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電子使い風子の戦い

 「――手を引け。これは警告だ」
 不意にチャットが流れた。素早く返す。
 「何の事?あなたは誰?」
 風子は、自室のマルチ・モニターで、世界を監視していた。
 19歳の女の子の部屋とは思えない内装だ。
 テレワークで世界を制するため、セットした。
 「――お前が宇宙の電子使いである事は知っている」
 チャットがそう言うと、風子も返した。
 「FTSね。ちょうど訊きたかった事がある」
 FTSはFollow The Science.(科学に従え)という命令文の頭文字だ。
 国連の外郭団体で、NGOだが、実態は異なる。
 宇宙のオーバー・テクノロジーを秘密裏に使っている。
 「――とにかく手を引け。お前も家族はいるだろう?」
 そう言われると弱い。だが負ける訳にもいかない。
 「超極音速魚雷で、護衛隊群を葬ったのはあなたたちね」
 チャットは沈黙した。風子は暫く待った。
 「――アレは我々の総意ではない。一部の者が独走してやった」
 FTSでは、悪魔営業と呼ばれる人物を筆頭に、悪事を働いている。
 これまでは、大した事をやっていなかった。
 だが先日、一線を超えた。
 海上自衛隊の護衛隊群を一個、葬った。
 そんな大それた事をするとは思っていなかった。
 完全に予想外で、裏をかかれた。
 「宇宙協定違反じゃない?時空管理局が黙っていない」
 宇宙では、地球に対する過度な干渉は禁じられている。
 一国の戦略単位である艦隊を葬るとかやり過ぎだ。
 宇宙の他の勢力から、糾弾されるだろう。
 「――関係者は処罰する。それで終わりだ」
 FTSには、悪い宇宙人がいる事は知っている。
 隠れて、人類を摘まみ食いするグルメのレプタリアンだ。
 ドイツの性科学者と組んで、サキュバスなる者も開発している。
 政治家を誘惑して、便宜を図るぐらいなら放置していた。
 だが戦力を持ち、地球で行使するなら、取り締まらないといけない。
 宇宙の電子使いとして、存在が許されたのは、こういう時のためだ。
 オーバー・テクノロジーには、オーバー・テクノロジーで当たる。
 それだけの事だ。手始めに活動に制限を掛ける。
 「宇宙のグルメ一人旅は消去しておいたから」
 闇宇宙の人気レビュー記事だ。地球人の魂喰らいを記している。
 快楽に溺れた地球の女たちを天誅していると主張している。
 「――そんなものはどうでもいい。だがこれ以上、嗅ぎ回るのはやめろ」
 このチャット相手は、もしかしたら悪魔営業かも知れない。親玉だ。
 「悪事は許さない。FTSは一線を超えた」
 風子は、一種の退魔師だと思っている。
 電子使いPuukoは、DX退魔師だ。
 世間がDX化したから、自分も出現したと思っている。
 ネットの悪を駆逐する。宇宙のオーバー・テクノロジーで。
 「――警告はしたぞ。今から刺客を送る」
 恐らく例の悪い宇宙人だろう。手強い。
 倒せなくても、撃退して、行動不能にしたい。
 勝利条件は緩めだが、それでも捕まえるのが難しい。
 彼らが行動した時、探知はできる。
 だが隠れて、潜伏している時は無理だ。
 どこにいるのか分からない。
 「……こんばんは!お嬢さん!」
 振り返ると、2メートルを超える黒衣の男が自室にいた。
 「い、いい、いつの間に!」
 風子は思わず、席から立ち上がった。レプタリアンは椅子を見る。
 「……いいものを使っているな」
 これはRasical のオフィスチェア・ゲーミングチェアだ。
 最新の人間工学に基づいて設計された。7万円した。
 製品名はGrowSpica Pro、型番はRPN175。
 風子はレプタリアンから目を離さないで、再び着席した。
 「そ、そううよ。わ、悪い?」
 自分はテレワークで世界を制すると決めたのだ。
 いついかなる時も、椅子に座って戦わなければならない。
 この椅子は、電子使いPuukoの相棒だ!
 「……違いが分かる事は重要だ」
 風子は油断なく、2メートルを超える黒衣の男を見ていた。
 そして小声で、ヘッドホンに音声入力した。
 「……俺たちは話し合えば分かり合える。違うか?」
 「つ、通報しました。まま、間もなくじ、時空管理局が来ます」
 2メートルを超える黒衣の男は、舌打ちした。
 「……ならば、先にお前を喰うだけだ!」
 大蛇のように太くて黒い触手が、何本も黒衣の胴体から飛び出した。
 だが全て途中で止まって、力なくバタバタと床に落ちた。
 「……お前、処女だな」
 「な!な、何を言って……」
 風子は顔を真っ赤にして、GrowSpicaから立ち上がった。
 「……匂いで分かるんだ。聖女同様、喰うと不味い。味がしない」
 そのレプタリアンは帽子の下、苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
 「し、失礼な!」
 風子は現代人にしては珍しく、快楽を知らないで育った。温室育ちだ。
 「……最近の女は皆ビッチだぞ。どうしてお前はヤらない?」
 「そ、そんな事ないもん!」
 大好きなマンガは、『WITCH WATCH』(注104)だ。
 週刊少年『ジャンプ』で連載している。健全だ。
 間違っても、JK何とかは異世界でビッチになったとかじゃない。
 実はちょっと、興味あるが、見ない。買わない。知らないだ。
 「……だから、宇宙の電子使いになれたのか」
 2メートルを超える黒衣の男は、やれやれと嘆息した。
 IT系で、処女で、宇宙の夢が見れる。それが条件だ。
 「そ、そそれはよく分からないけど、わ、私には正義がある!」
 神様から授かった不思議な力だ。善行のために使おう。
 「……正義か。だが力なき正義は虚しいぞ。本当に力があるのか?」
 風子は小声で、ヘッドホンで音声入力した。
 レプタリアンは不意に、身体が動かない事を自覚した。
 「わ、悪いけど、う、動きを封じさせてもらった」
 2メートルを超える黒衣の男が使っている機器の制御を奪った。
 「……なるほど、それがお前の力か」
 レプタリアンは不気味に微笑んだ。強がりだ。もう何もできない。
 「じ、じ時間があった。す、すぐに襲われたら、わ、分からなかった」
 「……時間稼ぎか。私も喋り過ぎたな」
 2メートルを超える黒衣の男は、自嘲気味に言った。
 「ま、間もなく時空管理局のお、お姉さんが到着する」
 「……どうせビッチだろう?簡単に喰える」
 レプタリアンは、さして焦っていなかった。
 「に、逃がさない。それよりも、な、なぜ一線を越えたの?」
 宇宙から干渉するのは、ルール違反だし、今回影響が大き過ぎる。
 「……天秤を揺らすためさ」
 「て、天秤?」
 「……歴史の天秤だよ。外から衝撃を与えないと、状況が変わらない」
 風子は考えた。あの後、色んな事が起きた。良かったのか?
 「……天秤が揺れている時は動乱が起きる」
 それはそうだ。誰が犯人か分からなくて、世界中で犯人探しをやった。
 「……宇宙からの一撃は過去も起きている。地球の均衡を破るために」
 そうかもしれない。だがやっていい事ではない。
 「お、お前は誰から命じられた?」
 「……自分の意思さ。母星は関係ない」
 それで殺された者たちは浮かばれない。やはり引き渡そう。
 「な、なら、こ、これで終わりだ」
 時空管理局がやって来た。窓から入って来る。
 レプタリアンの宇宙人は、時空管理局に逮捕された。
 許可なく、過度に地球に干渉したためた。
 宇宙のグルメとして、昔から指名手配されていた事もある。
 悪魔営業も姿を消した。
 FTSの解体後も、行方は杳として知れない。
 だが宇宙のグルメ一人旅は復活した。最初の記事は時空管理局のお姉さんだ。
 2メートルを超える黒衣の男は、今も別の星にいるのかも知れない。
 悪は栄えなかったが、悪が滅びた試しもなかった。
 それが電子使い風子の戦いだった。
 
注104 『WITCH WATCH』 篠原 健太著 集英社 2021

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺007

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