弾じる弦楽器は軈(やが)て弓になる。
最強の狩猟具
古代の人類が手にした最強の狩猟具は弓矢だろう。遠くを狙えるし、急所に当たれば大型動物も倒せる。しかし、「革布と革袋の次に、人類が手にしたものは杖だ」で述べたが、弓矢はそれまでの道具と比較にならない程複雑で、作るには高度な技術がいる。今までの革布、革袋、杖と違って全く見当がつかない。人類は弓矢をいつ頃、どのように手にいれたのだろうか。
この道具を作るために必要な最小限の部品は、弓本体(木の棒)、弦(紐)、矢(木の棒)の三点である。加工技術は弦を弓の両端に巻きつける、矢の先端を尖らせ、矢尻に弦を番えるための溝を刻む事だ。現在の人以外の霊長類で、こんな加工技術を持つものはいない。
チンパンジーや同類の霊長類は、親指の付き方が人とは違っていて、親指と人差し指、或いは他の指で物が上手く摘めない。地面の木の実等、小さなもの拾う時は、人差し指と中指でピンセットの様に摘む。この様な手では弓矢はとても作れない。進化の過程で、人は器用に動く手の指をどのように得たのだろうか。
恐らく石器、特にナイフの様な石器の使用が、指先の器用な動きを訓練したのだろう。弓矢を作るには道具がいる。弓本体も形を整える必要があり、矢は先端を鋭く尖らせる必要がある。弦は丈夫で、手で引っ張っても切れない強さが必要だ。それを切るために石器ナイフを使ったはずだ。弓矢の材料もそうだが、そもそも弓矢の原理の発想は、どこから得たのか。
弓本体は杖の延長、即ち木の枝から得ただろう。初期の弓は直弓と言う真っ直ぐな棒だっので、良く撓む材質を手に入れるだけで済んだ筈だ。矢は木の枝だろう。弦すなわち紐、これを使うと言う考えや、棒の両端に紐の両端を、それぞれ結ぶと言う発想には、どのように至ったのだろうか。
そもそも紐を使うと言う発想はどこから得たのか。一説には、鳥が細長い草を絡めて球状の巣を作るのを見たり、蜘蛛が巣を張るのを見て、紐を使い始めたと言うのがある。では、紐(植物の弦)を手に入れたとして、一体何に使ったのだろう。革袋の口を閉じるためとか、革布を外套の様に留める、或いは何かをぶら下げるのに使ったのだろうか。紐をいきなり、この様に使うのは飛躍し過ぎていて不自然だ。鳥や蜘蛛真似説も説得力に欠く。
革布と革袋の前には動物の肉付き皮、槍の前には杖(木の棒)があった。すると、紐の前には何か紐様の何かがあったのだろうか。頭を捻っている時、江戸時代の巻物絵に、釣りの様子が絵ががれているものがあった。その釣り人は、笹の細長い茎の部分を魚の鰓から口に通して、数匹の魚を数珠つなぎにして腰にぶら下げていた。人類の祖先たちも、この様な事をした筈だ。
俄人類学者の想像はこうだ。「革布と革袋の次に、人類が手にしたものは杖だ」で述べたが、軈て槍となる杖の前に、類人猿は木の細い棒を振り回した筈だ。そして小動物を叩いたり、突き刺して捕獲しただろう。この細い棒は軈て矢になるのだが、その前に突き刺した獲物は、持ち運ぶ時は刺したままにして、持ち歩いたのではないだろうか。
例えば、アフリカの湖沼に多いナマズなんかを、数匹捕らえた場合、手で持ち歩くのは不便である。使った棒に刺して置くことは十分有り得る話だ。この獲物を刺し留める棒は、軈て葦等に変わる。葦の茎は細く丈夫で、折っても捩じっても切れたりしない。正に紐である。そして上述した、江戸時代の巻物絵の釣り人の様に、獲物を首か腰に巻いたのではないかと思う。こうして、人類は紐を手に入れた(RPG なら音楽が鳴る所だ)。
弓の前には棒があり、紐の前には葦や笹の様な植物の茎が在った。では、撓む棒の両端に紐を結び、紐即ち弦を引いて矢を射る発想は何処から来たのか。棒と紐の二点組となると、この前には何があったのか。弓の弦に矢を番え引く時、蓄積する力を粘弾性エネルギーと言う。野球で球を投げたりするのも、このエネルギーを体に溜めこんで、解き放す(投げる)と球は飛ぶ。しかし、専門用語を担ぎ出しても何の手掛かりにもならん。
もし棒の片方だけに紐を付けたら、これって釣り竿か。釣針が無くとも釣りは出来る。小石に餌を巻きつけて、脈釣りすれば魚種よっては、釣り上げる事ができる。脈釣りとは、浮きなど付けずに、餌や疑似餌を水中に漂う様にして、魚が餌を銜えた瞬間、その振動を竿を持つ手で感じ取り、一気に竿を引き上げる手法の事である。竿を使った釣りの起源は古く数万年前に遡る。しかし、釣り竿の糸と言うか弦を竿のもう一方に結び、弓とするのは類人猿には障壁が高い。
これは難問だなぁと思いつつテレビを付けると、交響楽団の演奏をやっていた。ハープやギターは弦を弾いて音を出す。この構造は弓に通じないだろうか。弦楽器の起源は弓と言う説がある。また、逆に弦楽器が弓に成ったと言う説もある。最も単純な楽器は太鼓だろう。しかし、これは弓とは関係無さそうだ。色々調べていると口琴というものに出くわした。
口琴とは、口と口内の空洞を共鳴に利用する、金属製の楽器である。形は大体、下が膨らんだU字型をしている。膨らんだU字の曲線部の真ん中辺りから開いた口の方に、良く振動する平ピンが付けてある。口琴は、横向きにして歯で開口部を銜え、ピンを指で弾いて、同時に息を吐いたり吸ったりする。すると、ヴィンウォーンヴィーンウォーンと音が出る。音色は荒野のうら悲しい響きを持つ。
口琴は世界の至る所で見られる。日本ではアイヌ民族が、竹製の口琴を使っていた。現代の口琴は、微細な加工が必要だが、もっと単純なものでも代用出来るだろう。例えば、良く撓って弾くと振動する小枝を口に加えても音は出せる。軈て、この小枝の両端に紐を張り小さな弓を作って紐、即ち弦を弾いて口琴のように使うことも有り得る。
もし弦楽器から弓が生まれたとして、そこに矢を番えて引いて飛ばすと言う発想はどのように得たのだろうか。口琴用の小弓にY字やU字型の小枝を引っ掛けて、飛ばして遊ぶような事をしたのだろうか。残念なが、弓矢については、苦しい解釈しかできない。
弓矢の様な数点の部品が必要で、かつ高度な加工技術を必要とする道具は、皮から革、木の棒から杖そして槍の様に、一次思考では作り出せない代物だ。ああなったらこうなる、こうなったらああなると言う、二次、三次の思考が必要だ。類人猿から人に近くになってから、手に入れたのだろう。弓矢の痕跡は数万年に遡る。
最近化石が発見された類人猿、サヘラントロプス・チャデンシスは約700万年前に生息していて、二足歩行が出来たであろう特徴を頭蓋骨に持つ。この年月に対比すると、数万年などちょっと前の事だ。遺跡からの物品の痕跡よりも遥かに前から、人類は何らかの形で道具を使用していた、と考えるのは全く非合理ではない。
以上。長々のご精読ありがとうございました。
次は、「シラミが教えてくれる人が服を着た時期」
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