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 とある捕食型宇宙人のグルメ一人旅

 そのGカップの女子大生は、ホテルから出ると、本日の売上について考えながら、上機嫌で歩いていた。駅までタクシーで移動しようかと思ったが、たまには歩いて行こうかと思った。今回のパパは最悪だったが、金払いは悪くなかった。相場より高めにくれる。
 その代わり、プレイがきつかったが、我慢できない程でもない。また利用するかもしれない。それにしてもなぜ、目玉を舐めてくるのか?意味が分からない。涙でも吸いたいのか?
 ヒールの靴音も高く、夜のホテル街の裏路地を歩いていた。知らない道だった。こんな暗い道があったのか。ここは東京のど真ん中、パパ活の聖地、六本木だ。在り得ない。
 不安を覚えた女子大生は、歩く速度を上げた。手元のスマホを確かめる。時刻は夜3時だ。
 「自ら春を売り、己の夏を謳歌する女たち――」
 不意に男の声がした。振り返ると、黒マントの大男がいた。二メートルは優に超えている。その女子大生は、悲鳴を上げようとした。だが声が出ない。体が動かない。金縛りだ。
 「――人生の冬場で後悔する前に、実りの秋に収穫する」
 突如、真っ赤な大口が開いて、太い触手が伸びて来た。舌だ。
 あっという間に、女子大生は舌で巻かれて、黒マントの大男に向かって、クルクル回されながら、手繰り寄せられた。その途中で、ハンドバッグとスマホが飛び、上着とヒールも飛んで、最後は花柄の下着さえ宙に舞い、そのまま真っ赤な大口にペロッと飲み込まれてしまった。
 黒マントの大男は、全身を不気味にグネグネしていた。
 咀嚼しているようであり、味わっているようであり、中で女子大生が暴れているようであり、まるで公園の鳩を飲み込んだペリカンのように、喉元をしばらくの間、動かしていた。
 だがそれもふと止まった。黒マントの大男が、路上に散らばる女子大生の遺留品に一瞥をくれると、青い焔を上げて、一瞬で消えてしまった。
 そしてまるで、梅干しの種でも吐き出すように、ペッと白くて丸い何かを口から飛ばした。
 それは放物線を描いて、路上に落下すると、コッ!コツコツ、骨々骨々と転がって止まった。
 女子大生のドクロだった。白くてピカピカの新品で、健康的でさえある。
 だがそれも一瞬の出来事で、ボンっと青い焔を上げて、手品のように消えた。
 黒マントの大男の口許がまだ動いていた。口の中で何か舐めている。
 目玉だ。女子大生の二つの目玉を、まるで飴玉のように舌で転がしている。
 だが目玉には意識があり、まだ世界を映し、瞳孔が開ききっていない。
恐怖で叫びたくても、目玉は叫べない。世界を映すだけだ。真っ赤な舌で舐められる。
 だがやがて女子大生の二つの目玉は、黒マントの大男の口の中で、溶けて消えた。
 そして懐から紙で包んだバンズを取り出す。ハンバーガーかと思ったら、Gカップだった。そのまま黒マントの大男はもしゃもしゃ食べ始める。スナック感覚だ。
 不意にライトの光が照らされた。
 特警の腕章を付けた二人の警官が、見回りに通り掛かった。
 「あ、いつも天誅ご苦労様です!」
 手前の若い警官がそう言うと、黒マントの大男も、陽気に片手を挙げて応じた。
 奥にいた年配の警官も鷹揚に頷くと、警官たちはそのまま立ち去った。
 バンズの間から、淡いピンク色のつぼみが見えた筈だが、全く気にした様子はなかった。
 黒マントの大男は食べ終わると、全身を朧気に発光させて、捕獲したGカップの女子大生の魂からエナジーをチャージした。またパワーアップした。どんどん強くなる。
 げっぷをすると、ぶりっと何かを尻から排出した。それは落ちて移動する。どろどろ。
 そして無言でホテル街の裏路地を歩く。考えた。
 この国の女は旨い。魂が味わい深い。色々な国を回って来たが、この国はいい。
 特にパパ活女子大生など最高だ。
 最近は、パパ活女子大生をターゲットに、狙い撃ちにして、喰らっている。
 経験回数が多く、その肉で快楽を味わっている女ほど、魂に味が染みていてよい。反対に、欲望に染まっていない女は不味くて食えたものではない。近づくだけで吐き気がする。
 だが今、日本の若い女たちは旨かった。秋のサンマのように旬なのだ。
 白人女や中国女は、我が強く、言う事を聞かない。だからと言って、必ずしも不味いという訳でもないが、総じて日本の女たちは従順なので、これが魂の隠し味になる。
 この星の女の肉自体、大差ないが、最近はいいものを食べているのか、霜降り肉が多い。
 まるで食べて下さいとばかりに、この星には肉の果実がたくさんなっているように見える。
 だが本当は喰らいたいのは、快楽を深く味わった魂だ。肉じゃない。
 実は銀河協定があるので、こういう密漁行為は禁止されているのだが、これは味見という奴だ。後で始末書でも上にあげておけば、どうにかなるレベルの摘まみ食いに過ぎない。
 何しろこの星には80億もいるのだから、一人や二人くらい喰ったところで分からない。
 とある捕食型宇宙人のグルメ一人旅だ。銀河にブログを上げ、レビューも付いている。
 今は本格的な侵攻を前に、予備的な調査を行っている。この星の人間たちも行う調査捕鯨と一緒だ。上から許可が下りれば、大挙上陸して、この星の人類を駆逐する。一匹残らず。
 今日は調子がいいので、二匹目もいこうかと思った。
 ちょうどおあつらえ向きに、またホテルから一人出て来た。ちょっと胸が薄いが、旨そうな若い女だ。パパ活女子大生か。黒マントの大男は、舌なめずりして、尾行を開始した。
 その女子大生は、カンが良かったのか、すぐに逃げようとした。だが念動で金縛りに掛けて、暗がりで動きを止めた。手からスマホが落ちて、路上に転がった。
 スマホの待ち受け画面に、白猫が映っていた。
 「天誅執行」
 その捕食型宇宙人は、太くて長い触手を出そうとした。
 「……あ~。その娘は勘弁してくれんかね。流石にわしの寝つきが悪くなる」
 別の暗がりから、杖を持った仙人風の老人が現れた。
 「兄弟の娘なんだ。別に頼まれていないが、兄弟の運命に影響する」
 仙人が杖をかざすと、その女子大生の金縛りは解けた。脱力して座り込む。
 「……この星の下級神か。名を名乗れ」
 黒マントの大男は警戒した。
 「端役じゃよ。名もない。役職も失った。お主も名乗るのは不味かろう?」
 「どけ。俺の獲物だ。痛い目に合いたいか?」
 その捕食型宇宙人は恫喝した。
 「余所者が、人の家ででかい顔をするもんじゃないぞ」
 仙人が杖を構えた。すると黒マントの大男は少し様子を見た。
 「……笑わせる。その娘のために俺と戦うというのか?」
 その捕食型宇宙人は、紙に包まれたもう一つのバンズを取り出した。Gカップバーガーだ。
 仙人はその様子を見ると、恐怖で震えている女子大生に杖をかざした。
 「どれ、ちょっと運命を読み取ってみるかの」
 するとすぐに仙人は目を見開いた。
 「……何という徳の薄い娘じゃ。猫しか助けておらん」
 その女子大生は何の事か分からなかった。だがスマホは手繰り寄せた。
 「お主、善行が足りな過ぎるぞ。これでは神様も助けようがない」
 仙人は深く嘆息した。そしてスマホの待ち受け画面を杖で指し示した。
 「だがその白猫に感謝するんじゃな。少し霊力がある。進化した猫じゃ」
 女子大生は、スマホの待ち受け画面を見た。白猫のルルが映っている。
 「ま、化け猫とまでいかないが、世話猫と言ったところかの。人と話ができる」
 仙人は、そこでほほっと笑った。
 「今はこの猫の願いが起点となる。あとはお前さんがわしを信じればよい」
 仙人はそう言うと、おやつを食べ終わった捕食型宇宙人に向き直った。
 「笑わせる。快楽で自己家畜化した人類など、動物と変わらないだろう。そもそも何かを信じるパワーがない。この星の人類は、霊長類などと名乗っているが、確実に退化している」
 黒マントの大男は、足元から風を吹かせて、マントを激しく巻き上げていた。光を発する。
 「頼む。わしを信じると言ってくれ。今この時だけでいい。さすれば戦える」
 仙人は、捕食型宇宙人と対峙しながら言った。女子大生は汗った。そして迷う。
 「……わしを信じろ」
 仙人が一瞬だけ視線をこちらに走らせてそう言うと、女子大生は頷いた。
 「……おじいさんを信じる」
 その女子大生がそう言うと、仙人は一瞬、眩い光を放った。
 「ギリギリOKじゃな。わしが逃げ道を作る。その間に逃げるんじゃぞ」
 女子大生は、コクコク頷いて、路地裏を走り出した。
 「これに懲りたら、パパ活なんぞ辞めて、徳を積み、精進せい」
 仙人が逃げ去る女子大生に向けてそう声を掛けると、捕食型宇宙人は言った。
 「……やるか?」
 「応とも」
 振り返った仙人の顔は、ビギュイーン!と赫顔(かくがん)になった。白髪も逆立つ。
 「面白い。好々爺の仮面を脱ぎ捨てたな」
 仙人が杖をかざすと、稲光が瞬いたかと思ったら、雷撃が直撃した。
 「やるな爺。だがもう後がないだろう。猫の祈りなどその一発で弾切れだ」
 黒マントが焼け落ちて、捕食型宇宙人の姿が露わになる。レプタリアンだった。
 「なんの。娘は逃がした。兵法としてはわしの勝ちじゃ」
 仙人はすーっと音もなく後退を開始した。
 「だがお前がやられてしまっては、勝ちも何もないだろう?」
 レプタリアンも同じく、すーっと移動して仙人に追いつく。
 だが途中で、追跡をやめて、急に別の方角を向いた。
 「……年寄りの冷や水じゃな。若いもん相手にいいところを見せようとするから」
 「花咲!(フワシャオ)」
 見ると、花咲爺が立っていた。不意に空から強襲者(ライダー)が現れた。
 「行け、Go!Allez! Allez!(行け、行け)」
 そりに乗ったトナカイライダーが、鈴の音と共にドーンとレプタリアンを跳ね飛ばした。
 どんがらガッシャーンっとその捕食型宇宙人は、路地裏のごみ箱に頭から突っ込んだ。
 「サンタクロース、お主もか」
 仙人は嘆息した。三人は集まると、NBAのバスケよろしく、ハイタッチした。
 「……貴様ら。覚えていろよ」
 レプタリアンは、頭に魚の骨をくっ付けながら起き上がった。
 「別に忘れてくれて構わんよ。恨み心の健忘は、長生きの秘訣じゃ」
 振り返った仙人は好々爺の顔を取り戻すと、そう言った。
 「それにわしら、今は桃園会のメンバーじゃし」
 三人の老人は笑った。レプタリアンは夜の闇に紛れて逃走した。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード8

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