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『夢の砦――二人でつくった雑誌「話の特集」』ノート

矢崎泰久・和田誠著
ハモニカブックス刊
 
 昔、「話の特集」という雑誌があった。高校時代に隣町の楽器屋に行った時にいつも立ち寄る大きな本屋の書架に何冊か平積みになっており、横尾忠則や和田誠が描くカラフルな表紙が目立っていた。
 はじめて手に取ってパラパラとめくった時は、世の中には面白いことを考える人がいるものだなぁ、というのが第一印象だった。
 そのあと大学生になってからも本屋で見かけると財布の中身に余裕があるときは購入して読んでいた。数十冊はあったが、残念ながら引っ越すたびに他の雑誌とともに処分してしまい、もう手元にはない。
 
 この『夢の砦』を読んで、「話の特集」を作ろうとした動機と、和田誠や横尾忠則が関わった経緯がよくわかった。いずれにしても、矢崎泰久と和田誠の二人の出会いと遊び心がこの雑誌を作り上げた。
 
 話は変わるが、掲げているこの本の写真は、表紙の下半分、帯の部分である。書名は帯の部分にしか印刷されていない。帯を取ると表紙を見ても書名がわからない。さすがに背にはあるが。
 また通常は裏表紙に印字されているISBNがなく、帯に印字されている。これは和田誠が裏表紙にISBNを入れるのを嫌った結果である。手元の幾冊かの和田誠装幀の本の裏表紙には確かにそれがない。和田誠のアートディレクターとしての矜持であろう。
 
 閑話休題。私が特に面白いと思ったのが、1970年2月号から始まった和田誠の戯作シリーズだ。
 川端康成の『雪国』の有名な出だしの箇所を材料に、この人ならこう書くだろうというイマジネーションを駆使して、いろんな作家や漫画家などに和田誠自ら憑依(!)して、イラストとともにその文章を載せている。
 買っていた当時もいくつか読んでいたが、ただのパロディかと思っていた。今回この本を買ってシリーズ全てをまとめて読むことができ、その出来に感心し、一人でニヤニヤしながら一気に読んだ。連載が始まったのは時あたかも川端康成がノーベル文学賞を受賞直後であり、その着想にも感心した。
 似顔絵画家はあまたいるが、その作家たちの文体だけでなく思考の癖や独特のひねりをいかにもその人が書いたもののように再現するのは並大抵の才能ではない。
 
 作家たちの名前を列挙すると、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、赤塚不二夫、五木寛之、永六輔、大藪春彦、笹沢左保、井上ひさし、長新太、山口瞳、池波正太郎、筒井康隆、田辺聖子、東海林さだお、川上宗薫、大江健三郎、田中角栄、つげ義春、落合恵子、椎名誠、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎、蓮實重彦、J・D・サリンジャー、レイモンド・チャンドラー、丸谷才一、村上春樹、俵万智、吉本ばなな、井上陽水の39人である。
 
 ひとつ例を挙げると――
 
「雪国へ行こうじゃないの」
 と、その年の秋、小説家のY・シマムラは缶ビールを飲み干してから、ユキ目をしばたたきながらカン高い声を出した。
 こやつは雪国のことなら左手の人差し指までが覚えているというくらい、強力粘着アラビア糊的必殺記憶男なのである。

 さて誰でしょう? ファンなら1行目でわかると思う。
 
 これらの人たちの名前を聞いただけで、どんな文章になるのか想像できる人もいると思う。
 最後の井上陽水の回は、雪国の文章を歌詞風に書き換えていて、さすがに楽譜はないが、歌詞の横にギターコードが記されている。それに従ってギターを弾いてみると流れが不自然なので、適当に付けたのかもしれない。また最後はセブンスコードになっており、これでは曲が終わらないのがご愛敬だ。

 この矢崎泰久と和田誠のいわば共同編集長が目指した〈自分たちが読みたい雑誌〉は熱烈なファンに支えられ30年の長きにわたり刊行された。
 このたびそのエッセンスともいうべきこの本が発刊されたのは個人的に嬉しい限りだ。まるで長年会えなかった親友と再会したような気分である。収録されたそれぞれの時代の驚くようなビッグネームとの座談会も読み応えがある。

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