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日々考えることのはなし

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毎日考える何か、何かが引き金になり考える何かを綴ってみました
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#俳句

顔に傷あるけしぼうず

この note にやって来て約二か月、ずっと自分の記憶の整理をしていたように思う。 母の半生は兄の出生を悔恨し続け、私には「それでいいのか、あなたの人生をそんなことだけで終わらせてしまっていいのか」との疑問を拭うことはなかった。 父はお気楽に見えた、当時高額な兄の治療費を稼ぐと長く海外に勤務し、すべては母に任せきりであった。 父もゼネコンにいた電気・機械のプロであった。 長い時間は人の記憶をぼやかし、曖昧にさせる。 それは良いこと、悪いことの両面を持ち合わせる。 そしてそれ

『昭和の匂い』を残す少年

このnoteの記事でに多くの人の人生と多く人の考え方に出会います。 そして私も考えnoteにnoteします。 人の書いた文章でさまざまなことを考えるのは俳句を作る時に与えられる『兼題』と同じです。 noteでの私の琴線に触れる文章に誘われ、以前の投稿を思い出しました。 夏井いつきが選者をされている松山市公式俳句投稿サイト『俳句ポスト365』への投稿です。 俳句の創作は私の過去の記憶の捜索でもあります。 こんな時間を作ってくれる俳句と夏井いつきに感謝しています。

冬に美味しい『さかな』

還暦を昨年迎えたが、若い頃から魚料理をする機会に恵まれた。 大学に入学するまで魚市場の仲買で働いていたことがある。当たり前であるが魚屋の朝は早い、寒くて汚れてまあまあ危険も伴ういわゆる『3K』の仕事だった。 その分、実入りはよかった。先輩方も気前よく飲みに遊びに連れて行ってくれた。夜遅く朝早いショートスリーパー向きの仕事であった。 季節ごとの美味しい魚をたくさん食べさせてもらえた。新鮮なものを生で食べることが一番ではないことも教えてくれた。 この頃から干物が好きになっ

昭和の釣りの思い出

私の育った愛知県東三河はその先はアメリカ大陸へ続く太平洋、内海の三河湾に面し、そして背後には南信州を控える自然豊かな温暖な地域である。 子どもの頃仲間で連れ立ってよく釣りに行った。 釣れても釣れなくてもよかったのである。釣りが目的ではなく、そこにいることが目的だったのである。 夏井いつきが選者をつとめる松山市公式俳句投稿サイト『俳句ポスト365』で一昨年前に出された冬の季題が『鮃』であった。 季語という不思議な記憶再生装置に呼び起こされた私の記憶を投稿した。 ここ大

椿の花のいさぎよさ

街中でツバキをあまり見かけなくなったような気がする。 私が子供の頃、昭和のあの頃はよく生垣にツバキが植えられていた。 堅い実で何にするわけでもないのに、通りすがりに勝手にとってポケットに入れていたものである。 『椿』は春の季語である。 しかしながら『寒椿』は冬の季語である。 いつまでも初心者の私に俳句創作はなかなか難しい。 夏井いつきが選者をつとめる松山市公式俳句投稿サイト『俳句ポスト365』の兼題に昨年『寒椿』が選ばれた。 いつものように記憶再生装置である季語

『ボートレース』は競艇ではなかった

家内の作った玉子のサンドイッチをかじりながらこの文章を書いている。 思えば家内には苦労をかけるばかりで好き勝手な人生を歩いてきた。 あの年も大晦日まで仕事と称して『夫』としての機能を果たすことのないまま思うがままに生きていた。 あの頃は朝まで仕事や、飲んで帰れなくなることもあった。サウナによく世話になった。 でも、私はサウナが嫌いである。 サウナ自体が嫌いなわけではない。サウナにまつわる思い出が辛いのである。 しかしながら、昨晩このnoteで知り合ったボッチトーキ

通天閣は六五歳

写真は大阪天王寺から見る通天閣である。 以前の商売柄、こんなことが気になるのだが通天閣の竣工は1956年(昭和31年)、今年65歳なのである。 人間で言えば高齢者の仲間入りである。 私より4歳年上と知るとなんとなく親近感が湧いてきた。 いつもならば週二回この風景を見ながら合気道の稽古に行くのだが、このコロナ禍でしばらく休みにしている。 稽古と言っても口だけで教えているのでたいして体は動かさないのだが、全く動かさないのは体に悪い。 特に還暦を意識しだした頃から体調の

『色鳥』でおもいだす

父が他界してもうすぐ10年になる。 父もゼネコンで働いていた、腕のよい技術者だったと皆言った、そして父は家にいなかった。 父は高度成長期の勢いとともに幸せなサラリーマン生活を謳歌し生きた人間である。 今では考えられない明るい未来を信じることの出来た時代であった。 寒い寒い冬に父は他界した。 寒さが父を思い出させるのである。 二年も前の俳句投稿サイトへの投稿文章である。 兼題は『色鳥』、色鳥は秋の季語、秋に渡ってくる美しい小鳥のことを言い、花鳥とも言う。 この俳

美しいものを愛でて

美しいものが好きである。 それは花であり、宝石であり、文章であったりする。 美しいものは感動を与えてくれ、時には心を癒してくれる。 ここで出会う若いサラリーマンたちに以前の自身を重ねる。 私にもこわいものなど何もなく己が思いで突き進む時期もあった。 しかし歳を重ねるごとにどうしようもない現実に遭遇するようになる。 徐々に1たす1が2でなくとも息が出来るようになり、理不尽を理不尽と感じなくなっていった。 その代りに毎晩浴びるほど酒を飲み、暴れてケンカもした。 その頃は花

兼題は『春の夕焼け』だった

遅くに帰り、一人パソコンに向かい『俳句ポスト365』の発表の週であることを思い出した。 お便りコーナーをみて「あぁ、」と声が出た。 もともと俳句のたしなみは無く、大学合気道部の先輩に誘われて始めたのだ。 いまだに先輩方の言葉に逆らうことは出来ない。 この先輩にはずいぶん世話になり義理がある、10年も前に脳梗塞で寝たきりとなり動く指だけで器用にipadを扱い私に指示を飛ばしてくる。 企業戦士として闘い癒えることのない傷を負った。 出来る限り、手足となろうと思っている。 二週間

イソギンチャクを見たことがありますか

驚いた。 JR八尾駅の新しくなったロータリーでツクシを見つけた。 あろうとは思わなかった存在だったから驚いた。 今週が『寝たきりおやじ』こと、『ねずみ男』先輩と共に投句している松山市主催俳句投稿サイト『俳句ポスト365』の発表の週だった。 兼題は 磯巾着(イソギンチャク)であった。 自転車で行ける距離に海は私たちを待ちかまえていた、子供のころからイソギンチャクばかりでなく海の得体の知れない生き物たちとは顔なじみであった。 その得体の知れない奴等が意表を突いた場所から姿を現

サイネリア 私のしらぬ花のなまえ

まあまあの田舎で育ったので、世の男連中よりもたくさん植物の名前を知っているかもしれない。 しかし、花の名前は今一つだ。 今回も私が敬愛する夏井いつきが選者を務める、松山市主催の俳句投稿サイト『俳句ポスト365』に以前投稿した文章である。 兼題が『サイネリア』、初めて聞く花の名前であった。 この時もずいぶん悩んで句をつくったが、『並』であった。 俳句もなかなか難しい。 ◆今週のオススメ「小随筆」  お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見

楊梅(やまもも)

楊梅(やまもも)、まだ時期は早い、梅雨時に赤い実をぶら下げる、ちょうどアジサイがきれいに花を咲かせる頃である。 楊梅ってのは目立たぬ樹だ。 街路樹ともなっていて、コレと示せば案外みんな知っている樹であるのだが。 それくらい目立たぬ樹であるから精一杯結ぶ赤いその実を見ても、可愛らしいさに気持ちを向ける人間は少ないのだろう。 山や畑で桑の実やらアケビなどを野ザルのように食い回ったが、楊梅は食べたことが無い。 街路樹のそれは汚く思える。 山の入口で見た楊梅にはコバエがた