魔女の正体@大坪屋(南千住)
「何もしてないやんけ!!ごりゃ!」
「はい、でもネ・・・いやネ・・・」
山谷の追分で呑み終えた我々の視線の先。
マジで泥酔5秒前みたいな輩が、東南アジア出身っぽい若い小柄な女の子に凄んでいる。
「おい!兄ちゃん!いい加減にしろよ!ベロベロじゃねーか!!」
と心の中でつぶやきながら近づいていくと、女の子はエプロン姿。店員さんだ。察するに輩が泥酔5秒前となり、悪酔いし始めたので店を追い出され、それが不服で切れているようだ。
「あー!だから何もしてないやんけ!!」
輩は同じフレーズばかり繰り返している。もう泥酔3秒前くらいか。お姉さんは「そうですけど、でも・・・」と控えめながら、一歩も引かない様子。強い。こう見えて手慣れた感じか。
私も散々経験があるが、酔い切ってからでは遅いのだよ、兄ちゃん。たとえ店に戻っても、もう気まずくて気持ちよく酔えないし。そもそも、つまみ出されたことが許せないだけだろ。兄ちゃんが帰るまで、この戦いは終わらない。救いは、輩に連れが2人いることだ。「もうやめろや」と制止しているので、そのうち諦めるだろう。
しかし、あんな小柄な、しかも外国からの出稼ぎみたいな若い女の子に凄む姿は、あまりにカッコ悪い。だから山谷の先輩衆に「最近の若い者は全然ダメだ」と嘆かれてしまうのだろう。私も若い者の1人だが、人の振り見て我が振り直せだ。やはり酒場は楽しくなければ! にしても、あの兄ちゃん。
「やるなら自分より強い奴と戦え!」と誰か強い人に言って欲しいぜ。
店員に凄む輩。そいつに毅然とダメ出しする店員。その向こうでは地べたで酒盛りしている特殊先輩たち。あーゴロンと寝ちゃったよ。カオス!
これが山谷なのだろう。
南千住駅まで戻って来た私たちは、電車に乗る、わけはなく、その手前に鎮座する「大坪屋」へ吸い込まれた。
創立大正12年。一部ネットで「魔女」と恐れられる女将が仕切る老舗大衆酒場だ。
「うちはダメだから。ダメ。そこに書いてありますから。シマってください」
左腕にびっしりTATOOを入れた兄ちゃんが早速魔女にダメ出しされている。ペコペコしながら、まくっていたシャツを下ろして隠す。
全身黒。レースの上着。大きなメガネにバッチリセットしたヘア。その風貌が「眠れる森の美女」に出てくる魔女マレフィセントっぽいから「魔女」とか言われているだけだと思う。
「安いけど串も刺身も小ぶりだな」とか失礼なこと言ったらビシッと怒られるだろうし、さっきの輩みたいなのが来たらバシッと入店拒否するだろうが、言ってることは筋が通っている。もちろん毒リンゴも食わされない。撮影禁止もあくまで無断がNGなだけ。変な動きさえしなければ、カウンター越しに冗談も飛ばしてくる。むしろ優しい。そして楽しい! それが魔女の正体だ!
25度キンミヤ酎ハイ、200円!
100杯呑んでも2万円。価格も素晴らしいが、炭酸の栓を開ける時の魔女、失礼、女将がめちゃめちゃカッコいい!
右手に構えた栓抜きを栓に引っ掛け、一気に抜き去る。右腕は綺麗に天井高く振り上げられる! スポン!! 店内に気持ちいい音が響く、ワォ! そして最短距離でグラスを運んでくる。動きが速いぞ! 帰りは空いたグラスを持ち去って行く。一連の所作には無駄がない、なんて美しいだ! 熟練の技とはこういうものを言うのだろう。
大正生まれの店の雰囲気と美味しいお酒にうっとりしていたら、テレビから年末らしく懐メロが流れ出した。と思ったら、また吉幾三!!! 誰かとデュエットしてる。もうたまらなくなり、「にごり酒」を投入だ!
美味い! 当たり前だが、このにごった感じが美味いぜ!
こーなったらもう終電なんか関係ない!
私は腕時計を乱暴に外して、地面に叩きつけた。
そして、我々は焼酎ハイボールの聖地・八広へと向かった。
(つづく)
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