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日々考えることのはなし

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毎日考える何か、何かが引き金になり考える何かを綴ってみました
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#春ですね

顔に傷あるけしぼうず

この note にやって来て約二か月、ずっと自分の記憶の整理をしていたように思う。 母の半生は兄の出生を悔恨し続け、私には「それでいいのか、あなたの人生をそんなことだけで終わらせてしまっていいのか」との疑問を拭うことはなかった。 父はお気楽に見えた、当時高額な兄の治療費を稼ぐと長く海外に勤務し、すべては母に任せきりであった。 父もゼネコンにいた電気・機械のプロであった。 長い時間は人の記憶をぼやかし、曖昧にさせる。 それは良いこと、悪いことの両面を持ち合わせる。 そしてそれ

老人と桜

大阪は八尾の公園、月曜の休みに用足しをする帰りに目に入った葉桜。 桜の名前は知らない。きれいだなと思い自転車を止めてスマホを向けていると、お一人の高齢の方が私の視界に入って来た。こちらに気付きながらもその足を止めず、ずかずかと入って来るのが何とも大阪らしい。 たおやかな一本の葉桜と大阪の老人。 細い葉桜はまだまだ若いのであろうか。桜の寿命は人のそれと変わらぬと聞いたことがある。ならば若い桜に惹かれ老いらく恋に落ち、私の存在など目に入らないのであろうか。 墓場に近き老いらく

車中にて思ったこと

久しぶりの上京、用を終え大阪に向かう。日頃の寝不足を取り戻すかのように座席と一つになって新幹線で寝た。不思議である。東京でも大阪でも時間は同じように流れる。私が今ここで呼吸している間にも東京にいる彼も彼女も自分の時間を生きている。そんな当たり前のことを不思議と感じたのである。 移動をする事、今回の伯母の弔事に出かけたことも旅と考えるのであるならば、旅の必要性を考える機会となった。かつて経験しなかった流行り病はいろんな大きな理由となり、私たちに本当の負ばかりではなく、いい意味

コインロッカー係の苦悩

🌸こちらから続けてどうぞ 男は匂いが何かを考えた。 かつてどこかで嗅いだことのあるなんだか懐かしい甘い匂いだった。 女と弁当と手紙のやり取りをした、あのロッカーあたりから匂うのである。 女との記憶だったかと記憶を手繰り寄せるが分からなかった。 偶然が教えてくれた。 以前ならば決して電車になど乗らぬ時間に、春の午後の日差しを背に浴びながら男は大阪環状線に揺られていた。 大正駅で乗ってきた乳飲み子を抱いた若い母親が男の隣に座った。 「あっ、」男の分からなかった匂いの正体であっ

JR西日本 大阪環状線新今宮駅

駅って存在をいつも不思議に思っています。 そこは必ず通過地点、もしくは発着地点、この駅に長時間とどまっているのは駅員さんをはじめとする駅関連業務従事者の方だけでしょう。 そこで時間を過ごすことを目的とする人が極端に少ない駅を不思議に思います。 駅によって匂いが違います。 鶴橋駅のように実際嗅覚で感じる匂いもありますが、私が感じるのは肌で感じる『匂い』なのです。 新今宮駅にも最初からほかの駅と違う匂いを肌で感じていました。 平成に入ってすぐくらいです。今から30年以上前に新

コインロッカー係の仕事

🍙こちらから話はだいたい続いています。 男の仕事はいたって単純である。 いまだかつて男がやったことの無かったルーチンワークなのである。 世のあらゆる金主を相手にした男の営業は、毎日定時に会社に行くことを許してはくれなかった。 あれで仕事をしているのかと、周囲から奇異の目で見られるほど会社に居なかった。 そして、男はそんなことに快感を感じていた。 なのに今のルーチンは、そう、いたって単純なのである。 そのうち環状線内の各駅の発車時刻の周期も覚えた。 同じ駅の同じロッカー

花のいのちはみじかくて

桜の花に心打たれるこの時期に多くの人が人生の転機を迎えます。 入園式、入学式があり入社式もあります。 そんな大きな転機がなくても春は前向きです。 とりあえずやってみるかって気を起こしてくれます。 暖冬だ、地球温暖化だと言いながらも、まだ感ずることの出来る春の訪れは我々に力を与えてくれます。 桜だけが春のすべてではないのですが、この時期の桜の力は強力です。 そんな気持ちにしてくれる桜の花に感謝して 飲めや歌えやと人々は、有期限の桜の花の下で宴を催したのではないでし

コインロッカー係の春

🍙こちらから話はだいたい続いています。 男はその年の春、気がついていた。 桜の花びらがコインロッカーの中に落ちていたことを。不思議に思い回りを見渡したが、桜橋口に桜の木などありゃしない。最初は前の利用者が落としていったものだろうと深くは考えず、でも注意深くその花びらを片付けロッカーの掃除を終わらせた。 しかし、それは続いた。一週間だけの奇跡だった。考え、思い当たった男は造幣局の通り抜けの最終日に仕事の帰りに桜ノ宮に立ち寄った。いつもは閑散としているこんな夕刻の改札に花見客

また今日を生きる

先週のこと、朝から心斎橋まで用足しに出かけた。 久しぶりにサラリーマン時代にいつも乗った時間のJR大和路線に乗った。 当たり前であろうが通勤の乗車客ばかりである。 当時毎朝見かけた人が何人かいた。 いつも皆立つ場所、並び方はほとんど一緒で私の記憶に残る光景とそれほど変わってはいなかった。 同じ生活、毎日同じルーチンの中での仕事が私には向かない。 ストレスが蓄積していく。 そういう意味では建設業の営業は向いていたのかも知れない。 いつも輻輳した案件を時間は関係無

春を迎え春をおもう

もう明日は弥生3月、少し前に正月を迎えたと思っていたのに早いものですね。 3月は別れの季節です。 40年前の今頃、私はは進学先も決まり、ウキウキと引越しの準備をしてたと思います。 でも母は私の旅立ちを喜びつつも寂しい思いで過ごしたことでしょう。 東京まで送ってくれた母、東京駅のホームで別れた母の顔を思い出します。 訣別と始まりが春ですね、こんな春が私は好きです。 これまで60回の春を迎え、人生におけるこの春との出会いは百歳まで生きても100回しか無いのですね。