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ゴースト・ウォーズのツアー客

 1642年10月23日、イングランドでエッジヒルの戦いがあった。
 第一次イングランド内戦、清教徒革命の真っただ中だ。
 後に護国卿になるオリバー・クロムウェル(注111)がいた時代だ。
 だがこの時は、まだ国王派と議会派に分かれて戦っていた。
 この内戦は幾多の戦場を生み出したが、エッジヒルもその一つだ。
 この戦いでは、4,000人が戦死して、王党派が勝利した。それが史実だ。
 だがこの話には、とんでもない後日談がある。
 1642年12月24日の夜、エッジヒルの戦いがやり直された。
 ゴーストたちが夜空を駆け巡り、議会派が勝利した。史実と逆だ。
 目撃者の証言では、ゴーストたちは勝利の勝鬨さえ挙げたと言う。
 後に処刑される時の国王、チャールズ一世(注112)の耳に入った。
 戦いがやり直されて、議会派が勝つ展開が気に入らなかったらしい。
 カーク大佐、ダドリー大尉、ウェインマン大尉に現地調査を命じた。
 王立委員会が調査に行くと、戦いは夜半から始まり三時間続いたと言う。
 ドラムが打ち鳴らされ、ラッパが吹き鳴らされ、軍馬がいなないた。
 13,500人のゴーストが夜空を駆け巡り、両軍の激突が再現される。
 国王派の旗手であるエドモンド・バーニー卿の姿さえ確認した。
 また委員会は、一部の兵の身元さえ特定できた。これはどういう事か?
 夜が白み始めると王党派が敗走し、議会派が勝利の勝鬨を挙げる。
 王立委員会は、ありのまま、国王に報告せざるを得なかった。
 チャールズ一世は怒った。だが委員たちも、宣誓して証言している。
 この話は瞬く間に広まり、さらに多くの見物客を引き寄せた。
 治安判事ウィリアム・ウッド、牧師サミュエル・マーシャルも観た。
 毎年10月3日頃に、ゴースト・ウォーズが開催され、ツアー客が来る。
 これは英国公記録局にも唯一、公式に認められた、幽霊の記録だ。
 1643年1月23日、『A Great Wonder in Heaven』も出版された。
 実は1645年6月14日ネーズビーの戦いでも、似た話がある。
 この戦いは、第一次イングランド内戦の趨勢を決定した重要な史実だ。
 毎年6月14日になると、上空で、大砲の音や男たちの絶叫が聞こえた。
 イギリスは幽霊話が多い国だが、これは一体どういう事なのだろうか。
 何か理由があるのか。霧と雨が多いあの白亜の大地は呪われているのか。
 
 21世紀のある日、幽霊戦争の観光客が、夜の丘の上に立っていた。
 二人の少女だが、片方は19世紀ヴィクトリア朝の男装をしている。
 フロックコートに鳥打帽子だ。金髪碧眼で髪をともはねに結んでいる。
 付け髭をして、手には木のパイプに見える加熱式タバコさえ持っていた。
 「やぁやぁ、始まっているな」
 夜空をスクリーンに、一大パノラマが展開されている。
 17世紀の幽霊たちが、戦場を駆け巡り、殺し合う。
 まるで野外の立体映像のようだが、映画ではない。
 「……お嬢様、これ全部幽霊なのですか?」
 もう片方、そのメイド姿の少女は驚いていた。
 やはり19世紀ヴィクトリア朝の服装だ。
 「ゴースト・ウォーズとは言い得て妙だが、ちょっと違うな」
 半透明で、エッジヒルの戦いが再現されている。物凄い人数だ。
 「……と言いますと?」
 「多分、並行世界だよ。これは」
 二人は丘を下りながら、夜空を見上げた。
 「……なるほど、だから史実と結果が異なるのですね」
 地上付近でも、戦闘は見える。だが夜空にも映っている。
 「映画ではないが、この空間で再生されている」
 二人が丘を降りると、辺り一面、戦場の叫び声がした。
 「……戦場を縁にして、並行世界が見えていると?」
 「そんな処だな。だから幽霊とはちょっと違う」
 だがたった今、一人の騎兵が、二人の体を通り抜けた。
 そして歩兵を殺した。血飛沫さえ飛び、生々しい。
 明らかに怨念の籠った眼差しをこちらに向けて倒れる。
 「……地獄界がそのまま繋がっているんじゃないですか?」
 死んで迷った霊たちが、戦場を走り回っている。
 「そうかもしれないな」
 嘆息して認めた。二人の周囲で戦場が展開されている。
 「……この戦場は地獄界にも、並行世界にも通じていると?」
 「これではどっちだか分からん。混ざっている?」
 夜空と地上に分かれて、映像化しているが、分離している訳でもない。
 「……一体化しているみたい。区別できない」
 二人はしばし、再現されるエッジヒルの戦いを観戦した。
 彼女たちはゴースト・ウォーズのツアー客だ。
 イングランドの旅行会社が組んだ。このご時世、よくやる。
 エッジヒルは長年、英国陸軍の演習場となっており、立入禁止だった。
 だがその陸軍がいなくなってしまったので、エッジヒルは解放された。
 政府はまだ辛うじて機能しているが、軍隊はもう存在しない。
 灰色の空の下、見渡す限り黒い丘が広がっている。木立は少ない。
 世界の多くが死に絶え、イングランドは生き残った。
 「……幽霊なら、供養してあげないのですか?」
 「まさか。これだけの数だぞ。私にできる訳がない」
 鳥打帽子の少女は、木のパイプに見える加熱式タバコを吸っていた。
 「……でもこれは自然な状態なのですか?」
 「原因あって、結果あり。これも当然の事さ」
 ヴィクトリア朝のメイド服の少女は、白い目で見た。
 「……でもお嬢様はこの現象を説明できていない」
 フロックコートの少女は笑った。
 「そうだな。異世界に行けるかと思ったのだが――」
 二人の眼前に、並行世界に通じる「穴」はない。「扉」もない。
 「――期待外れだったようだ」
 相変わらずの殺戮劇が続いている。そろそろ飽きてきた。
 「……やはりここは地獄界の一部と重なっていますよ」
 「そうだろうな」
 鳥打帽子の少女は、加熱式木のパイプを燻らせる。
 「……ずっと同じ時間が再生されています」
 ヴィクトリア朝のメイド服の少女は、自殺者の霊の話をした。
 それこそビデオのように、同じシーンが繰り返される。
 「ビルを何度も飛び降りる奴だろう――」
 二人は霊探偵だった。死者の姿が見えるし、話もできる。
 「――だがここは結論が異なる」
 議会派が勝つ事が多いらしいが、国王派が勝った事もある。
 自殺者の霊が繰り返す、ビデオのような世界ではない。
 「……だからと言って、並行世界とは限らない」
 「これは何度もチェスをやっているようなものだな」
 鳥打帽子の少女は言った。全ては盤上に配置された幽霊次第か。
 「……いずれにしても、ここには「穴」がない。「扉」もない」
 「そうだな。外れだったようだ」
 二人は、異世界や、並行世界に通じる「穴」や「扉」を探していた。
 「……ここで幽体離脱すれば、見つかるかもしれませんよ?」
 ヴィクトリア朝のメイド服の少女は、意地悪な笑みを浮かべた。
 「それは遠慮しておくよ。幽霊に連れて行かれる」
 鳥打帽子の少女は、ぶるっと体を軽く震わせた。
 「……お嬢様、私の後ろに隠れて下さい」
 見ると、一騎の騎士がやってきた。右手首がない。
 「お。デュラハンだ。首があるぞ?珍しいな」
 フロックコートの少女は、ニョキと後ろから首を出した。
 「……いや、首があるならデュラハンではないでしょう」
 「日本のろくろ首と、西欧のデュラハンはお仲間ではないか?」
 「……話が逸れています」
 ヴィクトリア朝のメイド服の少女は、呆れた。
 「やぁやぁ、あなたはもしかして、エドモンド・バーニー卿?」
 鳥打帽子の少女は、堂々と出て行き、騎士に挨拶をした。
 「……いかにも。余はエドモンド・バーニーだ」
 二人は、騎乗の「いい人」エドモンド・バーニー卿を見上げた。
 「……王旗を探している。私の右手首を知らないか?」
 エドモンド・バーニー卿は、戦死しても、王旗を手離さなかった。
 そのため、議会派は、卿の右手首を、切断せざるを得なかった。
 彼の右手首は、バッキンガムシャーに埋葬されている。
 「クレイドンの実家にあるんじゃないか?」
 フロックコートの少女は、卿の右手の埋葬地を言った。
 「……そうか。ありがとう」
 エドモンド・バーニー卿は、ゆっくりと消えて行った。
 「歴史的瞬間だな!」
 「……ただの幽霊ですよ」
 
注111 Oliver Cromwell(1599~1658)Lord Protector England
注112    Charles I(1600~1649)King of England, Scotland, and Ireland
参考動画 https://www.youtube.com/watch?v=m2tEiaO2OBU

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺017

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