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北林みなみ「ディープは突然やってくる」(4日目)

河津滞在4日目。

今日は朝からいい天気。
昨日のような強風も、吹いていなかった。

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朝ごはんを食べて、今日は伊豆稲取の朝市へ。

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駐車場の1Fで行われている。
なんともディープな雰囲気。ぶら下がった白熱灯がかっこいい。

釜めしなども食べられるようだ。
絶対美味しい。
私は満腹だったので、また次回。

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花、果物、野菜、干物・・・

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白菜が巨大で美味しそう。キクイモなど、私の家の周りではあまり見ない野菜も沢山売っている。
今度はバイクでこの辺りまで来てみたいと思う。

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ご夫妻手作りの正月のお飾り。大きい飾りがかっこよかったけど、私には手に余るので小さい飾りを一つ買った。
ついでに梅シロップを作る際に出来た梅の砂糖漬け、お手製干し柿も購入。旅のお供にします。

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電車が1時間に1本程度しか走っていないので、待ち時間に稲取の住宅エリアをブラブラしていると伊豆型道祖神を発見。

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このように一つの石から掘り出した単身の道祖神は、伊豆エリアの特徴らしい。伊豆を超えて河津の方へ進んでいくと、人型はほとんど無くなり、祠のような形の道祖神が増える。

隣にはイルカ漁が行われていた頃の供養塔があった。かつて伊豆ではイルカ漁が行われており、各地に供養塔があるそうだが、これが最古のものだという。今から200年ほど前に建てられた。


色々なお寺を回っていたら済廣寺というお寺の中、謎の巨大な白い塔を発見。

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『世界一ビルマの佛鐘』と書いてあり、中には立派なお釈迦様が・・・

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鐘にはビルマ語の文字が。鳴らすと結構大きな音が鳴りました。

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大東亜戦争時にビルマ(現ミャンマー)戦線に於いて稲取地区出身の山田さんという方が、イギリス占領下にあったビルマの独立に貢献した、ということでビルマの首相からお礼としていただいたお釈迦様などをこの寺に奉納した。という話らしい。

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奥の宝物スペースに大切に飾られていた。

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思いがけずこんなものが観られるなんて、ラッキーだなあ。


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駅の近くにあったつるし雛のお店。
このエリアではつるし雛が有名らしく、おみやげ屋さんや飲食店など、あらゆる場所に飾りが吊るされている。

昔は庶民にとって雛人形は高級品で(今も高級だと思うけど)なかなか買えなかったため、つるし雛で代用したんだ、と言っていた。
こちらのお店は、二十数年前からつるし雛を作っており、毎年注文が絶えないという。

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吊るし雛以外の、縁起物のお人形たちも沢山並んでいる。お顔が福々しくて可愛い。

親、娘、孫の世代まで、同じ店で新しい飾りを注文する。ご贔屓さんが多いようだ。

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飾りひとつひとつに意味が込められている。

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こちらは三番叟のお人形。
この地区では、祭りで三番叟を子どもたちが舞い、奉納する。子ども達は「神の子」と呼ばれる。三番叟に参加した子どもは、健康に育つことができるという。
伊豆型道祖神について調べていた時も『伊豆エリアでは神事を子どもが行う』という話がいくつか出ていたので、これから詳しく調べてみたい。

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その後河津へと戻り、役場で自転車をお借りして神社仏閣を周った。
チャリさえあれば私は無敵!と思っていたが、手袋を忘れたため凍え死にそうだった。

まず、河津来宮神社へ。

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巨大な楠がある。
平安時代の書物にもこの楠の記載がある。

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社殿の裏手に回ると、突然目の前に現れる。
素晴らしすぎて、見た瞬間、ほんのすこし涙が出た。
自分がちっぽけに感じる。大きくて静かな生き物。人間たちをずっと側で見守っている。

よく見たらリスが枝を走り回っていた。
鳥も何羽も羽休めに来ている。

神主さんに話を聞くと「タイワンリスっていう外来種のリスで、どんどん増えてるんですよ」とおっしゃっていた。
かわいい〜と思って見ていたが、実は色々と被害もあるらしい。


ここの神社では本日から鳥精進・酒精進が始まった。

昔ばなし3

昔ばなし2

この地に伝わる伝説で、祭神の杉桙別命(すぎほこわけのみこと)が酒に酔い潰れて眠っている間に、野火に囲まれた時、沢山の小鳥たちが羽に水を含ませて空で羽ばたき、火を消し、命を守った。という話がある。

昔ばなし1


そのため、この神社の氏子たちは、火事が起きた時期とされている12月18日から23日まで鳥肉や卵、そして酒を摂取しない。

(画像上3点:まんが日本昔ばなし「鳥精進・酒精進」より/ 引用元

もしこの時期に鳥や酒を摂取してしまうと、火事が起こるとか、箪笥の中の着物の家紋だけが燃えていた、など、火にまつわる不吉なことが起こってしまうらしい。
神主さんによると、この風習については、江戸時代の書物の中にも記載があるそうだ。江戸時代よりもずっと前から続いてきたものかもしれない。

私も河津に居る期間は、鳥酒精進をしようと思っている。
河津では半分くらいの人がこの風習を今でも守っていて、学校給食などでもこの時期だけは鳥や卵は献立に入らない。
以前はクリスマス・イブまで精進の時期が続いていたそうだが、子どもたちがクリスマスにチキンを食べられないのは可哀想だ、ということで公式に短縮されたらしい。

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キノミヤ信仰という名で海からの漂着物や、樹木を祀っている神社が伊豆半島東側に点在している。この神社もそのひとつ。
他の神社も見に行ってみたい。


移動している途中、私を構ってくれた黒猫たち。ありがとう。

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猫と遊んだ後、カッパ寺と呼ばれている栖足寺へ。

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このお寺には河童の伝説が残っている。
河津川の淵にイタズラ好きな河童が住んでいた。ある日、人間に捕まりいじめられていた河童を、和尚さんが助けた。
詳しい話が栖足寺のホームページに載っていたので、ぜひ読んでほしい。
その河童からお礼にもらった甕が今もこのお寺に残っている。

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キュウリが供えてある。

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境内の中に入ると、立派な仏様が鎮座している横の小さなスペースに『河童ギャラリー』という名の展示室が・・・。

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ありとあらゆる河童モチーフの食器や、置物、絵画、などが展示してある。

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ロングヘアー美女河童。

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大人な雰囲気たっぷりな男女の河童。

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河童ファミリー。

面白すぎる。

あまりにコレクションが素晴らしかったので、思わず「最高でした!」と、住職さんに変な熱量で感想を伝えに行ってしまった。

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住職さんによると、元々河津が桜で有名になるよりも以前、『カッパで町を盛り上げよう!』という話があったらしい。
町が主体で河童モチーフのものを色々集めていたらしいが、結局「桜でいこう!」となって河童で町を盛り上げる話は消えてしまった。
その時の不発に終わった河童グッズたちが、このお寺に寄贈された、という話らしい。その後はお寺で個人的に河童のグッズを集め続けているそうだ。

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河津は「花と温泉の町」としてまちづくりが進められていったわけだが、その裏では「河童伝説の町・河津」という別の姿の町がひっそりと影に消えていった。住職さんは「僕はまだ諦めてないです!」と言っていた。応援します!

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画家さんや美術家から、河童の作品を寄贈されることもあるそうだ。
私も河童の絵を描いてみたい。
それくらい河童に興味が湧いてきた。

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その後、河津八幡神社へ。
日本三大仇討の曽我物語に登場する曽我兄弟とその父の河津三郎が祀ってある。三郎が鍛錬に使った力石などが置いてあり、秋には子ども相撲大会などもここで行われるらしい。力にまつわる神社だ。

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お参りするか〜と思って階段を登ろうとすると、途中、足元で鳥が落ちて死んでいた。びっくりするからやめてくれ〜!

猫にやられたか、すぐ真上の木の上から鳥のさえずりが沢山聞こえたので、巣から落ちたか、どちらかだろう。
石の冷たい階段に、体むき出しのまま転がっているのが可哀想で、すぐ横の木の根元に移動して埋めた。
ウグイス色の体を隠すように、土と、その上に落ち葉を沢山かけておいたので、もう誰かに見られることもないだろう。

とりあえず鳥の成仏を願って今日は終了。

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日没後の山の稜線は、本日も綺麗でした。

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今日は、予期せずディープなスポットを回った1日だったな。

明日は何をしようか、考えながら寝ます。

つづく

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