Mine&Industry #5
しかし、のんきに名乗り合っている場合ではなかった。
「危ない!」
「ぎゃん!」
仲間の身体を盾にして弾幕を凌いだらしい一体のゴブリンが、猛然と飛びかかってきた。すんでのところでアユラさんに頭を掴まれて俺は引き倒される。
後者のセリフはゴブリンではなく俺の鳴き声だ。
そして剣が一閃。ゴブリンの首がポンと飛ぶ。首を失った身体はどさりと落ち、確認するまでもなく絶命していた。振り返ってみると群れはほとんど殲滅され、強行突破してきたゴブリンはその最後の抵抗だったようだ。
「すごいな……よそ見している間に全滅か……」
「二、三発で一匹倒していたわね。マジック・アローとファイア・ボールの間くらいかしら。それをあんな速度で。驚異的だわ」
姉妹がそう話している間に俺はようやく立ち上がると、目の前でゴブリンたちの身体が雲散霧消していく。推測するにモンスターの死体は残らないとみた。
「だから血も何も流れなかったのか……」
「ん? 何か言ったか?」
小声でつぶやく俺の言葉を耳ざとく聞きとがめたアユラさんがこっちを振り向く。
「あっ……いや。なんでもない」
と言って誤魔化しておく。こういう世界の根本に類するものを知らないのは、俺が異常であることを白状しているようなものだ。が、
「その返答は何かあると言ってるようなもんだぞ」
おおっと! 言われてみればその通りだ俺の馬鹿!
「えー、あー、その……おっ!?」
答えに窮してしどろもどろになっているうちに、視界の端に赤い反応が現れる。
「またモンスターだ!」
「なんだそのバレバレの嘘は」
「いや嘘じゃないって。真っ直ぐこっちに来てる。丘をさらに一個向こう」
ミニマップを呼び出し、赤い光点の動きを観察する。
「何でそんな向こうの事がわかる。見えてもいないじゃないか」
疑わしい様子で俺を半眼で見るが、そこで助け舟を出してくれたのはマユラさんだった。
「いえ、反応は確かにあるわ。でもこれだけ離れていれば私達には……え? 近付いて来てる……?」
「ねえさんが分かるくらい……? 何体いる?」
「ええと……20はいるな。それが、二波」
「はぁ!?」
「ええ!?」
姉妹は絶句した。
「そんな馬鹿な。どこから現れたんだ。今度こそ逃げよう」
「でもこの足で逃げ切れるかしら」
切羽詰まった様子のアユラさんにそう言って気にするマユラさんの足首は、痛々しく腫れ上がっていた。どころではなく、半ば潰れとても立つことすら難しいように見える。これまでの人生見たこともないひどい傷でひと目で分からなかったのだ。
「だ、大丈夫なんですかその足」
「大丈夫じゃないから困ってるんだろう」
「いやそんなレベルじゃなくて」
レベル? と首をかしげる二人の様子はゴブリンの対応に苦慮しているとはいえ、その怪我については俺の思っているほど気にしていない。というか思わず敬語になっちゃったよ俺。
しかしそんな怪我を負えば俺なら……いや、このファンタジーめいた世界なら日常茶飯事なのか?
「どこか町に帰れれば、その傷は治るのか」
「治療術師にかかればなんとかなるだろうな」
「高いけれどね」
「そうか……」
こともなげに言う彼女らに、俺は思案する。
多分、あのゴブリンは俺だけじゃなく『味方』の彼女らも一直線に狙う。
敢えて言っていないが、マップから見て進軍速度は俺が駆け足する程度で、逃げ切ることは不可能。
逃げさえすれば、この怪我は大丈夫っぽい(信じ難いが)。
じゃあやることは一つだ。
「あれを、迎え撃つ。殲滅して、安心して帰ろう」
敵が現れてから迎撃用意なんて、ゲームプレイとしては下の下だがな!
資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。