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『女のいない男たち』ノート

村上春樹著
文春文庫

 先頃、ノーベル文学賞が発表になったが、今年も村上春樹の受賞が、毎年の恒例のように期待されていた。
 これは私見だが、最近のノーベル文学賞受賞作品は、思想性や社会問題を取り上げた作品が多いと感じられる。わが国でいう〝純文学〟はいまの選考委員には好まれないようだ。

 それはともかくとして、この『女のいない男たち』は、実に面白い短編小説集で、一気に読んだ。最近この作品集の中の『ドライブ・マイ・カー』が西島秀俊の主演で映画になった。そういえば、前に取り上げた『タルト・タタンの夢』がドラマ化された『シェフは名探偵』の主演も西島秀俊だったことを思い出した。

 この本は、六つの短編からなる。その共通のモチーフは、〝いろんな事情で女に去られた男たち〟である。

『ドライブ・マイ・カー』の主役は、家福(かふく)という俳優で妻も俳優であったが、病で亡くなった。自分はある事情で免停になり、専属運転手を雇うことになった。家福の車は黄色のサーブ900コンバーティブルというマニュアルシフト。家福は冬も幌を開けて走るのが何より好きであった。知り合いの自動車修理工場に頼んで紹介してもらった渡利みさきはこの車が気に入って、運転手になるところからこの物語が始まる。(どうでもいいが、映画のリーフをみたら赤いサーブだった。)

『イエスタデイ』は、谷村という早稲田大学の学生で20歳。芦屋出身で、東京弁しか喋らない。大学の正門近くの喫茶店でアルバイトをしている時、木樽明義という東京生まれなのに、ほぼ完璧な関西弁を操る同い年の浪人生と出会う。ビートルズの「Yesterday」を関西弁の思いつきの歌詞をつけて歌う木樽との出会いからけったいな物語が始まる。
 谷村は、高校時代の恋人と別れたばかり。木樽には小学生の時から付き合っている栗谷えりかというガールフレンドがいて、ある事情から、谷村は木樽からお前はなかなかええやつやからオレの彼女と付き合ってくれと言われる。それで三人で会って、木樽は彼女に〝文化交流〟のつもりでデイトしたらと提案をし、谷村は栗谷とデイトをすることになる。
 映画を観た後の食事の席で、彼女から「アキくんとは別につきあっている男の人がいる」と告白されることになる。谷村は、結果的に彼女を失い、彼自身も谷村の前から姿を消してしまうのだ。

『独立器官』の語り手は作家である〝僕〟で、主役は、52歳の渡会という美容整形外科医だ。渡会はこれまで結婚はおろか同棲経験もない。しかしガールフレンドは常時複数いるという生活を送っている。
 その彼があるとき16歳年下の既婚者で子どもも一人いる女性と深い恋に落ちた。
 しかし、彼女には夫以外にも男がいた。そのことを知った渡会は自分自身を、想像もつかない方法で自死に追い込んでしまうのだ。

 この3作のほか、『シェエラザード』、『木野』、そして表題作の『女のいない男たち』が収められている。
 いずれにしてもどの作品でも、〝女のいない男たち〟はそれぞれ多義的な意味で女を失う物語である。

 村上春樹の作品は、メタファー(暗喩)に溢れ、それを読み解くのが面白い。

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