社会とデザインと

下積みを含めてかれこれ15年ばかり、Webやグラフィックのデザインに携わり、また昨年は改めて勉強するためにデザインの学校へも通ったりした。

しかしここに来て、これまで培ってきたものが、なんだか揺らいでいる。


今、「阿佐谷ジャズストリート」というまちのお祭りのWebサイトを中心に他、色々とデザインを請け負わさせてもらっている。

25年という長い歴史もさることながら、往年のファンも多く、開催を楽しみにしてくれている方が多いことを実感する。

その中で、高齢化について考えさせられる場面がいくつかある。

それに対して今まで、あまり直接的な影響を受けるようなことはなく、もしかしたら、そんなに深くは考えてこなかったかもしれない。

思い当たることといえば、力仕事などのフィジカルワークという程度。


しかし、今回このイベントに色々と関わらせてもらう中で、考えさせられる機会が多い。
仕事柄もあって特に、デザインの在り方というのを考える。

先述したよう、僕は短くはない期間デザインというものに携わってきたけども、その届け先の対象としていたのは、どちらかと言うと若い層であったことに気がつく。

その前提下で自分の基礎が作られてきた。なので、今回のようなシニアを対象にしたデザインを組むときに、一種のわかりにくさが生じてしまう。


その大半は文字の大きさなのだけど。


デザインは基本、メリハリをコントロールし、伝えたい情報に優先順位をつけ、美しくまとめることにある。

目立たせたい情報を単純に大きくするのではなく、優先順位が高くない情報を小さくし、ホワイトスペースを生むことにより、情報の入りやすさや洗練、美しさを創り出していく、というのがセオリー。余白が生む役割は大きい。

しかし、文字が読みにくいという指摘を受ける機会が多く、紙の大きさ、情報量を変えずして、文字を全体的に大きくすることをを求められる。

セオリーで言うと。
全部が全部大きい文字だと、それはそれとして情報が入ってきにくい。

情報量によっては、圧も出てとてもとっつきにくい印象になる。

「文字を全部大きくする」という要望は、シンプルなようで割と難しい。なので、新しい感覚を身に着けないといけないな、と感じている。


デザインするものの対象の客層にもよるにもよるだろうが、日本全体として少子高齢化に直面している。デザインに限らず、今ベーシックとなっているポイントを少しズラす必要が何かと出てくるのだろうなと、考えたりする。

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