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五月病に効く、処方箋、お願いします。

高2になった、クラス替えがあった。

私には、四月よりも、五月の方が辛い。

四月は、新しいクラスで、ワサワサとした喧噪中で、みんなが一人。

そして、五月。クラス内の人間関係の強弱も、だいたいのグループ分けも、落ち着くころ。形なく流れる溶岩のような人の熱が固まってしまう前に、自分の居場所を確保しなくてはいけない。一度、固まってしまった火成岩を溶かして形成し直すのは、ほぼ不可能だから。早いところ、自分をどこかにはめ込まなくてはいかない。そのプレッシャーが、私には、相当、キツい。このところ、憂鬱な毎日だ。きっと、こういうのが、五月病の初期症状なのかもしれない。

その日、朝の学活で、担任が、私が密かに恐ろれていたことを発表した!

「来週の学活までに、修学旅行の班分けしとけ。中間テストの後から修学旅行の準備始めるから。修学旅行委員は、昼休みに打ち合わせがあるぞ。」

ワーッでもない、キャーッでもない歓声が教室のあちこちからあがる。

「センセー、班は、好きな人どうしで、いいですか?」

「自由に決めていいぞ。」

「一班、何人ですかぁ。」

クラスの皆は盛り上がって担任に、質問したり、近くに座っている人どうしで、ワイワイ盛り上がっている。

私は、先生の声もみんなの言葉も何も聞こえなくなって、一人、身体を凍らせていた。どうしよう。私はまだこのクラスで仲良しと呼べる友達はいない。「好きな人同士」「自由に」「班作り」これらの言葉は、私にとって恐怖以外の何ものでもない。

「はぁ。」ため息をついた。

私はいつも孤独で、寂しくて、途方にくれている。それなのに、みんなそのこと分かっていないみたい。

いつも元気なミカミさん!って、クラスメイトだけでなく先生にまで言われてしまう。心の中は、病的に暗いのに!

「カオリは、強いからね。」

えっ? 私、強いの? こんなに小心者でビクビクしているのに。

「カオリは、いつも明るくて元気で、悩みなんて無いんでしょ?」

えっ? 悩みだらけです!

私の家族は、崩壊寸前のぐちゃぐちゃのボロボロ。みっともないから、それこそ誰にも話せない。多分、話したところで、人は、どう反応していいか分からずに、狼狽してしまうだろう。父親が、暴れて、近所の人が警察呼んだりする。兄は、早々に高校を中退して引きこもっている。母親は、娘の私にすべての愚痴を吐きまくるから、私の内側はゴミだめ状態。家のこと、将来のこと、不安だらけで、悩みだらけ! だからいつだって、私の元気はカラ元気なんだ。

中学生の頃、小学校以来、親友だと思っていた中西よう子ちゃんが、好きな男の子の悩みを私にだけ、話してくれなかった。他の友達はみんな知っていたのに、私だけなんにも知らなくて。それを知った時は、びっくりしたというより、悲しくて寂しかった。その後、しばらくして『カオリには、悩みとか、話せないよね。彼女、明るすぎて、良い子すぎだからさ。絶対、弱みとかみせられないよ。』って、よう子ちゃんが話しているのを聞いて、相当落ち込んだ。

高校に入ってからも、クラスで仲良しはできるけど、休日に一緒に遊びに行くような友達はできていない。SNSでからんでくれる友達もほんの少数だ。

「はぁ。」

私は、また大きくため息をつく。隣の田中君が、それを聞き咎めて、小さい声で、ちょっかいを出してくる。

「おい、ミカミ、何、ため息ついてんだよ。ため息ついてると、幸せ逃げてくぞ!」

「はっ? なんなの? 聞いたことないし。田中は、そんなこと信じてんの? 」

私も小さい声で、田中君をにらみつけながら言った。彼は、野球部のピッチャーなんだけど、肘を痛めてるみたいで、このところいつも湿布をしている。今朝も、田中君のカラダからは、湿布のスースーとする懐かしい匂いが漂ってくる。

「俺のばあちゃんさ、いつも言ってんぞ。ため息つくと、幸せがにげていくって。」

「田中みたいに、能天気な人は良いよねぇ。私は、悩みがたくさんあるから! ため息だってでるの。」

「ははは、ミカミより能天気な人間て、いるのかよ?」

田中君は、大きな声で笑らうから、先生に睨まれた。私も、『馬鹿だね』という表情で田中君を見て、教科書を読むフリをする。

私は、田中君になんてかまっていられない。それどころじゃない。早くどこかのグループに入らないと。このクラスは女子が19人だから、バスの座席も一人余る。バスに一人で座るのは、全然かまわないけど、グループに入れないのは困る。どうしよう。どうしよう。お腹がいたくなりそう。

私は、こっそりとクラスを見回して、自分が入れそうなグループを探る。同じ中学からきた子は、バスケ部の友達とつるんでる。去年同じクラスだった子たちは、すでに強固なグループを作っていて、私の入る余地なし。一緒にお弁当食べてる子たちとは、まぁまぁ、いけるかもしれない。でも人数が、5人だからね。微妙。

一人だけあぶれるという事実も耐えられないけど、私があぶれたというのをクラスの皆に認識されるのも耐えられない。来週の学活までに、入るグループが決まらなかったら私、不登校になるかもしれない。マジ、逃げたくなるし、学校止めたくなる。あぁ。ため息がとまらない。田中君のおばあちゃんじゃないけど、今、私、ドンドン不幸な穴の中に落ちていく感じがする。あぁ、病気になりそうだ。

ため息!

午前中は全く勉強に集中できなかった。古文の時間に、先生が私を指名したいたのに気が付かずにボーッとしていた。数学の時間も、何だかさっぱり頭が働かなかった。機械的に黒板を写す。カリカリカリ。心無しかシャーペンを持つ手が震えて、字が上手にかけない。変に歪んだ私の文字は、そのまま、私の心だ。

数学が終わると、田中君が英語の宿題をしていないからノートを貸せと言ってきた。私は、乱暴にノートを田中君の机の上に置いた。

田中君は「っんだよ。」とムッとしたような口調で言った。

「人に宿題見せろって言っておいて、怒ることないじゃん! 田中が大声だすなら私、ノート、貸さないよ!」

「おっかねぇな。ミカミ、何イラついてんの? もしかして、今日は、アレの日?」今度はへらへらとして笑ってるし。ムカつく。

「もう!いい加減にして!」

頭にきて立ち上がると、教室を出て、トイレに逃げ込んだ。

トイレの個室に入り、また、大きくため息をついた。冷静になって考えてみると、田中君に八つ当たりしてもしょうがないことも、よく分かる。今の自分の現実を受け止めないと。最悪、クラスで一人、のけ者にされても高校を止めるって選択肢は無いんだよね。

「ミカミカオリが、高校を止められない理由を3つ上げよ。」

理由一、兄が家に引きこもってる。一家に二人の引きこもりは多すぎる。

理由二、親も年中、ごたついてる。これ以上問題を抱え込みたくない。

理由三、しっかり勉強して大学に行き、早く家を出たい。

故に、ミカミカオリは、高校ドロップアウトすることはできない。

結論はでた。 

決めた! 断られてもいいから、頼んでみる。うん、そうしよう。それしかない。それで、ダメだったら、その時に考えればいいや!

少しだけ心が、軽くなった気がして、トイレを出た。教室に戻ると、田中君が必死にノートを写していた。私に気が付くと照れたように顔を上げた。

「ミカミ、さっきはごめん、俺、余計なこと言って。」

「ん? 大丈夫だよ。早く写しちゃいなよ、もうベルなるよ。」

私の表情を伺っていた田中くんは、また、うつむいてノートを写すことに神経を集中させたみたいだった。

私は、心の中で、一生懸命に自分自身を励ます。「お昼のお弁当の時に、みんなに聞いてみよう。修学旅行の班に私のことを入れて欲しいって!頼んでみよう! 」

*  *  *

午前中のクラスがやっと終わって、昼休み。悩みすぎて、今日は、ホントにお腹が空いた!

くま(大熊さん)サミー(佐野さん)えっこ(江原さん)、ミーさん(横山さん)と一緒に、窓際に机を並べてお弁当を広げた。しばらく、私たちは、今日の授業のことや、ネットで見つけた面白い動画なんかの、他愛の無いおしゃべりをしていた。

『この話が途切れたところで、班分けのことを切り出そう!』

私は、お弁当を食べながら、慎重に、会話の成り行きを伺う。

「ねぇ、修学旅行の班、来週までに決めてって有賀ちゃん言ってたよね。」くまが、切り出した。(ちなみに有賀ちゃんとは担任の先生の名前です。)

うわっ! どうしよう。先に口火を切られてしまった。私は、焦って、お弁当の冷凍クリームコロッケを詰まらせた。私の喉から「グボっ」て大きな音が出て、その後、私は、盛大に咳き込んだ。

「カオリ、何やってんの。慌てて食べるからだよ〜。」

何だか、ベタすぎる展開だ。ミーさんが笑って私の背中をたたいてくれる。ありがとう、と言いながら私は、水筒のお茶を飲む。飲みながら、くまの次の言葉をハラハラとしながら待った。

「このグループ、5人じゃん。」

えっ!? 

このグループって、もしかして、私もメンバーに入ってる? くま、今、5人って言ったよね、言ったよね。5人って言った? 私の心臓は思いっきりドキドキしてきた。顔も熱くなってきた。

「ちょっと、カオリ、どうしたの? 顔、真っ赤だよ。まだ、何か喉に詰まってんの?」

向いの机に座っているサミーちゃんがびっくりして声を上げた。私は、曖昧に返事をして、頷いて、何かが喉に詰まっているかのように、箸を持ったまま右手で、胸をトントンと叩いた。

「やばいよ、カオリ。大丈夫?」みんな、口々に私を心配してくれる。

「大丈夫、ご飯をイッキにかまずに飲み込んじゃったみたいで。大丈夫、平気。平気。」

私は、笑ってもう一口お茶を飲んだ。顔はカッと熱くなったままだし、心臓はドキドキしてるけど、どうにか笑って応えることができた。

「何の話しだっけ?」

えっこちゃんが,とぼけた口調でたずねた。

「修学旅行の班決めでしょ!あのさ、このグループ5人だから、有賀ちゃんに、5人で班作ってもいいか聞いてみようよ。もしダメだったら、2、3に別れよう。それで、自由行動の時は、一緒に回れるように同じ計画にすればいいじゃん。」

くまの提案にみんな、そうだね、そうだねって頷いている。

私は、お弁当箱と箸を机の上に置いて、茫然と皆の顔を見回した。そしたら、ホッとしたのと同時に、涙が溢れてきた。私、一人じゃなかった。お昼一緒に食べてくれるだけでなくて、私のこと同じグループだって言ってくれた。私は掌で涙をぐいぐいと拭いた。

「カオリ、今度は何、詰まらせたのよ。」

隣のミーさんが、心配顔で私を覗き込む。

「うん、何だか、いろいろのどに詰まっていたのが、一気に取れた気がする。そうしたら、急に涙が出てきちゃった。やっぱり大食いは、ダメだね。あははは。」

私は、おじさんのみたいな黒くて大きなお弁当箱を見せて、自虐的に笑う。

「大食いだけじゃないよ、カオリ、その早食いも、止めたほうがいいよ。」

見ると私の大きなお弁当箱はもう、ほとんど空っぽで、みんなのお弁当は、全然減ってない。みんな一口くらいしか食べてないみたいだ。

「うん、分かった。早食いも止めるし、いろいろ先回りして悩むのも止める。」

私の言葉に、またみんなが笑う。

「はっ? カオリにも悩みがあるんだ! ね、ね、カオリ、今、何、悩んでるのよ。たまには悩みとか聞かせなよ。カオリは好きな人はいるの?」

そばかすの浮いた笑顔でサミーちゃんが私の目を覗き込む。

「今は、話せる恋バナとかないけど、好きな人ができたら、絶対、みんなに聞いてもらうね。」

はぁ。

私は、また大きく息を吐いた。今度のは、心配から出たため息じゃない。ほっとして安心して出てきたため息だ。

私にも居場所があってよかった。自分に必死すぎて、勝手にパニクって、全然なにも見えてなかったけど、私の回りには仲良しがいたんだ。これで学校やめなくてよくなったし、修学旅行もすごく楽しみになってきた。午前中の地獄みたいな気分もどこかに行ってしまった。

みんなと笑ってたら、向こうの席から、田中君が私に向かって手を振ってくれた。私の五月病の処方箋は、仲良しの友達だった!


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