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980/1096 あなたの世界を一新する

吾輩は怠け者である。しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、己の夢を叶えようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で980日。
※本題の前に、まずは怠け者が『毎日投稿』に挑戦するにあたっての日々の心境をレポートしています。その下の点線以下が本日の話題です

980日目。子どものころ以来ではなかろうか…珍しいことに尿路感染症にかかり、熱まで出てきた。痛みもあり、このままだとこの毎日投稿の更新が危うい。午前中の爆睡と薬と水がぶ飲みと湯たんぽと気合でパソコン前に来ることまではできたが、さてどうしたものだろう。頭が働かないのだ。

しかしこういうときこそ、あまり頭を介さないで書くチャンスではなかろうか。それしかないのだし、それでいこう。今日で折れるのも嫌だしなぁ。

あと16日間で、残り100日のカウントダウンが始まる。寂しいな、卒業が近いなあ。別れの寂しさって、なんとも甘く切ない感情だ。
なにかを好きになり、慣れ親しまなくては、味わえないものだからね。

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子どものころ、わたしたちは親を信じているものですよね。親は世のことをなんでも知っていて、正しくて、ちゃんと大人で、しっかり考えて家庭を築いている。

でもだんだんにわかってくる。

意外と完璧じゃない。
けっこう知らないことがある。
というか二人の仲すら危うい。

親といえども、もちろんどこにでもいる未熟な人間のひとりなんだ。そぅかぁ、神じゃないんだもんね。

こうして親に持っていた幻想がやぶれて、人はひとつ大人になります。

この幻想破りを、わたしたちは生きているあいだ、いろんなものを対象にしてやるチャンスに恵まれます。男性への幻想、女性への幻想、若者への幻想、お年寄りへの幻想、国への幻想、外国への幻想、世界への幻想…

他人への幻想、そして自分への幻想。

これを破るとき、その人の世界は一新します。

例えば、他者に対して一度でも「思っていた人と違うのかも!」と幻想を破ってしまうと、それまでとおなじ見方ができなくなります。

それまでこちらが持っていた思い込みを通さずに見ることができるようになるのですね。

すると当然その相手は、その「こちらが持っていた思い込み」の成り立つ世界にいないのがわかります。相手が、嘘みたいに、違う世界にいるのです。

だから、他者を変えなくていい。
なんと嬉しいことでしょう。

自分の思い込みを知ればいいのです。そしてそれを疑ってみる。そうすると、まさか思いもしないような「ほんとう」がそこにはあります。
よもやよもや、と言いたくなる、わたしたちを煉獄さんにしてしまう「ほんとう」が隠れているのです。

これを、例えば身近な人に対してやってみると、面白いことが起こってきます。「わたしはこの人をよく知っている」と思っている人がいるとしたら、その人で試すと面白いですよ。

「よく知っている」と思っているということは、それだけこちらがその人に、たくさんの思い込みを持っているということだからです。崩しがいがあって楽しいのですね。

よく知っている人の、絶対にこうだと思えることについて、自分の思い込みなのかも知れないと思ってみたり、疑ってみたりするのです。

期待や、憎しみや、切なさや不安をわきに置いて。
それらはあくまでもこちらの都合だから、いったん横に置いて、相手のその部分について「わたしにはわからない」と思ってみる。

わからない。知らない。どんな決めつけも通らない。

そこにこちらの心が開くとき、相手を未知の存在だとだと認めます。するとわたしたちは、その人に出逢い直せるのです。あなたにとって、その相手が一新します。

これをね、身近なひとにやり、
知らない人にもやり、
いろんなものにやる。

自分自身にすら、やってみてください。

あなたはあなたを知らない。


自分を未知なものとして扱えるとき、あなたはあなたに出逢い直します。

あなたにとって自分自身が一新します。
すごいことですね。

楽しめる人は、どこまでが思い込みなのかを探ってみましょう。そう、見えるもののすべて、あなたの認識するもののすべてに対して、思い込みでしかないのかも知れないと思ってみる。

そこに目が覚めたときの観点をあなたは想像してみたことがありますか。

世界との、真新しい出会い直し。あなたにとって、この宇宙が一新します。
これは、わたしたちが生きるあいだに体験できる、意識を使ったとてもエキサイティングな遊びのうちのひとつです。

あなたにとって、世界のなにかが違っていて欲しいとき、見る側のあなたの観点を変化させて遊んでみましょう。それはとても感動的で、不思議で、泣き笑いしたくなっちゃうような意外性に満ちた体験です。

ひとつ練習してみましょう。今日体調が悪いわたしのことも、なにかきっと良いことが起こっているに違いないと思ってみてください。きっとデトックスなのだと思ってみてください。いや、でももしかしたら疲れを癒やしているのかも知れませんね。

そして、そうです!わからない。知らない。

わからないから、どう思おうとも『ただの一視点』です。どこまでも、飽くまでも。すると、自分の信じることは、自分の勝手な思い込みなのだと思うことができます。「わからない」を引き受けると、「自分の見方はあくまでも自分の選択だ」と思えるのですね。そうやってそこに責任を持ててはじめて、わたしたちはその分そこに自由になれます。

どんな自由だって、こうして獲得するのです。自分で決めて、自分で勝手にしていると認めるところから。じゃあ、好きにするしかないんだな!誰のせいでもないな!と思えるとき、ほら、あなたはそれに対してフリーになるのです。ああ、楽しきことかな。

さて、今日はここまでにします。書けてよかった。

それではまた、明日ね。

(思い込みの解放を、自分・他者・宇宙の順で、段階を追ってワークショップで体験してみたい人は、秘行のオンラインコースにぜひ来てくださいね)
※現在開催予定のものはすべて満席となっています。またのお知らせをお待ちください。FacebookやTwitterでもお知らせしますので、フォローしていただくと良いと思います。


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