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[カレリア民話] 生まれてきた娘とシュオヤタル婆(TYTÄR LAPSI DA TARANKAZEN AKKA)

生まれてきた娘とシュオヤタル婆

むかし、夫と妻がいました。彼らには6人の息子がおり、妻は7人目を身ごもりました。息子たちは森へ木を伐りに出かけ(るとき)、母親に言いました。
― もし娘を授かったなら、入口の上に糸車をおいてください、そうしたら、家にもどります。もし息子を授かったのなら、鎌をかかげてください、そうしたらぼくたちは家には戻りません。自由にさせてください。

母親は娘を授かり、入口の上に糸車をおきました。シュオヤタル婆(タランカ婆)がやって来て、糸車を取り去ると鎌をおきました。兄弟の1人が森で(家を)見るために木に上がると、入口の上に鎌が置かれているのを見ました。そうして、互いに話はじめました:
―ああ、なんてことだ、もう6人も息子がいるというのに、今や7人目がもたらされた。ぼくらはもう家には帰らない、自由に暮らそう。

そうして、そのようにしました。いっぽう家では、生まれてきた娘がすでに大きくなり、床の上を走りまわっています。しかし、母親は毎日泣いていました。
―母さん、いつも何を泣いているの?
―ああ可哀そうな娘よ、お前も(このことを)知ったら、泣くでしょう。
母は言いました。
―わたしには6人の息子がいたんだ。彼らは森へ木を伐りに出かけ、そのまま去ってしまったんだ。それを今嘆いているんだよ。
―こうしましょう、母さん。母さんのお乳から作った6つの揚げパンを袋に入れて、わたしが兄さんたちを探しに行くわ!
―けれど、お前までいなくなってしまうことになったら?
―いいえ、母さん、そんなことはしないわ!
そうして哀れな母親はお乳から6つの揚げパンを作ると、娘を森へと送りました。

娘は進むに進むと、鳥がまったく飛んでおらず、道々をネズミも走っていない、そんな深い森に入りこみました。見ると、森には壊れかけの家があり、そこへと向かいました。

家では、6人の若者が床に横になっていました。娘はそれぞれの頭の下に揚げパンを置くと、自分は身を隠しました。娘が隠れると、シュオヤタル婆がやって来て、娘の口から舌を切り取ってしまいました。
兄弟たちが起き上がり、揚げパンを試し、言いました。
―これは母さんのお乳でつくられたものじゃないか。

娘はこの会話を聞いていましたが、何も言うことができませんでした。
兄弟たちは準備をすると、仕事へ出かけていきました。すると、小屋にシュオヤタル婆(タランカ婆)がやって来て、娘に舌を渡すとブタの放牧に追いやりました。カエルの包み焼きパイ、洗った後の残り水をお弁当に持たせて。

娘はブタたちを放牧させると、6匹の雁が飛んでいるのを見ました。
彼女は思いました。
―あれはおそらく、わたしの兄さんたちじゃないかしら?

そして、雁に向かって叫びました。
―ああ、あなた方、雁よ、雁鳥たちよ、わたしと話すために下りてきて!イヴァン父さんと、マリ母さんに託けて、わたしは夜は舌なし娘、でも昼には舌があると!どうか伝えて、私はカエルの包み焼きパイ、洗った後の残り水をもってブタを放牧していると!

雁は下りてくると、彼女に言いました。
―イヴァン父さんは木片を裂いているよ、マリ母さんはパンケーキを焼いているよ、ほら血の涙を流している。
そうして雁は先へと飛んでいき、娘はその場にのこされました。
夕方、娘が放牧からもどると、シュオヤタル婆(タランカ婆)がふたたび舌を取り去ってしまいました。

次の日、娘はふたたびブタの放牧に追いやられました。そこへ雁が飛んできて、娘に気づくと、ひっつかんである庭へと運んでいきました。

さて、皇帝のもとにはこんな言葉が伝わっていましたーこの日、王の庭にいる者がイヴァン皇子の妻になると。王は家族とともに庭へ行き、見ると、そこには1人の美しい娘がいました。そうして結婚式が執り行われ、幸せに暮らしました。

そうやって暮らして過ごし、妻は身重になり、息子を授かりました。シュオヤタル婆(タランカ婆)が産婆として招かれ、最初の沐浴を命じられました。
彼女は赤いベルベット布にそって(サウナに)向かい、言いました。
―どうだい、どんなもんだい、イヴァン皇子に続いて、赤いベルベットに沿ってサウナに誘われているよ!

進んで、進んでいきましたが、サウナの敷居のところで、ぐつぐつと沸いたタールの大鍋にドボンと落とされました。そうしてイヴァン皇子と妻は解放され、幸せに暮らしましたとさ。

単語

kohtuine [形] 重い, 困難な, 身重の
karšie [動] 取り除く, 切り去る
kamoa [名] まぐさ, 出入口の上の水平材
viikateh [名] 鎌, 大鎌
välläine [形] 自由な
hoavoine [名] 袋, サック
nänni [名] 胸, 乳
pärpäčy [名] ライ麦生地の小さな揚げパン, 丸いパン
hävitä [動] いなくなる, 迷子になる
piäličči [前/後] ~を通って
hiiri [名] ネズミ
alačči [名] 道
priha [名] 若い未婚男性, 若者
pohja [名] 底, 下
pakina [名] 会話
počči [名] 豚
paimentua [動] 放牧する, 放し飼いにする
eväs [名] 弁当, 食事
löpšöi [名] 蛙
kurniekka [名] 肉や魚をライ麦生地で包み焼いたパイ
hanhi [名] 雁, ガチョウ
kirkuo [動] 叫ぶ, 大きな声で言う, 招く
asettuo [動] あるべき場所におく, 静まる, 停まる
čupukka [名] パンケーキ
kyynäl [名] 涙
eäres [副] 取り去って
primiettie [動] 気がつく, 目にとめる
temmata [動] 引っ掴む, もぎとる
satu [名] 庭
suutkat [名][複] 一昼夜, 一日
mučoi [名] 妻, 若い妻

出典

K. Belova: Karelijan rahvahan suarnat, Petrozavodsk 1939
採取地:アウヌス(オロネツ)地方 ラヤコンドゥ(パグランコンドゥシ)村
採取年:不明
AT番号、あとで追記します!

日本語出版物

・「子どもに聞かせる世界の民話」, 矢崎源九郎 編, 1970, 実業之日本社
 └『美しい妹と九人のにいさん』

つぶやき

久しぶりのシュオヤタル登場ですが、このお話では Tarankazen akka タランカ婆 と名付けられています。
シュオヤタル(Syöjätär)という名は1780年代の民間伝承をまとめた本にも掲載されているおなじみの表現ですが、この名が使われているのは北部地方です。その他の地域ではシアダリ(Siädäri)、シュヴァッテリ(Syvätteri)、シュヴァインテリ婆(Syväinterin akka)、そして今回用いられているタランカ婆(Tarankazen akka)などといった異名で呼ばれています。

シュオヤタル(Syöjätär)は「喰らう女」の意味ですが、その他の異名については語源や意味における研究がありません。古くから伝わる知恵者たちのロイツゥ(呪い)にもその存在が残っていることから、「喰らう女」は後づけでつけられたもので、もともとは土着信仰の時代になんらかしらの音のイメージから作られたのではないかと考えられているようです。

個人的には、今回使われていた Tarankazen akka は、フィンランドやロシアのG、チビゴキ(torakka/таракан)に由来するのではないかと予想していますが。なんといってもシュオヤタルは、蚊やブヨ、蛇といった人が嫌がる虫たちを世に送り出した存在ですから。

これまで紹介した民話でシュオヤタルが活躍?するのは『黒いカモ』、『麗しのナスト』、『黒いヒツジ』など。こっそり#シュオヤタルをつけていますので、興味ある方は探してみて下さい。

さて、この採話はごっそりストーリーが抜けてしまっていますね。お兄さんたちは一体どうなったのでしょう?哀れなお母さんは…?シュオヤタルが突然ドボンとやられて終わりです(シュオヤタルにあたえられる典型的な罰です)。

どうやら語り手の方が、間を抜かしてしまったようですね。こんなご愛敬も採取されたままの民話ならではです。

ロシア民話(カレリア)として日本語訳されている『美しい妹と九人のにいさん』(「子どもに聞かせる世界の民話」, 矢崎源九郎 編, 1970, 実業之日本社)が、類話にあたります。全文がこちらのページで紹介されていましたので、ぜひご覧ください。
9人兄弟の話もあるので、またそのうち紹介します。

ちなみに母親のお乳を入れた食べ物は、ときどき民話の世界でみられる家族を特定する手段です。なんちゃらはママの味、ってやつですかね。

民話訳もこれで35話目。今年の目標50話まで残り15話です。

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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