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『ウルトラマンコスモス』と『ウルトラマンネクサス』を、幾つかの小説などから照らし合わせる


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注意

 これらの重要な情報を明かします。
 特に、『虚構推理』原作、『ΑΩ』、『二重螺旋の悪魔』、『神狩り』、『ショグゴス』にご注意ください。

小説

『虚構推理』
『ΑΩ』
『ウルトラマンF』
『マウンテンピーナッツ』
『ショグゴス』
『二重螺旋の悪魔』
『神狩り』
『神狩り2 リッパー』
『百億の昼と千億の夜』

漫画
『虚構推理』
『NARUTO』

テレビアニメ

『NARUTO』
『NARUTO 疾風伝』

特撮テレビドラマ

『ウルトラQ』
『ウルトラマン』
『ウルトラマンガイア』
『ウルトラマンコスモス』
『ウルトラマンネクサス』
『ウルトラマンマックス』
『ウルトラマンギンガ』
『ウルトラマンギンガS』
『ウルトラマンX』

特撮映画

『ULTRAMAN』(2004)
『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル』
『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル ウルトラ怪獣⭐︎ヒーロー大乱戦』
『ウルトラマンギンガS ウルトラ10勇士』
『ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』

はじめに

 『資本論』などから、経済と環境の問題を扱うために、『ウルトラマンネクサス』と『ウルトラマンコスモス』の関連を幾つか考察しました。

2022年11月4日閲覧

 しかし、環境問題による被害者としての怪獣を扱うことが多く、人間と怪獣の共存を描くことの多い『コスモス』と、人間を被害者として、捕食して増殖するスペースビーストとの過酷な戦いを描く『ネクサス』は対照的で、さらに『ネクサス』に経済の問題を踏まえた私の考察は、経済と環境の対立しがちな議論で、整理が難しくなります。
 今回は、小説として、ウルトラシリーズに繋がる要素を持つ作品を幾つか挙げて、『コスモス』と『ネクサス』の整理に繋げます。

『虚構推理』の「あやかし」と「想像力の怪物」

2022年11月4日閲覧

 まず、『虚構推理』を説明します。基本的におとなしい「あやかし」や「怪異」のいるが知られていない世界で、主人公の大学生の岩永琴子が、それに関わるトラブルを秘密裏に解決します。しかし、彼女は「秩序」を優先して、人間があやかしによる危機に陥っても放置することも多く、ウルトラシリーズに比べて冷徹なところがあります。
 また、怪異として珍しく凶暴な、人間のうわさを吸収する「想像力の怪物」については、その情報が広まるほど大衆が面白がって強くさせてしまうことから、岩永は別の情報を流して事実を隠して、怪物を弱らせて倒しました。
 しかし、これは『コスモス』と『ネクサス』の組み合わせにも受け取れます。
 『コスモス』のおとなしいほとんどの怪獣が、人間に住処を奪われている、人間と時折衝突する、その仲裁を主人公がするのは、岩永に通じます。また、『ネクサス』の人間の恐怖を吸収するスペースビーストは、現れれば、ビーストの情報を目撃者が広めて、恐怖によりさらに強くなり現れてしまう危険の正のフィードバック、循環があります。これは「想像力の怪物」に似ています。
 『虚構推理』は、『コスモス』の怪獣の世界に『ネクサス』のビーストが現れればどうなるか、という仮定を描いているとも考えられます。
 『ネクサス』でも記憶を消す組織は「優先すべきは秩序」と、ある意味で岩永に近い主張をしており、かなり似ています。
 『コスモス』では、怪獣や幽霊のような存在にも主人公達が誠意をもって、自分も信じている意見で説得して争いを止めますが、岩永は自分でも怪しいと認識する「もっともらしい」論理であやかしや人間を言いくるめて争いをその場で収めるに留まり、あまり相手の誠意を信じていないようです。
 『ネクサス』では、最終的に人間が恐怖に勝てると信じて情報を公開したのですが、岩永の場合は、「想像力の怪物」を面白がる、加害者とも言える大衆への不信感もあり隠蔽していたようです。
 『コスモス』の終盤では、生命の意識を統一して、自分の秩序や善意を「押し付ける」カオスヘッダーに、「秩序は与えられるものではなく、認め合い作り出すもの」という反論があります。しかし、岩永は、あやかしを人間社会に公表出来ない状況や、ウルトラシリーズに比べて人間の汚い感情が描写されやすい『虚構推理』の世界観などから、それを認めていないのでしょう。

岩永の「秩序」は、「主観」なのか

2022年11月4日閲覧

 のちの「エントロピー」についての解説でも説明しますが、生物はエネルギーのエントロピーという量を排出する性質が物理的に定義されます。しかし、数学的なエントロピーを「無秩序」というのは不正確であり、粒子の集合でエントロピーの大きい状態の方が規則正しくそろって見えることもあるので、「秩序」が主観でしかないところがあります。
 岩永が怪物や人間をその場の論理で説得したり、怪物の情報を隠したりして守りたい「秩序」も、つまるところ彼女の主観であるところがあります。
 もちろん私にも個人的に「秩序」の意識はありますが、その定義が異なる人間がいることは認識しています。
 『ΑΩ』や『ウルトラマンF』を書いた小林泰三さんの『ショグゴス』で、異なる生物の「権利」を守るためにロボットに戦争をさせる大統領に、科学者が、「人権など自然には存在しません。人間が勝手に与えたものです。もちろん私は人権を尊重すべきだと考えていますが」と、「人権」についての事実と意見を区別しています。しかし、この科学者独自の「人間の権利を守るためにロボットはどうなるべきか」の主観が恐ろしいものになっています。岩永の「秩序」がそうでないとも言い切れません。
 『コスモス』、『ネクサス』、『虚構推理』からは、「秩序はそれぞれの主観でしかなく、それぞれが異なる意見を持っている事実」を主張します。

『ΑΩ』のプラズマと「天使」

2022年11月4日閲覧

 ここで、ハードなためにあまり扱えなかった小説『ΑΩ』について説明します。これはウルトラシリーズをハードSFに書き換えたような作品で、初代ウルトラマンのハヤタとの衝突事故からが、プラズマ生命体が事故で人間を凄惨な目に合わせるなどの描写があります。
 『ΑΩ』に近い時期の『コスモス』と『ネクサス』の要素から、似た部分を幾つか挙げます。
 『コスモス』の「遺伝子情報を持った光の粒子」、「光のウイルス」であるカオスヘッダーは、怪獣を凶暴化させたりコピーを作ったり、人間の思考から実体化したりします。その実体の怪獣の1体は、「イブリース」という名前でした。
 本来「イブリース」とはイスラームの堕天使の名前で、神により光あるいは炎から構成された天使が、土から生み出された人間にひざまずきたくないと神に逆らい、悪魔になりました。
 しかし、この堕天使イブリースは、神だけを敬いたいからこそ人間を敬わなかったという説もあります。
 イブリースは光や炎に関わるならば、炎はプラズマ化していますから、『ΑΩ』のプラズマ生命体に似ているかもしれません。『ΑΩ』ではキリスト教が争いを引き起こすことになっていますが、イスラームにも関わるかもしれません。
 プラズマ生命体も、「天使」と呼ばれています。
 プラズマ生命体にとって人間の命が取るに足らず、人間にとっての害である「影」に立ち向かうために結果的に人間を守るものの、人間の一部を切り捨てていきます。
 カオスヘッダーが「自分が生命を操り秩序をもたらすためには犠牲も必要だ」と言ったのを連想します。なおかつ、カオスヘッダーがかつて「滅ぼした」というような惑星も、カオスヘッダーにとっての助けやすい微生物だけが生き残っていたのではないか、と私は考えています。何故なら、怪獣をカオスヘッダーが作り替えるときに、耐えられず命を落とした個体も多いものの、いずれは安定する予定だったそうですから。
 イスラームのイブリース、カオスヘッダー、プラズマ生命体は、いずれも人間の体が光や炎やプラズマに比べて異質過ぎるために軽んじているのかもしれません。
 つまり、『ΑΩ』のプラズマ生命体は、初代ウルトラマンなどの、人間を事故で苦しめる、総合的に人間を守ろうとするが、体質の差異から軽んじるというのが『コスモス』のカオスヘッダーに通じます。

『AΩ』の遺伝子や思念の「影」

 『ΑΩ』で『ネクサス』に似ているのは、人間の主人公とプラズマ生命体の立ち向かう、人間や地球生命を変化させる「影」という異質な存在です。この「影」は何らかの素粒子らしく、地球生命の遺伝子を取り込み複製し、人間の思念にも影響されるらしく、グロテスクなコピーを生み出し凄惨な争いを起こします。
 この辺りは、『ネクサス』のビーストにも似ています。ビーストはχニュートリノの影響で、生命が遺伝子ごと変化した可能性があります。χニュートリノに自分の情報を変化させて乗せて宇宙を移動している可能性もあります。
 小林泰三さんの『ウルトラマンF』には、『ウルトラマン』の世界に来たビーストを「影」と名付けようとするくだりがあります。
 しかし、コピーされた人間が「俺は人間もどきじゃない」と言ったり(それ以上争わないので演技でもないようです)、コピー同士で争ったりする描写もあり、主人公をコピーが攻撃するとも限らず、「影」に統一された悪意はないようです。ビーストは、少なくとも『ネクサス』の前日談である実写映画『ULTRAMAN』(2004)では、ビースト・ザ・ワンがウルトラマンに「俺みたいに人間を喰っちまえば良かったのに。馬鹿が」と明確な悪意を向けているのが異なります。また、ビースト同士では争うことがみられません。
 『AΩ』でプラズマ生命体同士で意見が一致したり争ったり、社会的な地位の差異があったりするのに対して、「影」には明確な意思がなく、人間の願いを叶える「神」とすら推測されています。
 『コスモス』のカオスヘッダーが意思の統一と、人間と異質な体質である光の素粒子の体を持っているのに対して、『ネクサス』のスペースビーストは、素粒子由来の生命を変化させることと互いに争わない、人間への悪意を持つと言えます。
 『AΩ』のプラズマ生命体は人命を軽んじる光や炎に近いプラズマの体や「天使」に関わり、「影」は統一されていない人間の思考の反映、遺伝子の変化などが重視されています。
 カオスヘッダーとビーストの要素を、それぞれプラズマ生命体と「影」が持っています。

『二重螺旋の悪魔』のエントロピーは「無秩序」なのか

 『二重螺旋の悪魔』では、素粒子と波動の性質を併せ持つ存在が、遺伝子やコンピューターを操り、人間や地球生命の進化に介入します。「影」と異なり、目的は、自分が平和を達成した代わりに刺激がなくなり、「無秩序(エントロピー)増大」による滅亡を防ぐために人間や生命をもてあそぶゲームをしていた、という明確な「エゴイズム」でした。
 元々物理学者のシュレディンガーは、生命の定義を「負のエントロピーを食べる」と説明しており、増大するエントロピーを追い出すのが、栄養の摂取にも繋がるようです。
 一体化の要素がありますから、『コスモス』のカオスヘッダーにも通じますし、『ネクサス』のスペースビーストの捕食も、エントロピーの排出を素粒子がなりふり構わず行うとも言えます。
 エントロピーを「無秩序」と言うのは、あくまで誇張された不正確な表現ですが、カオスヘッダーは生物の意識の統一で、数学的なエントロピーを減らすのを、「秩序」と表現したのかもしれません。
 『AΩ』のプラズマ生命体も、熱力学第二法則から、熱エネルギーを他のエネルギーに変換し切れずに外部に排出してしまい、それは「避けられない問題を押し付ける」という意味で、『二重螺旋の悪魔』の敵に似ているかもしれません。

『神狩り』の宇宙への移動の現実味

 『神狩り』では、人間の宇宙の進出を阻みたいらしい存在が示唆されます。これは執筆された1970年代、ウルトラシリーズの初期に近い時期の、宇宙開発が予測されていたSFにも似ています。
 『ウルトラQ』のナメゴンや、『百億の昼と千億の夜』の「人間の文明への警告」にも通じます。
 しかし、人間の宇宙開発にリアリティが求めにくくなった2000年代の『神狩り2 リッパー』では、『神狩り』のその存在の意図に宇宙開発は言及が見当たらず、人間の命をもてあそんでいる描写があります。
 また、『ネクサス』のような「亜空間」という、宇宙へロケットなどで行くのではなく、空間そのものを超える別の意味でのSFになっています。
 『コスモス』では宇宙開発が描かれますが、『ネクサス』にはほとんどなく、移動に関して、ウルトラシリーズとして後者は現実味を求めているようです。『ウルトラマンガイア』などもそうですが。
 逆に『コスモス』では、『ネクサス』のビーストのような、細胞の欠片だけで再生や増殖をする怪獣はほとんどいません。アルケラが微妙ですが。現実的かは一長一短です。
 『コスモス』と『ネクサス』を比較するときは、移動に関する現実味を重視すべきかもしれません。
 

『マウンテンピーナッツ』の千草とヒカルとビースト

 小林泰三さんがウルトラシリーズを小説にした『マウンテンピーナッツ』は、『ウルトラマンギンガ』のあとに、環境保護のために怪獣を保護する人間の国際組織「マウンテンピーナッツ」がビーストすら守り、ウルトラマンを攻撃して人間の命を脅かす中で、ウルトラマンが人間同士の争いに介入出来ないという問題を描きます。
 ただ、これはビーストを、他の世界観で描くために『ギンガ』の世界が選ばれたような印象も私にはあります。
 『マウンテンピーナッツ』では、「何故怪獣にミサイルが効かないのかの議論」、「怪獣に自衛隊が出動出来るかの国会の議論が数年前からあった」というのが、その1年前に地方都市で怪獣が現れただけで、ミサイルどころか拳銃すら使われていない世界観に合わないところがあります。
 また、『マウンテンピーナッツ』で初代ウルトラマンが、『ギンガ』と異なり何故会話するのか、一体化する千草がアイドルを目指す女子高生としては痛みに強過ぎないか、という印象もあります。のちの『ウルトラマンR/B』劇場版以降のアサヒは近いのですが、千草と合っていないようにも思えます。
 この『マウンテンピーナッツ』の主題は、「環境保護のために怪獣を保護する世界観で、ビーストすら保護すべきか、それによる被害にウルトラマンはどう対応すべきか」というもので、『ギンガ』の主題ではないようにも思えます。
 『ギンガ』の世界は執筆された時点で、『ネクサス』のビーストが地球で、怪獣を殺さないこともある他の世界観の怪獣やウルトラマンと共演出来る、唯一と言える世界観であるために選ばれたのであり、『ギンガ』の続編は目的ではなかったようにも思えました。
 いずれにせよ、『コスモス』のような怪獣保護や環境保護を、『ネクサス』のビーストに適用するのか、という問題が『マウンテンピーナッツ』にはあります。
 しかし、このあとの『ウルトラマンギンガS』劇場版でウルトラマンコスモス、『ウルトラマンX』でウルトラマンエックスと出会う『ギンガ』のギンガは、敵の能力により人形である怪獣を殺さずに済む、というより殺せないかもしれないだけで、果たして怪獣と共存していると言えるのか怪しいところもあります。
 ちなみに、ヒカルや千草は怪獣の人形の能力で人間を守ることもありますが、ビーストの人形があるのを知りつつ使っていませんでした。
 『ギンガS』でギンガと一体化するヒカルは「怪獣は仲間」と言っていますが、怪獣が自らの意思で協力しているか曖昧で、『コスモス』のカオスヘッダーが「我々が怪獣を全て操れば、怪獣を仲間に出来る」と言ったようなものを感じます。無理矢理操るのと、仲間にするのが同じか、という問題が『ギンガS』にあり、それが『コスモス』のカオスヘッダーにもあるかもしれません。
 ちなみに、『NARUTO』では、尾獣という動物状のチャクラ(エネルギー)の塊と人間の争いが重視されますが、取り憑いた人柱力(じんちゅうりき)が、そのエネルギーだけを操る状態と、和解してエネルギーを貸してもらえる状態は明らかに異なりました。
 『ウルトラマンX』でも、怪獣のデータをカードとしてウルトラマンの鎧や戦闘機の光線に使うときには怪獣の協力の意思は必要ないらしく、ゼットンの鎧と、ゼットンの別個体が戦うことも可能でした。しかし、怪獣の複製されたサイバー怪獣や、ハイブリッドアーマーという特殊な鎧は怪獣自身の協力の意思が必要で、「操る」のと「仲間にする」のが明確に分けられています。
 『マウンテンピーナッツ』に話題を戻しますと、この作品の千草はのちのヒカルのような「怪獣は仲間」という価値観がみられず、「環境を守るのは人間のため」といった発言から、人間から変化したジャミラを除けば、怪獣への憐れみなどもないらしく、怪獣はただ操るための戦力として重視しているとも言えます。
 それは、カオスヘッダーと千草やヒカルが果たして異なるのか、それらがビーストに立ち向かうのがどうなのか、とも言えます。

『ウルトラマンF』の「矛盾する2つの苦しみ」

 『ウルトラマンF』では、『ウルトラマン』の世界に幾つものウルトラシリーズの敵がやって来ます。
 しかし、『ウルトラマンマックス』の世界のイフは、攻撃しなければ無害で、ただ攻撃を増幅して跳ね返すだけの存在で、『マックス』では音楽で鎮静化させて宇宙へと運びました。ウルトラマンですら攻撃では解決出来ませんでした。それを攻撃したのは「うかつな判断」のように扱われています。
 けれども、『ネクサス』の世界からビーストの細胞が来たときは、「エネルギーに換算すれば危険だ」と主人公格の井出が警戒したものの、「質量ならわずかだ」という反論もされています。これは相対性理論のE=mc^2の数式によるものです。
 私が気にしているのは、ビーストがわずかな質量でも警戒されるのに対して、イフには攻撃するな、というのは偏っていないか、とも言えるところがあります。
 井出は、対立する科学者との議論で、「強力な兵器は危険だ」、「この兵器の強さが物足りない」という「矛盾する2つの苦しみ」を吐露していますが、「ビーストはわずかな質量でも危険だ」、「イフは攻撃を控えるべきだ」というのが、結果論なら正しくても、分からない時点としては「矛盾する2つの苦しみ」と言えなくもありません。
 『コスモス』の怪獣のように、「攻撃しなければ無害だ、反撃させない方が良い」という議論、穏やかな結論になりやすい『マックス』のイフと、『ネクサス』のビーストが同じ世界に現れたことで、「主人公が警戒するときは敵が危険で、攻撃を控えるときは安全なのか、それは主人公達の主観的な勘で決まるのか」という悩みが残ります。
 それは、主人公達が一貫しない危機感を主張して、『コスモス』の怪獣なら攻撃すべきでない、『ネクサス』のビーストなら攻撃すべきだ、というような「矛盾する苦しみ」になるのかもしれません。
 
 

まとめ 
 
 

 『コスモス』と『ネクサス』に通じる作品として、『虚構推理』、『AΩ』、『二重螺旋の悪魔』、『神狩り』、『マウンテンピーナッツ』、『ウルトラマンF』などを挙げました。「秩序」の定義、エントロピー、プラズマや素粒子、宗教、移動の現実味、矛盾する苦しみなどがあります。

参考にした物語

特撮テレビドラマ

円谷一ほか(監督),金城哲夫ほか(脚本),1966(放映期間),『ウルトラQ』,TBS系列(放映局)
樋口祐三ほか(監督),金城哲夫ほか(脚本),1966-1967,『ウルトラマン』,TBS系列(放映局)
根本実樹ほか(監督),武上純希ほか(脚本),1998 -1999(放映期間),『ウルトラマンガイア』,TBS系列(放映局)
大西信介ほか(監督),根元実樹ほか(脚本) ,2001 -2002(放映期間),『ウルトラマンコスモス』,TBS系列(放映局)
小中和哉ほか(監督),長谷川圭一ほか(脚本),2004 -2005,『ウルトラマンネクサス』,TBS系列(放映局)
村上秀晃ほか(監督),金子次郎ほか(脚本),2005-2006,『ウルトラマンマックス』,TBS系列(放映局)
アベユーイチほか(監督),長谷川圭一ほか(脚本),2013 (放映期間),『ウルトラマンギンガ』,テレビ東京系列(放映局)
坂本浩一ほか(監督),小林雄次ほか(脚本) ,2014 (放映期間),『ウルトラマンギンガS』,テレビ東京系列(放映局)
田口清隆ほか(監督),小林雄次ほか(脚本) ,2015 (放映期間),『ウルトラマンエックス』,テレビ東京系列(放映局)
武居正能ほか(監督),中野貴雄ほか(脚本),2018,『ウルトラマンR/B』,テレビ東京系列(放映局)

特撮映画

小中和哉(監督),長谷川圭一(脚本),2004,『ULTRAMAN』,松竹(配給)
アベユーイチ(監督),谷崎あきら(脚本),2013,『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル』,松竹(配給)
原口智生(監督),長谷川圭一(脚本),2014,『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル ウルトラ怪獣⭐︎ヒーロー大乱戦!』,松竹(配給)
坂本浩一(監督),小林雄次ほか(脚本), 2015,『劇場版 ウルトラマンギンガS 決戦!ウルトラ10勇士!!』,松竹メディア事業部(配給)
武居正能(監督),中野貴雄(脚本),2019,『劇場版 ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』,松竹(配給)

漫画

城平京(原作),片瀬茶柴(漫画),2015-(未完),『虚構推理』,講談社
岸本斉史,1999-2015,(発行期間),『NARUTO』,集英社(出版社)
萩尾望都/光瀬龍,2022,『百億の昼と千億の夜 完全版』,河出書房新社

テレビアニメ

伊達勇登(監督),大和屋暁ほか(脚本),岸本斉史(原作),2002-2007(放映期間),『NARUTO』,テレビ東京系列(放映局)
伊達勇登ほか(監督),吉田伸ほか(脚本),岸本斉史(原作),2007-2017(放映期間),『NARUTO疾風伝』,テレビ東京系列(放映局)

小説

城平京,2015,『虚構推理』,講談社文庫
小林泰三,2014,『百舌鳥魔先生のアトリエ』,角川ホラー文庫(『ショグゴス』)
小林泰三,2018,『ウルトラマンF』,ハヤカワ書房
梅原克文,1998,『二重螺旋の悪魔(上)』,角川ホラー文庫
梅原克文,1998,『二重螺旋の悪魔(下)』,角川ホラー文庫
梅原克文,1993,『二重螺旋の悪魔 上』,朝日ソノラマ
梅原克文,1993,『二重螺旋の悪魔 下』,朝日ソノラマ
小林泰三,2001,『ΑΩ』,角川書店
光瀬龍,2010,『百億の昼と千億の夜』,ハヤカワ文庫
山田正紀,1975,『神狩り』,早川書房
山田正紀,2005,『神狩り2 リッパー』,徳間書店
山本弘ほか(著),2015,『多々良島ふたたび』,早川書房(小林泰三,『マウンテンピーナッツ』)

参考文献

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現代位相研究所/編,堀内進之介ほか/著,2012,『統治・自律・民主主義 パターナリズムの政治社会学』,NTT出版
沢登俊雄/編著,1997,『現代社会とパターナリズム』,ゆみる出版
真野隆也,1995,『堕天使 悪魔たちのプロフィール』,新紀元社
森瀬繚,2014,『いちばん詳しい「堕天使」がわかる事典 サタン、ルキフェルからソロモン七二柱まで』,SBクリエイティブ
森肇,1995,『カオス 流転する自然』,岩波書店
丹波敏雄,1999,『数学は世界を解明できるか:カオスと予定調和』,中公新書
米沢富美子,1995,『複雑さを科学する』,岩波書店
鈴木炎,2014,『エントロピーをめぐる冒険 初心者のための統計物理学』,講談社
室田武,1983,『君は、エントロピーを見たか?』,創拓社
ジェレミー・リフキン/著,竹内均/訳,1990,『エントロピーの法則 地球の環境破壊を救う英知』,祥伝社
戸田盛和,1999,『ソリトン,カオス,フラクタル,非線形の世界,物理読本』,岩波書店
1994,『岩波講座 現代の物理学 第15巻 散逸構造とカオス』,岩波書店
杉本大一郎,1985,『エントロピー入門 地球・情報・社会への適用』,中公新書
都田潔/著,2009,『自己組織化とは何か 自分で自分を作り上げる驚異の現象とその応用 第2版』,ブルーバックス
高水裕一,2020,『時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて』,ブルーバックス
アリ―・ベン=ナイム(著),小野嘉之(訳),2015,『エントロピーの正体』,丸善出版
1994,『岩波講座 現代の物理学 第5巻 場の量子論』,岩波書店
1992,『岩波講座 現代の物理学 第10巻 素粒子物理』,岩波書店
吉田伸夫,2020,『時間はどこから来て、なぜ流れるのか?最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」』,ブルーバックス
松浦壮,2017,『時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体』,ブルーバックス
シュレディンガー(著),岡小天(訳),鎮目恭男(訳),2008,『生命とは何か』,岩波文庫


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