彼の姓にしなかったことで、母の人生も好転した話①
思ったよりあっさり決まった「苗字の話」
「ジャンケンで決めるんじゃなくて、俺たちは、倫子の苗字にする、という選択をしよう」
95%の女性が、取り立てて理由もなく(あるいは「女性だから」という"れっきとした"理由で)婚姻後に夫の苗字に変えているこの国で、彼が私の姓になることが決まったのは、思ったよりあっさりしたものだった。
「私は、女性だからという理由だけで苗字を変えたくない。だからいっそのことジャンケンとかで決めてもいいと思うんだよね。どうかな?最近増えてるみたいだし」
私の入れ知恵で、男性ばかりの会議に違和感を持つようになったり、女性の生きづらさと男性の生きづらさは背中合わせになっていることに気づいた彼も、さすがに自分が姓を変えることには抵抗があるだろうと「じゃんけんで決めよう」と提案する私。
数秒の沈黙のあと「わかった。そういうことなら、どっちになるかわからない方法で適当に決めるんじゃなくて、俺たちは倫子の苗字にする、という選択をしようよ」と彼は言った。
最高かよ。
私がフェミニズムに目覚めたのは、モラハラの元彼から解放され、約4年間のシングルライフの中だった。そのおかげで(せいで)日本における一向に埋まらないジェンダーギャップや変わらない政治などの問題点を知り、絶望。この国でフェミニストなパートナーを見つけることは、砂浜でダイヤを見つけるよりも難しいことなのではないか….。と勝手に途方に暮れていた。
「子どもは欲しいんだけどな。誰か精子だけくれないかな」それが私の口癖になっていた。
そして結婚願望とやらががいよいよゼロになった頃に出会ったのが、今の彼だった。
事実婚か法律婚か
事実婚という選択肢もあった。「同性婚がアメリカで合法化されるまでは結婚しない」と宣言していたアンジーとブラピのように、私たちも、選択的夫婦別姓が実現するまでは結婚しないーー。明治時代の中年男性が決めたルールに100年以上縛られている令和の日本社会に対して「伝統的家族観なんてクソ喰らえ」と結婚をボイコットすることもできた。
しかし、九十九里の海岸沿いの借家に移住し、ひっそりと暮らしている私たちが事実婚を選択したところで、多くの人に「気づき」を与えられるわけでも、行動変容に影響を及ぼせるわけでもない。ましてやまだ妊娠もしていない私たちが子なしの事実婚をひっそりと続けたところで、日本政府にとっては"少子化を加速させる危険因子"でしかないのかもしれない。
それならいっそ、彼が私の姓にして、周りから「奥さんは良家の跡取り娘なの?」「婿養子なの?」など、さもやむを得ない事情がある前提で質問をされることを楽しめばいいのではないか。
「へーなんか今っぽいね」「そういうのもありなのね」くらいに思ってもらえれば、満点花丸。
いつかその人たちの子どもや孫がそういう選択をした時に「そういえば他にもそうしている夫婦がいたなあ」くらいには思い出してもらえるかもしれない。そうすれば、私たちのアクションにも何か意味があったと言えるのではないだろうか。
結婚願望のなかった私でも、そう思うと社会にちいさな変化をもたらす一端を担っていると思うと誇らしく、結婚が楽しみになってきた。しかし同時に、腹の中にはどうにも無視できないわだかまりがあった。
それは、私の姓が、忌々しい父親の姓であるということだった。
(「彼の姓にしなかったことで母の人生も好転した話②」に続く)
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