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『2020年6月30日にまたここで会おう』ノート

瀧本哲史著
星海社新書

 この本は2012年6月30日に東京大学の伊藤謝恩ホールで行われた著者の2時間にわたる講義と参加者からの質問に答えた内容を収録したものである。この講義への参加資格は29歳以下に限定しており、当日は10代から20代の約300人が参加した。

 著者は1972年生まれで、東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーでコンサルティングに従事。独立後、日本のエンジェル投資家、経営コンサルタントとして活躍。京都大学産官学連携本部イノベーションマネジメントサイエンス研究部門客員准教授等を歴任した。
 著者が29歳の時に、マッキンゼーを退社し、当時1900億円の負債を抱えて喘いでいた日本交通の経営に参画して、創業家三代目の川鍋一朗氏と力を合わせて再建を果たしたのは有名な話で、NHKのクローズアップ現代でも取り上げられたことがある。

 書名からわかるように、この本のもとになった2012年の講演の最後に、「8年後の今日、2020年の6月30日の火曜日にまたここに再び集まって、みんなで『宿題』の答え合わせをしたいんですよ」という瀧本哲史氏の発言が書名の由来である。しかし、瀧本氏は2019年8月に病を得て逝去された。約束の日まで1年足らずであった。
 なおこの本は2020年の4月、すなわち約束の日のおよそ2か月前に刊行されている。これは推測だが、瀧本氏が逝去されなかったなら、この本は発刊されなかったのではないか。そんな気がする。

 副題には、「瀧本哲史の伝説の東大講義」とあり、文字になってもそのエキサイティングな雰囲気は伝わってくる。
 章立てが「檄」となっているように、全編これ「檄」に溢れている。
〈第一檄〉は「人のふりした猿になるな」。〈第二檄〉は「最重要の学問は『言葉』である」。〈第三檄〉は「世界を変える『学派』をつくれ」。〈第四檄〉は「交渉は『情報戦』」。〈第五檄〉は「人生は『3勝97敗』のゲームだ」。〈第六檄〉は「よき航海をゆけ(ボン・ヴォヤージュ bon voyage)」。

 それぞれの〈檄〉は刺激に溢れているが、知性と良識ある著者の人間性がよくわかり、切れ味も鋭いが、それらの言葉の根底に希望と楽観が根付いているのが好ましい。
 それぞれの〈檄〉の最後にその内容が簡潔にまとめられているので、いくつかピックアップする。いずれも机上のものではなく、実業家、投資家として社会を変えようとしてきた人の言葉だけに説得力がある。

・本を読んで終わり、人の話を聞いて終わりではなく、行動せよ!
・「正解」なんてものはない。
・自分の人生は、自分で考えて、自分で決める。
・自分自身を拠りどころとするために学べ!
・パラダイムシフトとは、「世代交代」である。
・君と君たちが正しい選択をし続ければ、いつか必ず世界は変わる!
・目的のために、つながれ!

 参加者からの質問に、起業しようとして人を集めるときに、アイデアをプレゼンするが、あまり詳しくやるとパクられる可能性があるが、どうしたらいいかというのがあった。それに瀧本氏は、「アイデアなんてものに価値はなくて、それをやるメンバーの実行力とかの方が、はるかに重要なんです」と答える。
 最後にもう一つ。
「アイデアがいくら良かったとしても、ビジネスが立ち上がるまでには3年くらいかかるのがふつうです。…中略…走り続けていたから、良いタイミングが来たとき、波に乗れたんです。いい波に乗るためには、波が来るのを見てから走り出しても遅いんですね。」

 2012年6月30日に集った約300人の若者の中から、どれくらい瀧本氏の〈檄〉に鼓舞されてそのポリシーを実行し、成功した人がいるか知りたいと思うが、一番知りたかったのは瀧本哲史氏であろう。

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