見出し画像

青空とキャベツ

ずっと変わらぬ季節の風景とずっと変わらぬ兄がそこには待っていてくれる。
障害者支援施設で兄が待っていてくれる。

三河の国、愛知県豊川市、豊橋市、そして田原市。
私は二十歳の時この三河の国を出た。

二度と戻ることは無い、出来れば戻りたくないと思い続けた三十代、四十代だった。
でも考えれば容易に想像できたのである。
こんなふうになることを分かっていたのに人間の防衛本能だったのであろう。
この防衛本能の一つの『逃避』が自分を守る手段であると学んだが、ウソだとずっと思っていた。

結局は自分に帰ってくるのである。
ならば『逃避』じゃなくて『攻め』だろうと思っていた。
しかし人間はズルく、もっともらしい理由を付けて楽に流れていくものである。

これから冷たい冬がやって来る。
そんな時期に三河に戻ってくると父の死んだ冬、母と兄の施設探しに奔走した日々を思い出す。
一人酒を飲んでも眠れぬ日々が続いたあの頃を思い出す。
他の記憶は薄れていくのに自分の身体をナイフで削るように肉親を引き離していく、その時の嫌だった感情は薄まってくれることは無い。

当たり前のこと、そうでなければ生きていけなかったと頭は理解しても心は許してくれないのである。

本来あるべき家族の姿がどうであるのか私にはわからない。
これがベターというのはあるかも知れないが、ベストはないであろう。
どこかで折り合いを付ければいいのであろうが、そんな簡単な事じゃない。

兄の顔を見ながらいつもこんなことを考えている。
いつも以上に元気な笑顔で接する兄は私のそんな心情を分かっているのかも知れない。
そこで考えは止めて、時間をかけて兄の話を聞いて来た。


施設を出ると太平洋岸式気候特有の乾いた青空がどこまでも続いていた。
キャベツ畑はまだ子供のキャベツ、ここのキャベツが大阪にもやって来ている。
地元だから言うわけではないが、愛知県産、この田原市、豊橋市のキャベツが甘くて美味い。
この来る日も来る日も続く青空が美味くさせているに違いない。
生でも焼いても茹でても、その甘みはわかる。
この時期、鶏の胸肉を使った温かさの残ったサラダが好きである。
ゆでて好みで調味するだけ、簡単ですよ。


帰りの新幹線で遅めの昼メシ。
子どもの頃から食べているだいたいの豊橋の人間が知っている『村田のたこ焼き』、酒は『蓬莱泉』父の実家長野県飯田市に行く途中に藏があり、酒を量り売りしてくれる。数少ない父との思い出となる酒でもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?