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師走のフランス・パリ、銃を握りしめた男の話

クリスマスイブの前日、69歳の男がパリの移民街で無差別に人を殺した。

夕方家に帰ってテレビをつけたらそんなニュースが飛び込んできた。画面には叫んだり物を投げたりして憤った群衆と武装した警察の対峙が映し出されている。何かが燃えている。白灰色の煙で見え隠れしながら警官に殴りかかる人がいる。襲ってくる人を棒のようなもので叩く警官がいる。

何年か前に見たパリの暴動と同じ風景。

解説者らしき人が繰り返し、銃撃で無差別に殺された3名の移民と69歳の被疑者の話をしている。そしてテロップには「パリで銃撃、3名死亡」と書かれている。銃撃事件の報道なのに、画面の中では暴動が起きている。

なんのこっちゃと数分眺めていたら先ほどと同じ解説者が、銃撃でターゲットにされた移民たちが警察やら政治家やらのその後の対応や行動に不満を持って暴動を起こしているのだと言う。

なるほど。

犯人はすでに逮捕され、拘留されていた。

テレビの中の解説者やコメンテーターはしきりに、これはテロではない、と繰り返している。フランスでは政治的又は宗教的意思表明のない殺戮行為はテロとは呼ばないのだそうだ。

犯人の男はここ数年、移民に対する暴力行為を繰り返していたらしく、昨年は逮捕までされている。人種差別がエスカレートしての犯行だったのではないかと推察されていた。


人種差別?

フランスに住んでいると、移民に対する不満をよく耳にする。生活スタイルの違う文化や宗教が、フランス人が守ってきた伝統と衝突することがしばしばあるからだ。

ただ長年に渡って移民を受け入れ続けてきたフランスには、フランス国籍を持つ移民の2世3世や、異文化同士のカップルのもとに生まれる子供たちも多く社会に溶け込んでいる。

そうやって昔からのフランスの伝統が異文化を受け入れつつ様変わりしてきていることに疑問や不満を抱く人たちが少なからず存在する。それぞれがお互いを尊重しつつ共存出来れば何も問題は起こらないはずなのに、人間の感情はそううまくは変化に順応できないからだ。

犯人の男もそんな不満を吐露する人たちの中に紛れて殺意を募らせていったのだろう。

テレビでは犯人の父親が取材に対して、うちの息子はクレイジーだ、と言っている。クレイジーだから人を殺して良いことにはならないのに、まるで言訳のようにそう言っていた。


ここからは私の想像。

多分彼は古き良き幸せだった時空間をことごとく壊す「何か」に腹を立てていたのだろう。今の自分が不幸せなのはその「何か」のせいだと。

移民をターゲットにしたのは、その「何か」が移民たちだと思い込んでいたからだ。

思い描いていたのと違う人生。満足できない人生。腹が立つ。誰のせいだ!お前たち、移民のせいだ!

不法に入国してくる移民たちの中には街中にテントを張ってキャンプのように暮らす人たちがいる。付近にはゴミが散らばり、治安は悪くなっていく。そして滞在許可を出してもらえないと仕事も出来ないしアパートを借りることも出来ないと大声で叫び、人権団体を味方につけて居座り続ける。

財産を持たずに身一つでやってきた不法移民の中には生活が苦しくて犯罪に手を染める者もいる。

呼んでもいないのに勝手にやってきて、治安を乱し、挙句の果てに居住権をくれと騒ぎ出す。家の庭に勝手にテントを張って暮らし始めた見知らぬ人が、家の中で一緒に暮らさせてくれと言ってきたらどう思う?

そんな傍若な態度に腹が立つ人の気持ちは分からなくもない。その気持ちと人種差別は全くの別物だ。

そうやって目に見えて治安や景観が変わり、自分を苦しめる「何か」を移民たちの姿と重ねた時に憎しみの種が生まれ、育ち、爆発するように咲いてしまったのだ。

これは私の想像。本当かどうかは分からない。

だけど多分、もし、誰かが彼を翌日のクリスマスディナーに誘っていたら、こんな惨劇は起こらなかったのではないかと思えてならない。

クリスマスイブの前日。キリスト教を信じていようがいまいが、誰もが祝日前のウキウキした空気に包まれたパリの街角で、憎しみと絶望に飲み込まれた69歳の男が感じていた孤独。その大きな闇の中から這い上がる為に銃を放ち、見知らぬ人を殺した。

これは人種差別なんかじゃない。元国鉄職員の69歳の男の孤独が引き起こした非人道的にねじ曲がった自己アピールだ。

家族や友人の誰かと少しでも本音で話し合える機会があったのなら、少しでも自分以外の人の意見を素直に聞ける機会があったのなら、彼はあんなことをしなかったのではないかと思えてならない。

政治的もしくは宗教的意思表明のない69歳の男がどうして無差別に人を殺そうと思ったのか。

師走の薄暗いパリの空の下には、キラキラと輝くイルミネーションに紛れて救いようのないほど深くて暗い孤独も転がっている。

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