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リーダーシップ理論の使いみち(その2)


前回は,学生でも社会人でも,受講生にソーシャルな経験学習を使ってリーダーシップを習得してもらおうとすると,リーダーシップ経験の直後の「内省」の段階で参考にする情報として,同僚から受けるフィードバックのインパクトが大き過ぎて,またそもそも「理論で経験を整理する」ことに慣れていなくて,リーダーシップ理論の出番がなかなか無いということを書いた.近くにいる人の一言のインパクトが強くて,知の巨人たちの一言が耳に入らないのである.これは惜しい.もったいない.

それを避けるためには,受講生が日頃慣れ親しんでいる状況に即してリーダーシップ理論の先人たちの考えを例解してみせ,膝を打って「ああそのことか」と納得するような「理論を使って現実を解釈する成功体験」をまずしてもらうのが効果的であろう.そこで,私も理論のユーザとして学生にわかりやすそうな解釈例を考えてみた.

採り上げるのは「変革型vs交換型」リーダーシップである.変革型リーダーシップはさまざまな研究者がとりあげているが,ここではそのなかでも1980年代のバーナード・バスの議論を使いたい(ここでの説明は石川淳教授の最新著『リーダーシップの理論』(2022),p.131-137に負うている).交換型リーダーシップは「リーダーとフォロワーの間に合理的な交換関係が成立することを前提としたリーダーシップである.フォロワーに対して,フォロワー自身の利益をアピールし,当該利益を提供することと交換に,リーダーに対する貢献行動を引き出そうとするリーダーシップである」(p.131).これに対して変革型リーダーシップは「フォロワーの倫理的価値観に訴え,組織や社会の倫理的問題に目を向けさせ,その解決に貢献するために精力をつぎ込むことを促すようなリーダーシップである」(p.132).

リーダーシップを授業で学んでいる学生諸君が遭遇しそうな例としては・・・PBLの成果プレゼンテーションまであと1週間しかない.5人グループのうち1人A君がPowerPointのスライドを作る卓抜した技術を持っているのだが,このグループプロジェクトにはあまり熱心に参加してくれなくて他の4人で良いアイデアを思いついてもうまくビジュアライズできないでいるとしよう.このとき,A君にこのあと一週間スライド作りを担当してくれないかと依頼するのに「5000円あげるから」と誘うのが交換型である.対照的に,A君に対して,最後の追い込みを他の4人と共にすることの素晴らしさをA君の価値観に訴えるのが変革型である.この価値観が「倫理的」であるのは,優れた能力を持つA君が金銭や明確な報酬が約束されないままに,例えば「いままで仲間に協力しないでフリーライドしていたのは悪かったかもしれない」と思い直してくれることに期待するからである.

このような「交換型vs変革型」の理論を,プロジェクト期間前から知っていれば,とるべきリーダーシップ行動のヒントになったであろうし,期間後に知ったとしても振り返って「あれはそういうことだったのか」と理解できて一般化に役立つだろう.PBLをリーダーシップ経験の中核におく学生向けリーダーシップ授業では,前回述べたような「同僚とのフィードバックの圧倒的なパワー」に負けずにリーダーシップ理論の意義を理解してもらうにはこの程度には具体的な例の提示は必須なのではなかろうか(変革型リーダーシップ一般のベストの事例かどうかよりも,ここでは学生生活のベストの事例であることを優先したい).

また,筆者が2015年以来提唱してきた「リーダーシップ最小三要素」(目標設定共有・率先垂範・相互支援)は,実は変革型と共通するところ大である.むしろ変革型リーダーシップ論の超簡略版とすら言えるかもしれない.(この項いちおう終わり)



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