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コインロッカー係の春

🍙こちらから話はだいたい続いています。


男はその年の春、気がついていた。
桜の花びらがコインロッカーの中に落ちていたことを。不思議に思い回りを見渡したが、桜橋口に桜の木などありゃしない。最初は前の利用者が落としていったものだろうと深くは考えず、でも注意深くその花びらを片付けロッカーの掃除を終わらせた。

しかし、それは続いた。一週間だけの奇跡だった。考え、思い当たった男は造幣局の通り抜けの最終日に仕事の帰りに桜ノ宮に立ち寄った。いつもは閑散としているこんな夕刻の改札に花見客がごった返し、三年前の女との待ち合わせを思い出していた。会社に戻らず先に桜ノ宮駅まで来ていた男は女に分かるように目立つ場所に立っていた。女はすぐに男に気が付き、人の波の中を男の胸を目指して進んだ。

そして、男は女の温かさと優しさを感じながら、二人のそぞろ歩きは幸せだった。どんなに人がいようとも男と女は一つだったのである。たくさんの種類の桜のどれもが二人を微笑ましく見やり、祝福するかのように花びらを落とした。

一人きりで人の波に飲まれて歩こうとも男は幸せだった。この世にいなくなった女がそばにいてくれるようで幸せだった。
しかし、春は残酷である。その春の美しさが残酷なのである。男の美しい思い出をさらに美しく増幅させてしまう。

そして、その晩男は夢を見た。「あなたともう一度歩きたかった。だから、ありがとう。」そう言う女の夢を見た。
その晩、女が夢枕に立ったのか自身の妄想だったのか分からなかった。

男の女との逢瀬はそれから毎春続いた。
それがコインロッカーの粋な計らいなのか、桜が持つ魔力なのかは男には分からなかった。
でも毎年の奇跡は事実だったのである。
それをたしかめるために男はコインロッカー係を続けたのかも知れない。

このコインロッカー係の男だけに時々不思議なことが起きるようになる。
多くの人の使うロッカーにはたくさんのいろんな思いが詰まる。
ひとりでに閉じるロッカーがその思いを閉じ込めていると男はその後気が付く。
良い事も、悪い事も。
男はコインロッカー係が自分に与えられた天命と感じながらいつしか大阪環状線に揺られることになっていった。


🍙こちらになんとなく続いています、、

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