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[カレリア民話] ヒツジと娘(BOKKO DA TYTTÖ)

ヒツジと娘

昔、おじいさんとおばあさんがいました。彼らが両方とも亡くなると、1人娘とヒツジが残されました。飼い主が死ぬと、ヒツジはメエメエと鳴きました。娘は言いました。
―どこかへ旅立ちましょう、ヒツジさん、食べていくために、別の村へ。どこかで食べていけないかしら。

そうして、ワラの束をソリに乗せ、ヒツジと一緒に出発しました。ヒツジはソリを引き、娘は後ろを歩いていきました。ヒツジが娘に言いました。ー何てことだ、どでかいシュオヤタルが向こうからやって来るぞ。ワラの束の中に入るんだ、身を隠すんだ。(娘はとても美しかった)

娘は身を隠しました。ヒツジは(娘が隠れている)そのソリを引いて、進んで行きました。シュオヤタル婆がやって来て、尋ねました。
―どこへ行くんだい、何を引いているんだい?
ヒツジは答えました。
―食っていくために旅してるのさ。腹がへったら、ワラの束を取って、そうして食べるんだ。

シュオヤタル婆が過ぎ去っていくと、娘はそこから、ソリから起き上がりました。(しかし)ふたたび、別のシュオヤタル婆がやって来て、ヒツジに言いました。
―どこへ行くんだい、何を引いているんだい?

娘は1本のワラの中に身を隠しました。シュオヤタル婆は、ワラ全部をさっと振り払いましたが、何も見つかりませんでした。すべてのワラを束に集めましたが、触ることはしませんでした。そうして、先へと行ってしまいました。娘は起き上がり、ヒツジと並んで歩きました。(前を)眺めると、村が見えてきました。彼らは貧しいやもめ暮らしのばあさんのところへ行きました。娘は窓をノックし、彼らを一晩泊めてくれないかとばあさんに言いました。おばあさんは言いました。
―いらっしゃい、いらっしゃい。

娘は言いました。
―どのお皿で私を食べさせてくれるおつもりでしょう、私のヒツジもそのお皿で食べます。どこに私を寝かせて下さるおつもりでしょう、そこに私のヒツジも(寝ます)。
おばあさんは言いました。
―お入り、お入り、全部そうするから。

そうして娘はヒツジと一緒に小屋へ入りました。ヒツジが横になるところに、娘もいました。娘はとても美しかった。夜には座って、毎日窓辺で働きました。

その家に良い娘がいるという話が、イヴァン皇子にもたらされました。それからというもの、イヴァン皇子はその娘へ求婚しはじめました。娘は夫(となる皇子)に連れていかれました。いっぽうヒツジは(花嫁の)持参金として(一緒に)連れていかれました。娘はヒツジを庭に放しました。(ところが)シュオヤタル婆がヒツジを盗んでいきました。娘はヒツジが(戻ってくるのが)遅くなっているので、家に戻ってこなかったので、探しに出かけました。娘の方にシュオヤタル婆がやって来て、尋ねました。
―どこへ行くんだい?
娘は言いました。
―ヒツジを探しによ、ヒツジがいなくなってしまったの。
シュオヤタル婆は言いました。
―あたしの足の間を通ってごらん、そうしたらお前のヒツジは見つかるよ。

娘が足の間を通り過ぎると、娘はシュオヤタル婆に変わり、シュオヤタル婆は娘に変わってしまいました。(娘になったシュオヤタルは)ヒツジを連れてイヴァン皇子のもとに戻り、言いました。
―見て、ヒツジを見つけたよ。

イヴァン皇子は、彼女の肌が浅黒かったので、妻ではないかのように見ました。ヤギはメエメエと鳴き、飼い主を恋しがりました。イヴァン皇子はやもめ暮らしのばあさんのところへ行き、言いました。
―これこれしかじかで、私の妻ではないんだ。私はどうしたらよいか?
やもめのばあさんは言いました。
―森へ行って、そこにいるばあさんを家に連れてくるんだ。あたしは、あることを試してみるよ。シュオヤタル婆は追い払うんだ。

イヴァン皇子が森へ行き進んでいくと、ばあさんがやって来ました。
皇子は言いました。
―家に戻るんだ。ヒツジが鳴いて、(君を)恋しがっているよ。家に戻るんだ、シュオヤタル婆は、私たちが追い払うよ。

皇子と一緒に、家へ向かいました。いっぽうシュオヤタル婆は、皇子が妻を探しに行ったことなど知らず、家でわが物顔をしています(あるいは:ペチカで料理をしています)。
それからイヴァン皇子は、妻をやもめ暮らしのばあさんのところへ連れていき、自分は家に帰るとシュオヤタル婆へ言いました。
―お前は私のもとから去るんだ、お前は私の妻ではない。
シュオヤタル婆は言いました。
―私は一度花嫁としてお前さんのもとに来たというのに、どこへ去れというんだい?
イヴァン皇子は言いました。
―どこから来たんだ、そこへ行きなさい。

シュオヤタル婆は、ここにはもはや良い生活がないことを悟りました。支度をすると、去っていきました。

イヴァン皇子は(妻のもとに)行き、妻を連れてくると、彼女と、それからヒツジと一緒に暮らしはじめました。ヒツジはメエメエ鳴くのをやめました。これでおしまい。それからは、元の妻と一緒に暮らしましたとさ。

※シュオヤタル:「喰らう女」の意味で、悪い魔女役として民話にたびたび登場。

単語

piäkyö [動] (羊・山羊が)めえめえ鳴く
kupo [名] 束
peittäytyö [動] 身を隠す, 隠れる
näläštyö [動] 腹がへる, 空腹を覚える
proitie [動] 通る, 通過する, 行ってくる, 進む
puissella [動] 振り落とす, さっと払いのける
koškie [動] 触れる, 触る
kolistua [動] 打つ音を出す, ノックする
laškie [動] 位置につかせる, 宿泊させる
staučča [名] 鉢, 深皿
šyöttyä [動] 食べさせる
makauttoa [動] 寝かせる, 横にさせる
varaštua [動] 盗む
myöhäištyö [動] 遅れる, 遅刻する
katuo [動] なくなる, 紛失する, 消える
läpi [副] ~を通して, ~を通り抜けて
muštaverini [形] 浅黒い肌をした, どす黒い血をした
ikävöijä [動] 寂しがる, 恋しがる
šenin ta(i) šenin これこれしかじかで, そうこうして
probuita [動] ~してみる(пробовать)
ajua pois 追い払う
poikes [副] 脇へ, 向こうへ, 離れて
lähtie pois/poikes 立ち去る
rehennellä [動] 竈で調理する, 誇る, ひけらかす
kušša, kušta, kuh [疑] どこ, どこから, どこへ
eloš [名] 世帯, 生活, 家計, 成功, 幸運
šuoriutuo [動] (どこかへ行く)支度をする, 出かけようと決心する

出典

所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:ムエゼルスキー地区のルカヤルヴィ(ルゴゼロ)村
採取年:1937年
AT 450 

AT450は、残酷な両親のもとから逃げた兄妹の話で、兄が動物(鹿、ヤギ)に変えられ、動物の兄をつれた妹が王子と結婚するが、魔女の娘などと入れ替えさせられ、見抜いた王子(や宮中の人)が花嫁を救い、偽の花嫁(と母親)を罰するというもの。

今回のお話はAT450を部分的に切り取ったもののようですね。残酷な両親は出てこず、物わかりの良いシュオヤタルも特に罰せられず、平和的なお話としてまとめられています。

日本語出版物

今のところ見つかりません。

つぶやき

またしてもシュオヤタルが出てきました。ただ、「別のシュオヤタルがやって来る・・・」という記載に、少し笑ってしまいました。シュオヤタル、何人もいて、そんなにウロウロしているのでしょうか。引き際もあっさりしているし、魔女感があまりありません。

シュオヤタルが出てきたこれまでのお話は『黒いカモ』、『またたび城のお姫さま』ですね。こちらも宜しければぜひご覧ください。

今回のお話では Syöjätär "シュオヤタル" ではなく、Syötär-akka "シュオタル婆”という表記でしたが、訳語としては統一しました。

また、シュオヤタルによって姿を変えられる娘は、たいていカモやガチョウ、羊になります。シュオヤタルが自らが本人になりすます例は、結構珍しいようです。

イヴァン皇子、これは確実にロシア側の影響を受けていますね。民話の中に描かれる英雄的主人公の名は、各地でだいたい決まっています。日本だと太郎、ロシアはイヴァン、ドイツはハンス、のように。

フィンランド、カレリアではマッティが相当し、そのパワーや不思議な力で魔法物語を中心に活躍します。愚かな人たちが住む愚か村の話でも、隣町からやって来るいたって普通の、けれども愚かな人たちにとっては”賢い”相談役の名前もマッティです。

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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