしくしたいけれど、喋りたくない夜がある。生きていると、真逆のものが欲しくなる時があらわれる。そういうもの。そういうものだから、夏祭りで仲間や恋人とはしゃぐのが好きな君が、たまに思い出したようにわたしの家にひょっこりやってくることがある。

「よっ、こおりけずろ」

花火大会の前日、いつものように前触れもなく夜中に訪ねてきた君は、手にキティさんのおもちゃを持っていた。かきごおり機。なにこれ、とわたしが呆れていると、意外とちゃんとしたかきごおりが作れるみたい、夏だから買ってみた、って君は真面目な顔で言った。その唐突さも愉快だなと思った。嫌いではなかった。

「グラスかりるよ」わたしの部屋を知り尽くしている君はさっさとガラスのコップをふたつ取り出してきて、冷凍庫のこおりをひとつかみし、容赦なくガリガリとけずり始める。「夏っぽいね」一心不乱にこおりをけずる君に話しかけてみる。「そだね」君は手を止めない。手を止めないからさらに言ってみた。「今年はじめてのかきごおりだ」そうしたら君はやっと手を止めてこっちを見る。「そっか、よかった」

君が一生懸命にけずった、しゃりしゃりのこおりが入ったガラスのコップがふたつ、できあがった。君は本当にかきごおり機本体しか持ってきていなくって、もちろんわたしの家にはかきごおりシロップなんてなかったので、仕方なくそこにあった黒霧島をかけてみる。「悪くないじゃん、これこそ無色透明の宝石」わたしがそう呟くと、君はおかしそうに笑っていた。

クーラーのきいた部屋で、君と並んで、黒霧島味のしゃりしゃりこおりを食べる。「おいしいね」「うん」「つめたい」「うん」「夏ってかんじだね」「何味のかきごおりが好きだった?」「にじいろのやつかなあ、色々混ざって何味かわからないやつ」「いいねそれ、次やろ」

子どもの頃、花火大会の夜に食べるにじいろのかきごおりが好きだった。目の前でふわふわと積もっていく氷の上に染みていくにじいろのシロップ。口にいれるとイチゴやメロンやレモンやブドウのカラフルな人工的なフルーツの味がして、体の内側から一気に涼しさでいっぱいになるかきごおり。あれだけは、好きだった。もう何年も食べていないけれど。

にじいろかきごおりのことを考えながら、しゃりしゃりと透明なこおりを食べ続けていると、不意に頭がきーんと音をたてた。しあわせの中にまざる不協和音。「たのしい」の中にふと訪れる「さびしい」や、「好き」の中に潜む「だいきらい」みたいだ。心臓がきゅっとなって少し顔をしかめると、君がわたしの顔をのぞきこんで「あたま、きーんってした顔してるやん」と笑った。たれた目尻。笑いすぎて上がった口角としわ。優しくて困ったような笑顔。君は見た目は爽やかなのに、今わたしとかきごおりに焼酎なんかかけて食べている。

「変だね」「なにが」「黒霧島のかきごおり食べてる大学生ふたり」「それは言えてる」「明日、花火行くんでしょ」「行くよ」「そこでかきごおり食べればいいのに」「明日も食べるかもしれないけど今日も食べたかった」「なんだそれ」

君と食べるかきごおりは、この先もにじいろになんてならない。無色透明。ちょっと味気ないね。わたしたちの関係は嫌になっちゃうくらいにバエないし、写真に残すほどでもないし、キラキラもしていない。でも、だから良い。わたしたちだけでとじこめる夏。誰も知らない透明な夏。にじいろかきごおりは美味しくて甘いけれど、まわりからの「おいしそう」「きれいだね」「かわいい」「わたしも欲しい」に、どんどん奪われて分散してしまう。今夜の透明なかきごおりは、どこにも残らない。残らなくて良い。残らないのが良い。

「今日のこと、誰かに言う?」
わたしはズルい質問をする。
「こんなん言う人いないよ」
そう言って笑う君を予想してるから言える質問。

わたしと君の関係は、「いちばん」ではないかもしれない。それでも、今夜はこの人といたいと思う夜がたまにやってくる。きっといなければいないで別に生きていけるのだ。わたしたちを繋ぐものは、「なんとなく」という不確実な感情でしかない。なんとなく気が合う、なんとなくものの見え方が似ている、なんとなく仲間意識がある、なんとなく...。その「なんとなく」だけで出来上がった関係。普段は属するコミュニティも好きなものも好んで関わる人や物も全くちがう。それなのに、そんなふたりの関係なのに、透明でも、味はしっかりついている。

コップの底にたまった完全に液体になった透明な飲み物を、君が一気にゴクゴクと飲み干す。君が明日の今頃、花火大会で誰かと食べているかきごおりは何色なんだろうな、どうか君の写真がSNSに流れてきませんように、君の夏は君だけの夏にしてくれ、わたしに届くな。明日の君に関係ないわたしは、そんなどうでもいいことを考えながら君の喉仏を見つめた。



ゆっくりしていってね