見出し画像

コインロッカー係の仕事

🍙こちらから話はだいたい続いています。


男の仕事はいたって単純である。
いまだかつて男がやったことの無かったルーチンワークなのである。

世のあらゆる金主を相手にした男の営業は、毎日定時に会社に行くことを許してはくれなかった。
あれで仕事をしているのかと、周囲から奇異の目で見られるほど会社に居なかった。
そして、男はそんなことに快感を感じていた。

なのに今のルーチンは、そう、いたって単純なのである。
そのうち環状線内の各駅の発車時刻の周期も覚えた。

同じ駅の同じロッカー室に同じ曜日の同じ時間にたどり着いた。
そして毎回同じ作業が待っていた。

そして男はコインロッカーを同じ時間帯で、同じ周期で使う利用客がいるのに違いないと、そんな仮説にたどり着いた。

男が決して手を触れることの出来ないロッカーがいくつかあった。
毎回きちんと料金が納められている『使用中』のロッカーがあった。
24時間を越えて、日を跨いだ利用は実はそれほど多くはない。

でも、稀にいるそんな利用をする客が同一人物と男が仮定出来たのはなぜだったのか。
それは男の『嗅覚』だったのである。
飛びぬけた、それこそ超人のような嗅覚を持っていたわけではない。
人よりも敏感だ、その程度であった。

かすかに漏れ出るその臭気から男は利用客を想像した。

洗濯したての衣類の匂いが漏れるロッカーの利用客は、朝まで工事現場で働く男なのかも知れない。
何かの理由でそこで着替えてくることが出来ないのかも知れない。

少し前まで楽しくない夜の街の店で嗅いだ記憶のある女の残り香は、終電ギリギリに脱ぎ捨てた我が子にに黙って夜に働くお母さんのコスチュームかも知れない。

かすかではあるが実に多くの匂いが漂うのがコインロッカー室なのである。
人の思いばかりか、人の匂いまで閉じ込めるコインロッカーにあり得ない匂いを男は感じていた。
いつも男はその駅、そのコインロッカー室に行き、同じ匂いを嗅いで不思議に思っていたのである。


🍙こちらになんとなく続いています、、


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?