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CASE15:少年と青年

(僕は君が好きだ。)

机の心地よい香りに包まれつつ、伏せた顔を少しだけ右へ傾け、前に居る彼女へ視線を向ける。


小柄でショートボブの彼女。

14歳の僕よりも少しだけ背の低い彼女。

小顔で目はアーモンドで白い肌で

笑った顔が、誰よりもかわいい彼女。

僕だけの彼女。


僕は彼女を誰よりも愛していると自負している。

彼女のかわいさを一番愛せるのは、僕だ。断言できる。


あたかも自分の恋人に対する愛のささやきの様に想いを馳せている彼は、ずっと彼女に片思いをしていた。

接点は同じクラスであることくらいだ。

すれ違いざまにあの笑顔でおはようを聞いたのが、彼女とのはじまりである。

笑顔も声もかわいかった。小走りにすり抜けていく彼女は、今まで女の子を特に意識したことのない僕に、なにかを落とした。


友人A「なぁ、ユイコって何カップか知ってる?俺Cだと思うんだけど。」

友人B「はぁ~?お前ユイコの見てたの?で、それどこで勉強してきてんの、なに、透視能力?」

帰り道、僕の彼女を友人Aが揶揄していた。カップ数の話なんて、僕は参加できないし、ユイコのそんなところを他の男が見ていたことに、焦りと怒りと恥ずかしさが混ざったような何かが込み上げてきた。

僕「やめろよ、そんなこと。」

友人A「なにお前いつもそんなテンションだよな。俺たちもう男の子じゃないんだからさ。お・と・こ!」

友人B「だ~、まぁさ、取り敢えず俺ユイコはいいわ。好みじゃない。」

(彼女をけなしたな。このう。お前らに何がわかる!)

僕は珍しく怒っていた。

(彼女はそんな目で見られて良い存在じゃないんだよ。清廉なんだよ。)

口をゆがませ眉に力が入り、怒ったような困ったような彼はやや下を向く。

友人Bが彼の方に少し顔を向ける。そして前へと向きなおす。

友人B「なぁ、んなことよりさ、交番の横にできたたこ焼き屋わかる?ちっちゃな木造りのとこ!」

友人A「あ?あぁあそこな。行ってみるか!」

友人Aは頭の回転が速い、速いゆえに先ほどの発言の中にはたくましい想像力がよりリアルな彼女を弄んでいる様な気がしてならなかった。腹が立つ。

友人B「ユウキも来るよな?」

友人Bのその言葉には、言葉と裏腹に「無理せず帰りな」というやさしさが組み込まれていることに、彼は気づいた。

僕「あ、あぁ。うん、今日は帰るよ。ありがと。」

やる気なく下向きに手を振った彼は、一人自宅へと足を向けた。


(ユイコの胸とか、そんなもの俺は見ない。俺の愛はそんなもんじゃない。)

彼は自身の彼女への想いを愛と信じている。

そして、性的な眼鏡で愛しい人を捉えるなんてことが、彼にとっては汚らわしく思えた。

(ユイコは、彼女は…あんなにかわいい顔で毎日笑ってるんだ。純粋に。)




友人A「おうおはよう!なんだよお前、毎日そんなあほ面して歩いてんの?俺嫌だわぁ~、もっと元気出せよ~!」

(よく朝からペラペラとそんなに話せるな。)

彼は朝に弱い。ただでさえ細くなよなよした身体は、登校中ぐにゃりぐにゃりと支柱を失ったかかしの様に揺れ動いて歩いている。

彼「うん。今日って半日で帰れるからやる気出さない。」

適当な言葉を返し、また揺れて歩き始める。

友人A「俺さぁ」

彼「うん。」

友人A「ユイコとしてみたんだよね、こないだ。」

彼「なにを?」

友人A「お前そりゃわかんだろ。」

(眠くて言葉を聞き取るのも面倒だ。)

友人A「俺もうやめられねーわ。」

背筋が凍った。

友人A「すっげーんだよ。 

             で。

    きもち

        さぁ。

              。 」

吐き気と共に、身体の中心に走るぞっとするほどの冷たさを、彼はこの時はじめて体感した。

友人Aの言葉がとぎれとぎれになり、ただ歩くだけで必死になった。

そんな彼の目の先に、丁度良く彼女がいる。

いつもと変わらず、かわいいままだ。

そう、いつものままだ。


彼女がこちらに気付く。


瞬間、顔をぱっと背け

視線を下にやる。

なんとも恥ずかしそうに、口に手を当て、いつもとは少し違う走り方で足早に立ち去る。


(僕を見たんじゃない。)

彼はいつもより視線を下に向けた。



家に帰ってきた彼はそのままベッドに伏せ、空腹のまま泣きながら眠りに落ちる。

そして、彼は夢をみる。


彼は机の心地よい香りに包まれつつ、伏せた顔を少しだけ左へ傾け右前に居る彼女へ視線を向ける。

小柄でショートボブの彼女。

14歳の僕よりも少しだけ背の低い彼女。

小顔で目はアーモンドで

笑った顔が、誰よりもかわいい彼女。

その後ろに、友人Aが強くにやついた顔で背後から近づく。

瞬間、顔を赤らめ

恥ずかしさとなんとも言えない嬉しそうな表情にすこしの困惑を混ぜた彼女の顔に、力強く気のままに顔を重ねる友人A。

友人Aの日焼けした腕が、彼女の太ももや腹に密着し、手で撫でまわす。

制服の彼女は、あれよあれよという間に下着が飛びだし

見たことのないやわらかそうなその胸と、白い肌がたちまち露わになる。

彼女の白くて柔らかいその肌を、友人Aは思うままに掴み、遊びはじめる。


(やめろ )

(彼女にそんなことをするな )

(嫌がってるじゃないか )

(彼女は、嫌がっているじゃないか )


彼女は眉を下げ、友人Aに腰をまかせ顔は上を向き、泣くような、ため息をもらすような声でその場を濡らしている。


いつものかわいい声で。


(彼女は )

(僕は )

(こんなの )

(…嫌だ。 )


顔を両手で覆った瞬間、都合よく目が覚めた。

頬と鼻に両目から垂れた涙がべたべたについている。

Tシャツで拭い、けだるげに横を向く。


(あぁ、夢だ。)

(僕は、あんな汚らわしい夢に居たくない )

(僕は、あんな女になにを想っていたんだ )

(僕は、夢を見ていたんだ )

(僕は )

(僕は、ちゃんと綺麗な女の子にしか、興味ない。)


この後、真顔に戻った彼に飛び込む自身の生理反応に気づかぬしあわせは、数秒の間、彼を少年に留めていた。


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