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[カレリア民話] 麗しのナスト(KAUNIS NASTOI)

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麗しのナスト

昔、若い男がいました。彼は遠い地で結婚し、妻を家へ連れ帰りました。まもなくその若い妻は、(自分の家を)ひどく恋しがるようになりました。男は彼女に言いました。
―お前が(生家を)恋しく思うような、そんな感情をワシはもっていない。そうだな、待っていてくれ、農耕者として出稼ぎにいって、ワシにも里ごころがつくかどうか、(様子を)みてみよう。

そうして出かけて行きました。別の地へ行き、そこで労働者として雇われました。彼には靴が渡され、こう言われました。
―この靴を履きつぶさない限りは、終わりの日はこないからな。
すでに彼は(家が)恋しくなっていましたが、特に何もせず、こう思いました。
―妻は真実を言っていたんだな。

あるとき彼が鋤を肩にかついで畑に入ると、同郷の男がやって来ました。彼はとても喜び、自分の故郷のことを話しに話し、尋ねたりしました。彼は鋤を肩から降ろすことすらしませんでした。男が去った後、ようやく気がつきました。
―見てみろ、どんなに鋤が重かろうと、ずっと肩にかついでいたぞ!

あるとき彼が畑を(耕作用の馬などを)走らせていると、小屋がありました。彼は小屋へ行くと、そこにいたばあさんに(言いました)。
―なんの革から俺の靴を作ったんだい?(靴が)履きつぶれないから、ワシの契約も終わらないんだ。
ばあさんは言いました。
―おや、魔法がかかってる、お前さんの靴は洗礼を受けた革から作られてるね。これは片方を暖炉の中に、片方を家畜肥料の中に置いておかなきゃいけない、そうしたら壊れて、お前さんも家に帰れるだろうさ。
男は(仕事場へ)戻ると、そのようにしました。すると靴が壊れました。主人のもとへ行くと、言いました。
―オレの靴は壊れたよ、今や契約が終わるときがきたようだ。

主人は彼に報酬をわたすと、家へと送り出しました。彼は家へと進みに進んでいきましたが、その日は暑かったので、喉が渇き始めました。彼はそこに小川があるのを見ました。水を飲むためにかがむと、水妖が彼のあごヒゲをつかみました。
―お前が約束しない限りは、お前を家に帰らせないぞ。お前が知らない、お前の家にあるものをオレ様に渡すんだ。

彼は約束すると、旅をつづけました。家に帰ると、妻がなんとも美しい娘を、麗しのナストを授かっていました。
妻は喜び、娘にひき会わせましたが、男は娘を水妖に(与えると)約束してしまったと(気づき)、悲しい気持ちになりました。就寝のとき、妻は彼に尋ねました。
―喜んでくれるべきなのに、お前さんは何をそんなにふさぎ込んでいるんだい?
―ワシは娘を水妖にやると約束してしまったことを悲しんでいるんだ、その水妖は、ワシが小川で水を飲もうとしたときに、ヒゲをつかんできたんだよ。ワシは(その時)お前が子どもを産んでいたことを知らなかったんだ。
妻は言いました。
―娘をここに残して、私たちは逃げましょう。
彼らは財を集めると、夜中に去っていきました。いっぽう、麗しのナストは眠ったまま残されました。

朝、娘が起きると、家には誰もいませんでした。屋根裏の家畜部屋に行ってみましたが、そこには1匹の年よりヤギがいるだけでした。彼女はヤギの首もとを抱くと、泣き始めました。年よりヤギが言いました。
―泣かないで、ぼくをソリに繋いで、丸めたテーブルクロスとワラの束を入れるんだ。

娘はそれらを準備すると、ヤギをソリにつなぎ、その上にテーブルクロスを置きました。そして(ソリに)乗って出発しました。進みに進んでいくと、水妖たちがやって来て、年よりヤギに聞きました。
―(麗しのナストは)オレ様たちを待っているかね?
ヤギは言いました。
―待っていますよ、待っていますとも。食卓は整えられ、ヒツジが焼かれていますよ。

水妖たちが行ってみると、その家はもぬけの殻でした。娘とヤギは他の地へと向かって行きました。娘は髪が光り輝くほど美しいので、ワラの束の中に(隠れて)出かけていました。何と言っても、麗しのナストですから。
彼らは一晩のためにある家を訪れ、そこで夜会が開かれました。夜会にはとてもたくさんの若者たちが訪れ、皇子もやって来ました。皇子は娘にとにかくほれ込み、妻になるよう口説きました。

娘は言いました。
―あなたがヤギと一緒にいられるなら、私を食べさせてくれる場で、この年よりヤギにも食べることができるなら、そう約束してくれるなら、あなたの妻になりましょう。
皇子は受け容れ、言いました。
―いいだろう、そうしようじゃないか!

そうして(皇子は)ヤギも連れて娘をめとりました。ともに暮らし、(しばらくして)妻は妊娠しました。彼女は子どもを授かりましたが、産婆として来ていたのはシュオヤタル婆でした。皇子は、麗しのナストが水妖に(与えると)約束されていることは知りませんでしたが、シュオヤタル婆はそれを知っていました。シュオヤタル婆は、娘と子どもを連れてサウナへ行きました。サウナ(水辺)に着くやいなや、シュオヤタル婆は水妖に向かって叫びました。
―さあ来るんだ、(娘を)連れていくんだ!

麗しのナストを水妖に渡してしまうと、(シュオヤタル婆は)自分の娘を代わりに連れてきました。皇子は考えました。
―いったい私の美しい妻はどうしたんだ、子どもも授からず、今やこんなにも醜くなってしまった。それに、ヤギは以前ならいつも一緒にいたのに、いったい今、何が起こっているんだ?

そうして妻はヤギを愛さなくなり、ヤギに対してこう言いました。
―屋根裏の家畜部屋へ行っておしまい、それとも殺してしまおうか!
ヤギは言いました。
―どうして、ぼくを殺すんだい?(せめて)広い野原に放って、青々とした芝地で気分を良くさせてくれよ、そうしてから殺せばいいさ。
そうしてヤギは広い野原に放たれ、青々とした芝地へくつろぎに出されました。ヤギは湖の岸辺へ行くと、大きな声で言いました。
―麗しのナストを遣わしておくれ、二言三言を話すために!

麗しのナストが、足に鎖をつないで遣わされました。彼女は岸辺へやって来て、年よりヤギの首もとを抱くと、どちらもが泣きました。年よりヤギは言いました。
―ぼくは今、殺されそうとしているよ。さよならを言いに来たんだ。
泣きに泣いて、そうして鎖が引っ張られ、麗しのナストは水の中へ消えてしまいました。

ヤギが悲しい気持ちで家に帰りると、新しい妻は言いました。
―さあヤギを殺そう、どうやってコイツの息を止めようかね!
―(まだ)殺さないでおくれよ、(せめて)食事するために広い野原に、青々とした芝地に放っておくれよ!

ヤギはふたたび連れていかれました。イヴァン・ツァレヴィッチ皇子がそのことに気がつき、思いました。
ー今、なんだか妙なことがありそうだ。
そうして、ヤギが向かった方向を見張りに出かけました。彼が離れたところから見ていたところ、年よりヤギが大きな声で言いました。
―ぼくのところに麗しのナストを遣わしておくれ、二言三言を話すために!

麗しのナストが岸辺にやって来て、鎖の音が響き渡りました。彼女は年よりヤギの首元を抱き、どちらもが泣きました。年よりヤギが言いました。
―麗しのナスト、聞いておくれ!今やシュオヤタル婆の娘が、ぼくを殺そうとしているんだ!

そうして麗しのナストは水の中へ引っ張っていかれ、鎖の音だけが響き渡りました。ヤギはその場に留まり、泣いていました。すべての会話を聞いていたイヴァン・ツァレヴィッチはヤギのところへ行って言いました。
―泣かないで、お家へお戻り。私も急いで戻るよ。

そうして自身は鍛冶場へ行くと、職人たちにとても切れ味鋭いハンマーを作らせました。よく朝、彼はヤギに言いました。
―さあ行くんだ、もう一度広い野原を、青々とした芝地を一緒に歩こう。
イヴァン・ツァレヴィッチ皇子は、自分の妻が連れていかれ、シュオヤタル婆の娘が妻になりかわっていることを既に分かっていました。

年よりヤギは、3日目の(最後の)訪れに向かいました。湖の岸辺へ行くと、大きな声で言いました。
―麗しのナストを遣わしておくれ、最後に会うために!

麗しのナストが岸辺にやって来て、鎖の音が響き渡りました。彼女はヤギに言いました。
―お前は私を呼んだけれど、ああ、見ないで、私のかわいい干しぶどうちゃん!

皇子はヤギの足もとに来ていて、話を聞いていました。それから彼は驚くほど素早く隠れ場所から飛び出ると、鎖を岩の上に置き、ハンマーで打ちつけました。鎖は砕けました。麗しのナストは皇子に言いました。
―どうか、私を食べて(殺して)しまって、イヴァン・ツァレヴィッチ!どうしたって私はシュオヤタル婆の娘に一生つきまとわれるわ。
―私は誰のことも食べたり(殺したり)はしないよ。
イヴァン・ツァレヴィチは言いました。
―さあ、ぼくと一緒に来るんだ!

そうして、妻とヤギは一緒に家に帰りました。妻は隠され、ヤギは家に連れていかれました。それからイヴァン・ツァレヴィチは、召使いたちにサウナを暖め、入口の敷居の下に沸騰させた大釜を置き、さらに道中にはベルベットの布を敷いておくよう命令しました。
それからシュオヤタル婆の娘にはこう言いました。
―お母上と一緒にサウナに入ってきなさい。

シュオヤタル婆は娘と一緒にサウナへ向かい、歩きながら笑って(言いました)。
―アッハッハ!ほら、なんて名誉なんだい、ベルベットの布が娘を、私たちをサウナに導いているよ!

進んで、進んで行き、そうしてどちらも大鍋にボチャンと落ち、そこで焼けこげてしまいました。イヴァン・ツァレヴィチはもとの妻を家へ連れ帰り、幸せに暮らし始めましたとさ。

単語

briha [名] 若い男性, 青年
naija [動] 結婚する
loitton [副] 遠くで
mučoi [名] 若い妻, 愛する妻
igävöijä [動] 恋い慕う, 切望する, 懐かしく思う
igävy [名] 憧れ, 切望, わびしさ
tyhjy [形] 空っぽの
loitokse [副] 遠くへ
roita [動] 起きる, 起こる
sija [名] 場所, (名詞の)格
palkata [動] 雇う
kuni-sini/sini-kuni ~する限り
kuluttua [動] 使い果たす, すり減らす
liitto [名] 期日, 契約の終了
peldo [名] 畑, 野原
adru [名] 鋤, 鍬
olgupiä [名] 肩
mužikku [名] 男
tostavuo [動] 気づく, 認識する
hettiä [動] 投げる, 振り下ろす
fattiekseh [副] ~に気づいて, 認めて
jugei [形] 重い, 困難な
nahku [名] (動物の)革, 皮
luatie [動] 作る, 完成させる
gorjaizeni [形] 魔法の, 神秘的な(колдовской)
ristikanzu [名] 人, キリスト教徒, 洗礼を受けた人・物
päčči [名] 暖炉, かまど
höstö [名] 肥料, 堆肥
murdua [動] 壊す, 折れる
rasčjota [名] 支払い, 精算, (精算した上での)解雇(расчёт)
työndiä [動] 押し出す, 送り出す
räkki [形] 暑い
juotattua [動] 喉の渇きを感じさせる
oja [名] 流れ, 小川, 溝
painua [動] 押す, 圧迫する, かがむ
vedehine [名] 水の守り神, 水妖
pardu [名] 顎ヒゲ
tartuo [動] つかむ
uskaldua [動] 約束する
čoma [形] 美しい
rodiekseh [副] 出産した
iäres [副] よそへ, わきへ, 去って
lomu [名] 財産, 薪
tanhua [名] 屋根裏にある家畜部屋
kaglu [名] 首
kerä [名] ボール状に丸く包んだ物
pyhkin [名] テーブルクロス
olgi [名] ワラ
kubo [名] 束
varustua [動] 完成させる, 準備する
arteli [名] 一団, 群
kattua [動] 食卓を整える
palua [動] 燃やす, 火をいれる
puusta [名] 人里離れた住居, 無人
moine... kai~ あまりに...なので~
tukku [名] 髪
läikyttiä [動] 洩れる, 流れ出す, 際立つ, 光り輝く
bes'odu [名] 夜の訪問, 夜会
mielyttiä [動] 好きになる, ほれ込む
pyrrittiä [動] 頼み込む, 説き勧める, 口説く
soglassih [副] 同意して, 承諾して
kohtustuo [動] 妊娠する
buabita [動] 産婆をする, 助産する
kirrata [動] 叫ぶ
nengoine [形] そのように, このように
tuhmu [形] 醜い, 見た目が悪い
suvaija [動] 愛する
lykätä [動] 投げ出す, 押し出す, 押しやる, 去る
libo [接] それとも
lagei [形] 広い
vihandu [形] 緑の, 青々とした
nurmi [名] 芝生
koheta [動] 治す, 直す, 気分を良くする
hos [接] にも関わらず
čieppi [名] 鎖
siduo [動] 結ぶ, 繋ぐ
tiijustella [動] 問い合わせる, 尋ねる, 様子を伺いに行く, 挨拶しに行く
viel'dliä [動] 引っぱる, 引き離す
kaduou [動] 消える
smeknie [動] 認識する, 認める, 汲み取る, 把握する
dielo [名] 物, 事柄
kummu [形] 変な, 奇妙な, 不思議な
vardoija [動] 警戒する, 守る
loitoči [副] 遠くから
helistä [動] 響き渡る
terväh [副] 素早く, 速く
paja [名] 作業場, 仕事場
luajittua [動] 作らせる, ~させる
seppy [名] 鍛冶師
terävy [形] 鋭い, 鋭利な, 賢い
pal'l'u [名] 大槌, ハンマー
jälgimäine [形] 最後の
iz'um [名] 干しぶどう
kuunnella [動] 聴く
hypätä [動] 跳び降りる, 跳ぶ, ジャンプする
peitto [名] 隠れていること, 隠れ場所
katketa [動] 割れる, 裂ける
yksi(-)kai [接] しかし, しかしながら
elaigu [名] 生涯, 一生
käskie [動] 命じる
sluužbu [名] 給仕, 召使い
kynnys [名] 敷居
kiehuo [動] 沸騰する
levittiä [動] 広げる, 敷く
barhattu [名] ベルベット, ビロード
nagrua [動] 笑う
česti [名] 名誉, 栄光
bučkata [動] ボチャンと落ちる
korveta [動] 焦げる, 燃える

出典

K. Belova: Karelijan rahvahan suarnat, Petrozavodsk 1939
採取地:アウヌス(オロネツ)地区のオブジャ(ピジ)村
採取年:1936年
AT 450 + 403

こちらは1939年に出版された本から採用。この本では、カレリア語がキリル文字で書かれています。それを現代正書法に基づいてラテン文字に置きかえて紹介してくれている opastajat.net(カレリア語の先生たちのための教材サイト)より転載しました。

日本語出版物

日本語での出版物は見当たりません。たぶん。

つぶやき

『麗しのナスト』はカレリア民話としてロシアでは有名な話です。単独の絵本も何冊か出版されていますし、最近カレリア共和国では歌劇にもなって上映されていました。

そのため早くに紹介したいと思っていたものの、カレリア語の文献が見つからない、見つからない。ロシア語、フィンランド語版(子ども向け童話として文脈や文章の体裁が整えられたもの)は手元に何冊かあるのですが。ようやく、上述のサイトの中から発見しました。

後半から突然、皇子が”イヴァン・ツァレヴィチ”と呼ばれるようになります。ロシア民話に登場するイワン皇子の名前ですね。この名前で呼ばれるようになってからは、皇子が主人公=英雄として扱われています。

皇子の名前が出てくる前の前半部は、主人公は麗しのナストです。皇子はあくまでも彼女の求婚者ですね。

麗しのナストがヒロインをつとめる前半部は、前回紹介したお話『ヒツジと娘』と同じ話型です(AT450)。主人公がイワン皇子に入れ替わる後半は、『黒いカモ』と同じ型(AT403)ですね。民話ではこうした、いくつかの話型がくっついたり、一部のみ採用されることが多くあります。

シュオヤタルがまた出てきました(嬉しい)!

水妖は Vetehine (水の者)と記されています。水辺に出てくる妖怪役は、ときどき Vezihiisi (ヴェシヒーシ:水辺のヒーシ)の名で出てくることもあります。Vezi は「水」の意。Hiisi ヒーシはもともと森の精霊でしたが、ときどき恐るべき存在としても出てきます。それでも守り神だった配慮があるのか、森のヒーシは完全な「悪」として描かれることは少ないように思います。 逆に水辺のヒーシは後から生まれた存在だからか、こらしめることにも抵抗ないのでしょう、このお話のように悪さをすることもしょっちゅうです。

アウヌス地方からの採取ですから、リッヴィ方言で書かれています。リッヴィ方言での民話訳はこれが2作目。いやあ、苦労しました、まだ不慣れです。が、少しずつ、前進あるのみ!

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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