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海の中のウソ

 「……算出しました。水深800m、推定230ノットで潜行中」
 そのオペレーターは司令室で、艦長に報告した。潜水艦には不可能な深度、速度だ。
 「何かの間違いじゃないか?もう一度、計算しろ」
 その米海軍中佐は、指示を出した。潜水艦の艦長だ。ロサンゼルス級原子力潜水艦だ。
 「……曳航ソナーは交換したばかりの新品です。採取したデータは正しいかと」
 オペレーターは不満そうだった。だが数値的に在り得ない。潜水艦の艦長は尋ねた。
 「魚雷ではないのだな?」
 「……見た事がない波形です。大きい。葉巻型、涙滴型ではないです。円盤型かと」
 米海軍中佐は考えた。円盤型?海の中で一体何が起きている?
 「……破壊音を複数確認。目標をロスト」
 別のオペレーターがまた報告した。海の中が爆発音で満ちている。ノイズで一杯だ。
 「撃沈か?」
 「……不明。戦闘音には間違いないです。双方被弾した可能性あり」
 やられたのは敵か?味方か?よく分からない。目標は最後、海面に向かっていた。
 「急速浮上」
 潜水艦の艦長は命じた。好奇心が本能に勝ってしまった。こういう時、セオリーでは動かないで、海の中で遮蔽物を背にして、じっと隠れていないといけない。だが見たい。多分、上だ。
 最初、潜望鏡だけ海上に出したが、特に何も見つからなかった。その後、船体ごと浮上して、潜水艦の艦長は、思い切って、セイルから身を乗り出して、空を見上げた。
 煙を吹いた飛行物体が、空を過って、消えて行った。被弾している?UFO?
 「……艦長、まだ戦闘は続いている模様です」
 副長がそう声を掛けて来た。味方がやられているのか?敵がやられているのか?
 「副長はさっき飛んで行ったものを見たか?」
 潜水艦の艦長は尋ねたが、副長は曖昧に頷いた。
 「……ええ、見ましたが、今日は7月2日ではないですね」
 7月2日は世界UFOデーだ。残念ながら祝日ではない。因みに、ロズウェル事件(注69)が起こった1947年7月2日にちなんでいる。今日は7月2日ではないが、これは一体何だ?海の中にUFOでもいるのか?だが海の中ではUFOとは言わない。別の言い方になる。
 USO (Unidentified Submerged Object)と言う。すなわち、海の中のウソだ。
 「とにかく潜るぞ。持ち場に戻る」
 潜水艦の艦長はそう言うと、その攻撃型原子力潜水艦は再び潜航した。
 それにしてもおかしな事が起きている。上にどう報告しようか悩む処だ。
 水深800mで230ノットは在り得ない。海の中のウソだ。だが計算の結果そうなった。米海軍のシーウルフ級で35ノット、北方の大国のシエラ級945型で36ノットと推測されている。もう潜水艦ではない。因みにロサンゼルス級は最大31ノット、水深限度は457mだ。
 今、台湾の南側の海底で、合衆国と大陸の潜水艦が睨み合っていた。台湾防衛戦だ。
 どちらもありったけの戦力を投入している。正確な数は不明だが、一度にこれほど潜水艦が集まった事はないかも知れない。大潜水艦戦が起きようとしていた。だが実際は違う。
 海の中でウソが飛び交っていた。一体何が起きている?その日、何度目かの問いを立てた。
 そのロサンゼルス級原子力潜水艦は、緊張していた。まだ潜水艦戦は始まっていないが、アメリカ第七艦隊がやられた事は聞いている。核魚雷で津波を起こして、艦隊を葬ったらしい。大陸の新戦術だろう。今次世界大戦における、潜水艦の重要さを示している。
 だがそれも潜水艦同士の話だ。何か正体不明なものが、戦場に乱入していた。
 果たして、海の中にいる未知の驚異と戦えるのか?だがこの潜水艦は決して弱くはない。
 攻撃型原子力潜水艦は、現代の戦艦だ。打撃力に特化している。
 このロサンゼルス級原子力潜水艦は、フライトⅢで、ミサイル垂直発射装置を12セル装備し、対水上・対地火力投射能力は高い。ハープーン対艦ミサイルや、トマホーク対地ミサイルも発射できる。魚雷発射管は4門だ。合衆国は、30隻以上同形艦を運用している。
 最強の攻撃型原子力潜水艦、シーウルフ級原子力潜水艦も1隻だけ来ている。臨時で合衆国の潜水艦艦隊の旗艦を務めている。戦力的には米海軍が上だ。
 大陸側は、093型原子力潜水艦(商型)が主力だ。その発展型もいるかもしれないが、性能に大差はないだろう。もしかしたら静粛性は、上がっているかもしれない。
 この海域に、大陸の潜水艦が多数潜んでいるのは分かっている。台湾とフィリピンのルソン島の間の海域だ。台湾近海には海底火山も多く、危険だ。それだけに海底の地形が複雑で、潜水艦の隠れ場として適している。台湾の東側の海底はすぐ深くなって、平で隠れる場所がない。
 双方、決戦場として、この海域を選んだが、謎の第三勢力が介入している。
 「……発射音3!魚雷です!」
 オペレーターが緊張した声を上げた。
 「……方位は?」
 副長が尋ねると、こちらと関係のない方角に向かっていた。ひとまず安心する。
 「……発射位置と深度を報告しろ」
 副長が情報を求めると、別のオペレーターが悲鳴のような声を上げた。
 「……待って下さい。魚雷の速度が異常です。これは超極音速魚雷です!」
 出た。例の新兵器。しかしこれは状況的に見て、大陸のものではないだろう。無論、合衆国のものでもない。海に潜む第三勢力のものだ。北方の大国の潜水艦が、ここに来ているという情報は、今のところない。謎の第三勢力は、大陸の潜水艦を攻撃している?
 「……破壊音認められず、魚雷をロスト」
 オペレーターがそう報告した。外れたのか?躱したのか?あの魚雷を?
 「……魚雷を撃った艦を追跡できるか?」
 副長が確認した。オペレーターは報告する。
 「……ロストしましたが、深度600m付近にいました。速度は200ノット以上」
 さっきの奴とはまた別の奴か?米海軍中佐は考えていると、副長が横から言った。
 「……艦長、この海域は危険です。離脱しましょう」
 それは考えた。だがこの事象を見たからには、上に報告する義務がある。
 「アンノウンは複数存在する。どこの勢力か、確認する必要がある」
 「……このままでは本艦も危険です。状況に対処し切れない可能性があります」
 断言できないが、今のところ、味方が被害にあった様子はない。報告もない。
 「やられているのは大陸の潜水艦だ。我々ではない」
 副長は、それは分からないという顔をしていたが、否定もしなかった。
 「……アンノウン同士で戦闘しているとしたら?」
 そうなのだ。アンノウンは複数存在する。状況から判断して、大陸の潜水艦がやられている可能性が高いが、アンノウン同士でも戦っているようにも見える。海から空に飛び上がって逃げて行った奴は煙を吹いていた。明らかに被弾していた。大陸の潜水艦には無理だろう。
 「何のため、彼らが戦っているのか確認したい」
 「……大陸の潜水艦を守る側と、攻撃する側に分かれていると見るのが、妥当です」
 それは推測だ。だがこの副長はすでに様々な可能性について、考えていたようだ。
 「我々は蚊帳の外か。ならば観戦ぐらいはできるだろう」
 「……UFOが海に潜れるとは思いもしなかったです」
 副長がそう答えると、米海軍中佐は言った。
 「知らないのか?UFOは海と湖でよく見かけるものだぞ」
 宇宙を渡って来るなら、あらゆる環境は想定しているだろう。UFOは水と縁がある。
 「……小官は、政府から出た公式ドキュメントしか読んでいないので」
 合衆国の国家情報局から「Preliminary Assessment: Unidentified Aerial Phenomena(初期評価:未確認航空現象)」(注70)が出た。2021年6月の話だ。2020年4月に3つのUFO動画も出ている。米海軍が撮影したとされている。いずれも合衆国公式のUFO資料だ。
 しかし今はUFO(Unidentified Flying Object)とは言わない。UAP (Unidentified Aerial Phenomena)と言う。未確認航空現象と言っても、海も潜るので、色々ややこしい。
 この報告書は短いPDFなので、誰でも読める。検索すればネット上、置いてある。だが読んでも、大した事は書いていない。タスク・フォースが組まれて、データの標準化を試みている。提供されたデータの大半は、米海軍からである。一個だけ、バルーンだったと書いてある。
 「……超極音速魚雷について、仮説があるのですが、述べていいですか?」
 副長が話し掛けてきた。潜水艦の艦長は先を促した。
 「……UFOがあらゆる環境を想定して戦闘を行うなら、実体弾は必要です」
 「ああ、一種のミサイルだろうな。宇宙で濃密なガス雲も突破する兵器は必要だ」
 米海軍中佐が先取りすると、副長は首肯した。
 「……水の中や濃密なガスの中では、光学系の兵器は威力を減殺されます」
 「果たして奴らが、我々と同じ光学系の兵器を持っているのか疑問だが……」
 「……何かしら粒子を発射する兵器は、我々にも可能です。原理は変わらないでしょう」
 副長はそう言ったが、それは分からないと、潜水艦の艦長は思った。
 「ワープして、地球に来るような奴らだぞ。何を持っているか分からん」
 「……それも推測でしょう。誰も光の速さを超えた処を観測した訳じゃない」
 あの連中が、地球の近所から来たとはとても思えない。こういう時、よくSFでは、6光年先のバーナード星系が取り上げられるが、光の速さでも6年掛かるのだ。非効率過ぎる。
 世界はいい加減、UFO問題を直視した方がいい。UFOの実在は、すなわち、相対性理論の光速度不変の原理が、破れている事を示している。アインシュタインはもう正しくないのだ。別の宇宙論が必要になる。自分たちで、全く新しいモデルを構築しないといけない。
 「いずれにしても、奴らがミサイルと光線兵器で、武装しているのは間違いないだろう」
 「……潜水艦よりも早く深く潜れて、航空機よりも早く高く飛べる」
 副長はそう言うと、米海軍中佐は、そんな船体をどうやって作るのか、疑問に思った。
 「冶金技術はどうなっているんだ?使っている金属が分からない」
 「……日本の古代神話で知りましたが、昔の日本刀には、ヒヒイロカネという謎の金属が使われていたそうです。軽くて丈夫で、万能の金属です。神話の中では、天鳥船(あまのとりふね)という、UFO的な空飛ぶ船の船体にも使われています。全部、日本の伝説です」
 そんなものがあるのか。西洋文明で言う処のオリハルコン的な金属か。
 「宇宙には、まだ人類未発見元素とかあるかもしれない。それで作ったとか?」
 人類が発見した元素は、地球の組成に寄っている。宇宙には、まだ元素はあるかもしれない。
 「……しかし艦長、艦隊司令部にはどう報告するのですか?」
 それだ。ここまで見たからには上に報告しないといけない。だがどうやって報告する?まさか海の中でウソを見たとは報告できない。いや、海の中でウソを見たと報告すべきか……。
 
注69 ロズウェル事件、1947年7月2日、一度宇宙人を捕まえたと発表したが、取り消した。
注70 『Preliminary Assessment: Unidentified Aerial Phenomena 』2021年6月25日 米国

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード93

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