すべての犬たちが幸せでありますように (犬の短歌 12首)
小学四年生の、誕生日だった。
ゲージに入れられやってきた1匹のコーギーの子犬。その日から「クッキー」は我が家の一員になった。
クッキーはまだ耳が立ったばかりの赤ちゃんで、最初は本当に大変だった。やんちゃすぎる彼は私や弟のジーンズの裾にかみついて、楽しそうに引っ張り始める。穴だらけになってダメになったズボンや靴下がいくつもあった。
しつけをして、一緒に暮らすためのルールを覚えるまでは、かなり振り回された。言うことを聞いてくれるようになってからも、彼はかなりエネルギッシュで、散歩に行って全力で走ったり、庭でボール遊びをしたりと一緒に過ごしていて飽きることはまったくなかった。くたくたになるほど遊んだ。
私が中学生、高校生になると、クッキーは落ち着きを見せ始めた。
それでも基本的に相変わらずやんちゃで、夏は河原へ散歩にいくと、自ら川に飛び込んで泳ぎ始めた。彼は雷が怖くて、花火も怖がった。ある日昼間に雷が鳴り、クッキーが家から脱走。家から1km先の川岸で目撃されたこともある。怖くて無我夢中で泳いで渡ったんだろうか。思い出すとちょっと笑ってしまう。
家族が好きで、家にいるときはいつもみんなのそばにいる。たくさん毛が抜けるから、リビングには入っちゃいけないルールにしていた。けれど、冬の寒い時期は特別に、リビングのこたつの中に入れてあげた。抱きしめると嫌がったけど、脇の下があったかかった。後頭部のあたりを嗅ぐと、ポップコーンみたいな芳ばしいにおいがした。
大学進学のため、上京する日が来た。
その日は平日だったから、家族とは朝のうちにお別れの挨拶を済ませた。私が荷物をまとめて家を出るときは、クッキーが見送りをしてくれた。
クッキーが我が家に来てからの8年間、毎日たのしくて、クッキーと離れることなんて想像できなかった。人間の寿命は長い。父や母、弟と会うことはこの先何度もあるだろう。だから寂しくはなかった。いっぽうで、犬の寿命は短い。クッキーとこの先一緒に過ごせる時間の短さを感じて、私は玄関で泣いた。これまでの感謝の気持ちを伝えながら。クッキーはとても心配そうに私を見ていた。ドアを閉める最後まで、見つめてくれていた。
後日、母から電話で「クッキーが玄関にずっといるよ」「ずっと帰ってくるのを待ってるみたい」と聞かされた。電話を切った後、切なくてわんわん泣いた。
次の夏。
実家に帰省すると、クッキーが玄関で昼寝をしていた。最初、私が帰ってきたことに気づいていなかったけれど、私が視界に入った瞬間、耳をぺたーっと後ろに下げて、全身で喜びを表現してくれた。いつもはしないウレションをしながら。笑 私は、クッキーが覚えていてくれたことが、心の底から嬉しかった。
彼が亡くなってずいぶん経つけれど、未だに帰省した夏のことを思い出す。もういない犬、だけど、いまでも私の中では生きている。
クッキーに出会って、私は犬が大好きになった。
今は犬を飼っていないけれど、街で犬を見かけるたびに幸せな気持ちになる。だからよく、犬のことを想いながら短歌をつくる。
犬がいる! 駆け寄ってみて少しずつ岩だったってことに気がつく
心臓の在処たしかめたくなって裏返す犬 無邪気にくねる
帰り道でっかい犬がおるときは兄ちゃんの手の力強くなる
現場から病院までの犬という犬を吠えさせゆく救急車
金色になって西陽に溶けながらしっぽをぶんぶん振るのが見える
エア砂を鼻で何度もかけながら犬はふしぎな顔をしている
庭は夏過去になる夏 水たまり飲んじゃだめって言っているのに
つまんでもつまんでも犬めくるめく抜け毛の季節こえてゆけ、犬
こぼれてくものがあまりに多すぎて抱きしめていい犬をください
ひとつだけ話せるならばうちにきてしあわせだったかおしえてよ、いぬ
犬の名はむくといいますむくおいで 無垢は鯨の目をして笑う
今犬と一緒に暮らしている人や、人と暮らしている犬が、どうか幸せで、かけがえのない時間を過ごしてくれたらいいなと思う。
そしてまたどこかで、彼に会えたらいいな。
ここにいるあたたかい犬 もういない犬 いないけどいつづける犬
読んでくださってありがとうございます!