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東京の分かれ道@追分(山谷)

 鼻の穴の中で小人が肉じゃがを作っているような陽気に腹が減ってきた。膨大な原稿になんとか目処がつき、2週間ぶりに酒場にでも繰り出そうかと思案しているとピコーンとメッセンジャーが反応した。
 下町の酔仙Sさんから「これから呑みに行くけど、一緒にどう?」とのお誘いだ。なんてタイミング! こういうのは逃してはならない。

 ということで、南千住駅から泪橋を過ぎて向かったのは「大林」。久々、本直しでガツんと酔いたかったのだ。
 暖簾をくぐり、「ガラガラ」と引き戸を開けると一斉にお客さんの視線。
「わ、混んでる」。空席を探しながら目の前のお客さんに視線を送ると、席を空けようと腰をあげてくれた。
「お、ラッキー」と思ったのもつかの間、

「かけれないから」

 親父さんからのダメ出しだ。「え、なんで、座れるじゃん!!」と言ったところで仕方ない。親父さんが「かけれない」と言えば、大林の椅子に腰を掛けることはできないのだ。ほとんど聞こえない程の小声で「あ、そうっすか」と頭をちょいと下げながら苦笑いで店を出た。

 本日のメンバーは、Sさんともう1人、微笑みのパンクロックGさんが一緒。パツ金ロン毛のオーストリア人だ。「大林」は外人さんお断りという噂を聞いたことがあるが事実のようだった。
 ここ数年、宿(ヤド)にも満たないドヤ街の山谷は安宿街ということで外国人旅行者も増えている。海外で羽目を外すのは日本人旅行者も同じ。母数が増えれば、迷惑な客も一定数いる。「大林」もその被害にあったのかもしれない。とはいえ、日本人が2人一緒なのに、、、とは思うのだが、「大林」の親父がイケずなのは、今日に始まったことではない。携帯禁止、泥酔禁止、メモ帳出しただけでも怒られる。そんな禁欲的なところが大林の魅力なのだ。また来るよ、段平。

 ということで、リベンジで向かったのは、いろは商店街の大衆酒場「追分」。街道の分岐点を表す店名。そこはどんな分かれ道なのか。東京の呑ん兵衛は2つに分けられる。山谷で呑んでいるか、いないかだ。
 暖簾は出ているが、ガラス戸からは店内がまったく見えない。

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「こわぇ。。。」

 サイコスリラー映画「ソウ」みたいなことが繰り広げられていたらどうしよう、とビビっていたら目の前をフラフラ歩く親父さんがゆらりと入っていった。開いた引き戸の隙間から中を伺うと、血だらけ猿ぐつわの奴は転がっていなさそうだ。
 引き戸を開けて店内に入る。

「おーお客さん、たくさんきた!」

 5日酔いみたいな片目の親父さんと太った猫をナデナデしているおば様が笑顔で迎えてくれた。
 イケズな大林の後だけに妙に嬉しい。胸をなで下ろし、カウンターに3人並んで座る。と目の前に「デルカップ」山盛り! 新聞社時代、夕刊で広告を何度も見ていた陶陶酒だ! 初めての実物に興奮した。山谷のレッドブルとして活躍しているようだ。

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 ひとまず瓶ビールをいただき、心を落ち着かせる。

「食べもんは早めに頼んだ方がいいよー。作る人帰っちゃったから」

 片目先輩が優しくアドバイスしてくれる。今はママさん不在で、マスターもすでに酒呑んでいる。早めの方がよさそうだ。

「オススメって、何ですか??」

「え、オススメって、言われてもよ、何よ」とみんなでごにょごにょ。

 壁のメニューは焼鮭やら麺類やらいろいろあるが、マスターがススメてくれたポテトサラダと牛すじ煮込みをいただいた。
 いたってオーソドック! 特筆するほどではないにしても、美味しいぞ。

「あ、美味しい」とつぶやきながら、パクパクいただく。その視線の端。デルカップが積まれたガラスケースを茶色い6本足の小さな生物が駆け上がっていった。新鮮な証拠だな。

 念のため仲間がいないか手作りコースターもひっくり返してみる。リサ・ラーソンの猫みたいなのがいっぱいいた。 10年は洗っていないだろう。

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 酎ハイをいただいていたら、常連さんがカラオケを入れた。
 青森のなまはげ酒豪・吉幾三! ほとんど聞こえない低音ボイスでちょっと心配したが、サビではしっかり声を張っていた。歌い慣れた感じだ。山谷はカラオケありの店が多い。

 さて、1軒目は暖機運転。長居は無用だ。

「ごちそうさまでしたー」と気分爽快で追分を後にする。 

 吉幾三の歌同様、心温まるいい店だった。


 いろは商店街を少し歩くと、穏やかでない怒声が聞こえてきた。

 何事! 近づいていくと弁当屋の前で

 マジで泥酔5秒前みたいな輩が、小柄な若い女の子に凄んでいる!!

(つづく)

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