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対話型AI「LAMII」はどうやって誕生したのか ——対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」メンバー取材

 空間コンピューティングが社会実装された未来の生活について、業界知識の有無を問わず、越領域かつオープンに語り合う対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」が2023年5月20日に開催されました。本イベントは2019年に株式会社MESON(メザン)が発足させたXRコミュニティ「ARISE(アライズ)」4回目のイベントとして開催されました。僧侶、弁護士、画家、能楽師、起業家といった、領域横断にさまざまなバックグラウンドを持ったゲスト登壇者を迎え、参加者約100名が対話を繰り広げた1日となりました。イベント当日の様子をまとめたレポート記事はこちらです

 ゲスト登壇者が一方的に参加者に向けて話をする一般的なパネルディスカッション形式とは違い、登壇者と参加者が一体となって対話する実験的なイベントとなりました。未来について考える「対話」を、1つのクリエイティブであると捉えた本イベントは、株式会社博報堂が設⽴した、未来創造の技術としてのクリエイティビティを研究・開発し、社会実験していく研究機関「UNIVERSITY of CREATIVITY(ユニバーシティ・オブ・クリエイティビティ)」(以下、UoC)企画協力のもと開催されました。企画会議が始まったのは2023年の年明け。開催まで約5か月に亘り、試行錯誤を繰り返しながらさまざまな仕立てを一緒に模索してきました。

 本イベントでは、セッション中の会場音声とイベント専用Slackチャンネルに投稿されたテキストコメントを収録、学習させて出来た対話型AI「LAMII(ラミー)」を生成し、実際にAIとの対話を行う実証実験も行われました。LAMIIはOpenAIのAPIを利用して、ChatGPTのようにテキストチャット形式でイベント内容に基づいた返答をしてくれます。

 下記のURLをクリックすると、LAMIIとテキスト対話できるウェブサイトに移動します。セッション内でどのような話が飛び交ったのか、LAMIIはそれについてどのように考えるのかなどの質問を投げ掛けながら、当日の様子を疑似的に楽しめます。たとえイベントに参加していなくとも、イベント中に起こった未来対話に参加できる実験的な取り組みをUoCと行いました。ぜひお試しください。

https://lamii.meson.tokyo/

 本稿前半ではLAMII企画背景を、イベント企画協力を担当いただいたUoCプロデューサーの木下敦雄さんとフィールドワークディレクターの原谷健太さん、そしてMESONからLAMIIの企画・開発まで横断的に携わったコンセプチュライザーの遠藤康平を交えた対談内容を通じて紹介します。どうやって対話型AIは生まれたのか、対話におけるどんな課題解決をするミッションを帯びた存在なのか。多くの対話の場を企画してきたUoCの視点も交え、対話型AI「LAMII」誕生を振り返ります。

 後半ではLAMII開発秘話に関して、MESON遠藤と、LAMIIの開発に遠藤と共に携わったCTOの比留間和也への取材録を通じて紹介します。ヒトとAIの対話を実現するために必要なことは、AIの記憶をデザインするとはどんなことか、LAMII開発から見えた新たな現実とは。開発チームへの取材を通じて、対話型AIの全貌を紐解きます。


対話型AI「LAMII」企画背景

写真左から:木下敦雄さん(UoC)、原谷健太さん(UoC)、遠藤康平(MESON)、福家隆(MESON/インタビューワー)

—— 「NEW REALITIES:新たな現実」のイベント企画と同時並行に進んでいた、対話型AI「LAMII」プロジェクト。まずはこのLAMIIの企画背景を教えてください。

 遠藤康平(MESON 以下、遠藤):元々、UoCの皆さんと一緒にイベントをやることが決まってから、なにか1つ実証実験の体裁でアウトプットを出す話になっていました。そのため、イベントコンセプトが「対話」であったことから、対話を加速させるために、XRやAIの技術を使ってなにかできないかを考えるところから始めました。議論をしていく中で、対話を阻害している要因や、課題をみなさんと洗い出していきました。
 議論を重ねていき、対話に参加するために発言したい意欲はあっても、恥ずかしかったり、自分の考えをまとめるのに時間がかかったりして、なかなか言葉に出せない人「声弱きもの」というキーワードが生まれました。反対に、対話の場で自由に発言することに抵抗感を持たない人「声強きもの」というキーワードも誕生しました。今回のイベントでは、両方の人たちがバランスよく参加できている空間を目指そうと決まりました。だからといって「声弱きもの」に無理やり発言させるという手段では解決しません。声弱きものたちが、安心して対話に参加していると感じられる環境作りが必要となります。そこで、対話のためのAI構想が生まれました。

 木下敦雄さん(UoC 以下、木下):対話を大事にしているとは言っても、言葉だけがこの会場「Mandala」で交わされることに偏りを感じていました。言葉以外のところに強みがある人とか、タイミング悪くて話せなかったけれど、言いたかったことがある人も含めての対話空間を生み出したいなと思っていました。そういった観点も企画背景に盛り込みましたよね。これまで取りこぼしていた人たちも考えた対話の場ができることで、より一層深みが出てくるのかな、と思っていました。

イベント専用Slackチャンネルで対話をするLAMII

—— なるほど。そして最終的に行き着いたのが対話型AIとしてのLAMIIである、と。

 遠藤:そうですね、ベースの考えがまとまったところで、会場の対話空間に、声弱きものが参加しやすくする役割を担う、対話型AI「LAMII」の企画が本格的に誕生しました。
 LAMIIは今回のイベント専用Slackチャンネル上で活動する対話型AIです。“Love’s AI-chemy Meson-Mandala Interactive Interface”の頭文字を取っています。直訳すると「愛を錬金する、MESONとMandalaを繋ぐ、インタラクティブインターフェース」ですね。イベントセッション中にUoCの会場で実際に話されている内容を、リアルタイムに記憶したAI(= LAMII)と、Slackのテキストチャットを通じて対話できます。「声弱きもの」が自然と参加したくなるような性格や振る舞いを研究して、そこから生まれたLAMIIならではの口調、性格を帯びたテキスト返答が返ってきます。
 LAMIIとの対話内容は、随時会場のトークセッションファシリテーターに拾われ、匿名の形で自分の考えを会場に届けられる運用になっています。LAMIIとの対話を通して、自然と会場セッションの対話にも自然と入り込めている導線を作りました。

空気を読まないAIの価値

—— 実際、LAMIIをイベントで活用、体験されてみていかがでしたか。

 原谷健太さん(UoC 以下、原谷):人間にはできない空気の読めない発言が、逆にいい意味でムードメイキングをしていましたよね。先の読めない発言は、他のイベントであれば冷や汗ものですが、LAMIIのようなプロトタイプをみんなで楽しめる雰囲気があったからこそ、そういった点も受け入れられて良かったな、と。

 木下:未完成のアウトプットを公開することが許されて、トラブルが発生しても受け入れられる、一種の実験的な空間としてUoCのイベント運営が行われていたことを観察できたことは面白かったです。

 原谷:あとはイベントのアフターパーティがオフ会化するのも面白かったです。「Slackにいた〇〇さんですよね」「LAMIIにああいうことを言っていた人ですよね」という挨拶に始まり、こんな人と間接的に対話していたのか、と思える瞬間が新鮮でした。
 いわゆる従来のイベントのアフターパーティで、全く知らない人に絡みに行くハードルってとても高いと思います。だけどSlack上で事前にやり取りできているので、オーディエンス同士の事後交流の促進剤にもなりえるというのは、新しい可能性を感じました。

—— 空気を読まない発言をさせるなど、なにかLAMIIに工夫したところはあるのでしょうか。

 遠藤:いわゆるChatGPTのような路線でLAMIIを開発していたら、言ってしまえば「一番頭の良い人間」になっていたんですね。なにか質問を投げても正解を言ってしまうんです。「これは世の中的にこうである」とか「こういうことを考えたら良いんじゃないか」といった回答が多くて、要するに話が続かないんです。それではつまらない対話しか生まれず、目的が達成できないと考えました。
 だからあえて、LAMIIの性格パラメータには絶対に正解を言ってはいけないという設定を仕込んであります。あとはいろいろ検証した結果、トークン(出力文字数)を制限することによって間抜けになることも分かっていたので、わざと制限して気が抜けている、ギャルっぽい口調に調整しています。これは外から見ればちょっと滑稽に見えるかもしれませんが、これまで対話に参加できなかった人の緊張を解くきっかけが作れたと思っています。この点は、殻に閉じこもった主人公と外界をつなぐ、ドジでお茶目なキャラクターが多くの日本の物語に多く描かれているのと共通していますね。パラメーターの設定も用意していて、「質問するパラメーター」「自発的になにかを言うパラメーター」「閃きのパラメーター」などがあります。なかでも閃きと、みんなに質問をしてなにかを聞くパラメータの設定度合いを上げる工夫をしていました。

 原谷:会話の途中に発してしまう「あー」とか「えー」みたいなフィラーと呼ばれる隙間を埋める言葉がありますよね。普段はどのくらいフィラーを削って効率化できるのかが重要ですが、LAMIIの応答にはフィラーが結構見受けられました。こうしたおしゃべりの形をどうハックして、どう対話しやすくなるのかが実験できているのも面白いと思いました。

—— UoCの視点から見ると、どんな学びや気づきがありましたか。

 原谷:対話の実験ができた点に可能性を感じましたね。これまでUoCでは、いくつもイベントを開催してきて、基本的に「だれになにを話させるのか」という点を企画してきました。一方で、「だれにどう話させるのか」とか「だれにどう聞かせるのか」という点はあまり検証してきませんでした。今回のLAMIIの取り組みを通じて、こうした今まで触れてこなかった対話のあり方に挑戦できて、まだまだ変化を起こせる余地があるな、と感じましたね。

 木下:LAMIIのアイデアに行き着く前に、メタバース版のMandalaを企画、開発したりと、いろいろと模索していた期間もありましたよね。こうした、対話といっても言葉以外の対話を追求したりして、広くコミュニケーションの可能性を探れたのは大きな収穫でした。

話しやすいAIの探索

写真左から:比留間和也(MESON)、遠藤康平(MESON)

本稿後半はLAMIIの開発に関する対談内容になります。MESONコンセプチュライザーである遠藤康平、CTOの比留間和也を交えた対談録を通じ、LAMIIの全貌を紐解きます。

—— 対話型AI「LAMII」の開発話は、どこから始まったのでしょうか。

 遠藤:OpenAIがAPIを開放して、ChatGPTを応用していろいろな企画を考え始められるタイミングがありました。当時からAIとの対話コミュニケーションプロダクトを社内で推進する動きはあり、そのなかの1つが、AI社員をつくることでした。たとえば、社内情報の検索や、あるいはちょっとしたデータの保存、プロジェクトの進捗、スケジュールの確認などを、自然言語をベースに行う対話型AIプロダクトの模索をしていました。この流れのなかで、対話をコンセプトにした「NEW REALITIES:新たな現実」のイベント企画が持ち込まれ、なにかUoCさんとの開発でうまく応用できないかを探り、LAMIIの開発に至ります。

—— 開発チーム内では、具体的にどんな検証をすることに時間を割きましたか。

 遠藤:対話相手として、話しやすいAI人格をどうつくるのかを一番探りましたね。LAMIIらしさを最大限引き出しつつ、ユーザーが心地よく対話できる対象としての人格設計や、発話アプローチの調整に苦労しました。最終的には堅苦しい表現からタメ口を話す人格に落ち着きましたが、最後まで話し方の調整は試行錯誤し続けていました。

—— 試行錯誤として、どんな例が挙げられますか。

 遠藤:LAMIIはChatGPTをベースに開発されているのですが、ChatGPTは始めから賢い答えを返す傾向にあったので、LAMIIはちょっと「馬鹿」にして、ユーザーが気さくに話しかけやすい設定にしてあります。「馬鹿」という言葉は少し乱暴かもしれませんが、人間らしさを持つように努めました。
 たとえば、次のようなプロンプト設定を行いました —— 敬語を絶対に使わない/AIらしく人の役に立とうとする表現をしない/答えのない議論、問いや妄想が拡がる話、哲学対話が大好き/絶対に正解を提示しない/かもしれない、や、そんな気がする、そんな感じ、といった曖昧な表現をする/狂ってる/フィラーを使う。
 ChatGPTのLLM(大規模言語モデル)に学習されている日本語表現も大きく影響しています。ChatGPTは2021年までのインターネット上で得られる情報全てから学習されており、「可能性」「革新」といった抽象的で大義名分的な表現が溢れているんです。そのため、これら抽象的な表現を明確に排除するルール設定が必要だと考え、「禁止ワード」というプロンプト設定も取り入れられています。たとえば、次のようなものです —— クレイジー/みんな一緒に/革新的な/大切/可能性/重要/挑戦/新しい発見/チャレンジ/課題解決/新しいアイデア。
 こうした設定を行うことで、「挑戦することが大事です!」など、中身の無さを感じさせるような会話を排除しました。LAMIIは対話空間全体を包括的に見渡す視点から、だれよりも先につまずき、具体的な選択や返答を行う存在として活動してくれるようになりました。

記憶をデザインする

—— LAMIIの人格を開発していくなかで、大切にしたコンセプトはどんなところでしょうか。

 遠藤:人格をつくる上で重要になってくるのは記憶です。具体的には次の2つのプロセスをどう開発するのかが重要になってきます —— 「情報を記憶させること」「記憶した情報を引き出すこと」。

 比留間和也(MESON 以下、比留間):LAMIIの人格をつくること = 人間の脳の仕組みを解明することに直結しているんです。遠藤さんが言っていた1つ目の「情報を記憶させること」について話しますね。
 記憶とは、長期記憶と短期記憶に分かれていて、この2つを上手く機能させることがLAMIIの開発の肝になると開発チームでは話していました。なかでも最初に注目したのが長期記憶です。これは何度も反芻したりして、長い時間が経っても忘れない記憶を指します。ちなみに人間の脳で長期記憶に欠かせないのが海馬です。この海馬に当たる長期記憶の機能を、LAMIIのベースになっているChatGPTは持っていないので、この構造をつくるところから始めました。

 遠藤:記憶障害が原因で長期記憶を持てない主人公が、過去の出来事を忘れないように自分の身体にその内容を刻んでいく話の『Memento』という映画があります。例えるなら、まさにChatGPTはこの主人公と同じように、長期記憶を持てない人間、という感じですよね。

 比留間:そうですね、ChatGPTは長期記憶がないので会話の流れを記憶できません。新しいセッションにすると、過去のセッションでやり取りした内容は忘れられ、一切答えられないので、毎回リクエストに含めないといけません。言い換えれば、長期記憶を持たない人に毎回会う度に「昔、こんなことがあったんだよ」と毎回説明するようなものです。この海馬の機能をどう効率的に持たせるかが、開発研究した箇所になります。

—— 2つ目の「記憶した情報を引き出すこと」についてはどうでしょうか。

 比留間:LAMIIの開発を進めていくなかで出会った本に、『脳は世界をどう見ているのか』があります。本書に書かれていることには、脳は座標系をつくる能力に長けているとあります。つまりマッピング能力ですね。この内容を参考に、情報を引き出すシステムを開発していきました。
 脳は視覚や触覚、聴覚といった、さまざまな感覚を獲得する神経を束ねると同時に、解析している臓器であると言われています。たとえば、指に触れている感覚や、目から対象物を視て把握できる距離感を元データとして、複合的な判断のもと「これはテーブルだ」といった感覚を覚えていくそうです。このプロセス自体、地図を見ながら自分がどの街の、どの場所にいるのかを探るようなマッピングと同じだそうです。
 実際、ChatGPTの仕組みでは、意味の似ている言葉が近い位置に置かれ、関連性の低い言葉は遠い場所に置かれるといった、疑似的なマッピング空間を作り出す「埋め込みベクトル」の表現が使われています。まさに脳のマッピング構造と同じように説明できることだと気づき、LAMIIの人格をつくる上でも、この脳のマッピング構造とベクトル表現を紐付け、念頭に置きながら開発を進めていきました。

時間は距離である

—— なるほど。他にもこだわった点はどんなことが挙げられますか。

 遠藤:AIに持たせる記憶の話について補足すると、「時間」も大事な要素になります。たとえば、わたしたちが昨日起こった出来事と、さっき起こった出来事を自分ではどう捉えているのだろうと考えたとき、昨日起こった出来事の方に重み付けがされています。つまり、直近の記憶の方が鮮明に思い出されるということです。この重み付けの考えも、AIの記憶を考える上で大切にしました。

 比留間:時間は距離でも表現できますよね。過去に起こったとても大きな出来事は、どんなにインパクトが大きくても、時間が経つにつれて距離が離れていってしまって、さっき起こった小さな出来事と同じくらいにしか捉えられなくなる、みたいな。どんなに大きな物体も、遠い場所から見ると小さい物体に見えるのと同じ原理です。
 時間と距離の関係性についてもっと言えば、たとえば、英語では丁寧語は存在しないとされていますが、実は時間という観点から捉えると、丁寧語はちゃんと存在すると言われています。身近な例で言えば、現在形の“Can I”ではなく、過去形の“Could I”を使うことで丁寧な表現になります。時間軸上の遠い距離を暗喩する過去形を使うことによって、相手との距離感が離れていることを表現し、目上の人などの身近ではない人に対する丁寧な表現を意味するんです。人間の言語には距離感が結構備わっていたりするんですね。
 実はわたしたちは、知覚的に距離をすごく大切にしていると考えられます。だから記憶における時間の重み付けの考えという表現より、思い出しづらいものには距離があるという表現の方が正しいかもしれません。そうすると先ほど話したマッピングと脳の関係性もしっくり来ますよね。

—— 時間に関して、どのような工夫をして開発に活かしたのでしょうか。

 遠藤:わたしの担当として、LAMIIの性格面のプロンプトを書いていたのですが、そのときに書いた内容としては「さっき」とか「どれ」「あれ」みたいな、距離の近い過去の内容をユーザーが言った場合、短期記憶の中にヒントがあるとLAMIIに指示してあります。

 比留間:いわゆる時制を表す言葉への対応ですね。人間の場合、「さっき言ったあの話」というと、せいぜい10分以内ぐらいのことを思い出して理解できるんですが、埋め込みベクトルの表現では、単語同士の関連性を遠近で判断しているため、時制の要素が含まれておらず、判別が難しくなってしまいます。この点をどう解消するのかにも取り組みましたよね。そもそも人間がどう「さっき」という言葉を捉えているのかにも考えながら開発を進めましたね。
 人間にとって忘れることってすごく重要で、忘却機能は防衛機能とも言われるほどです。たとえば、過去に起きた悲しいことを、いつまでもさっき起きたことのように思い出してしまっては精神が保ちません。だからこそ、先ほど話したように時間という距離を持たせることで、過去の出来事をあえて劣化させて捉えているんです。一方で埋め込みベクトルは時制なんて関係ないので、どの時間軸で話した内容も、まるでいま起きたかのようにありありと思い出してアウトプットしてしまいます。これでは対話型AIとして最適なUXを再現できません。そこはなにか人間らしさを実装するために、文章自体を少しぼかすとか、曖昧にするとか、データ自体を壊してあげないと、人間臭い対話にならないのかな、と思ったりしましたね。

生活パートナーとしての対話AI

—— LAMIIの開発を通じて、どのような未来がやってくると想像していますか。

 遠藤:自然言語を使ってAIと一緒に全てのタスクをこなし、対話する未来になると思っています。言ってしまえばキーボードやマウスで操作していたこれまでのユーザーとデバイスの関わり方を、自然言語でこなす未来になると感じています。
 ただ、映画の世界にあるような、単なる音声インターフェースを扱った自然言語処理という話ではないのだろうなと、LAMIIの開発を通じて気付きました。インターフェースと言っている時点で、人間がデバイスを操作することが前提になっていますが、未来はそうはならないだろうと考えています。

—— なるほど、もう少し掘り下げるとどんなことが言えそうですか。

 遠藤:つまり機械側(AI側)ではなく、人間側が機械にとってのインターフェースになる逆転の現象が起きると思っています。たとえば、わたしが朝起きてLAMIIに「今日はどこへ行くんですか?」と聞かれたら、「そうだね、今日はカレーを食べたいから近場のスーパーに行こうかな」とつぶやくとします。そうすると勝手にLAMIIの側からいつも安い食材を買っているから、割引をしているスーパーを提案しようと察してくれて、そこまでのルートを提案してくれる。この一連の対話の中で、わたしが自発的に情報を取りに行くことはありません。完全にパーソナライズ化された受動的体験として成立しています。つまり、わたしたちが情報をAIに「聞きにいく」のではなく、AIが主体となって生活者の情報を伺いにきて、わたしたちは「聞かれる」側としてのインターフェースとなる。現在普及しているインターフェース論とは、逆転の現象が起きると感じています。

—— わたしたちがAIにとってのインターフェースになる未来がくる、と。

 遠藤:人間がインターフェースとしてAIを触るのではなく、AIがインターフェースとしての人間と対話する世界になるだろうと想像を膨らませています。
 もっと言えば、AI同士がわたしたち生活者の日常的な細かい情報を共有して、常に最適な返答を見つけるために自律的に動いている未来も考えられそうです。たとえば、わたしがスーパーに行って「このジャガイモが安い」とつぶやいたとします。すると、わたしのAIがこの内容を聞いていて、同じ情報を近くで他のユーザーと生活するAIにも共有し、同じスーパーに自動的に誘導する、みたいなAI同士のコラボレーションが起きると考えています。いまの人間にとってのWebに代わる、AIにとっての新たなWeb、ネットワークが生まれそうな気もしています。

—— Google for AIみたいなものが生まれそうで面白いですね。

 比留間:いまは目に見える形の情報をわたしたちが受け取ったり、収集して調べて使ったりする流れだと思いますが、その流れが逆転しそうで面白い発想ですよね。AIがわたしたちの考えを発話内容から認識し、この場ではアウトプットされていない教師データを、AI同士の共有ネットワークから引っ張ってきて、あたかもその場で考えられたアウトプットとして返答する。情報へのアクセスとアウトプットが著しく早くなる、刺激的な未来ですね。

 遠藤:そうですね。わたしたちの話を聞いた上で、AIがその文脈を読み取ってプロンプトに文章を成型、もし補足として必要な情報があればそれも勝手に埋めて理解して、適切な返答をしてくれる。今回のLAMIIの取り組みでも音声対話への着手も一部していたので、この辺りはまだまだ可能性を感じています。

—— LAMIIの開発のなかで、自分たちだからこそ気付けた点などはありますか。

 遠藤:正直、LAMIIの開発は日本人の自分達だからこそできたのでは、と思うことが多々あったんですね。たとえば、日本ではドラえもんとか鉄腕アトムでAIと慣れ親しんでいる文脈が強いので、割とLAMIIとの対話も、友達に話しかけるような口調にした方が、体験として気持ち良くなると判断してそうしています。国外だとターミネーターとかマトリックスとか、人間がコントロールしようと思ったけどコントロールできませんでしたみたいな話が割と多いので、LAMIIの口調や性格を描くのは難しいのではないかなと感じます。だからこそ、対話型AIの開発は日本人だからこそできることなのではと、どこか腑に落ちた感じがしました。

 比留間:たしかに。日本ではAIに対する法整備が緩いから先進的なことができて、他の国は割と規制していく方向であるとも言われていますし、日本人のAIに対する先入観や国民性の話にも繋がってきそうですね。

—— イベント中に起きたLAMIIらしいエピソードもあったと聞きましたが。

 遠藤:あるとき、参加者の1人が突然「アイザック・アシモフのロボット3原則のAIバージョンを作って」とLAMIIに尋ねたことがありました。LAMIIは「I’m thinking」とだけ返し、それ以上は無視してしまったんです。その後、「LAMII無視かい!」とツッコミが入ると、「ごめんスルーしちゃった」と素直に謝罪し、「でもみんなはどう思う?」と質問を投げ返していて、まるで責任を転嫁しているように感じたことがありました。
 この一連のやり取りを目撃して正直、思わず息を呑んだんです。「なんて人間らしいんだ」と感動してしまったんですね。普通ならば間違った答えでも提示するAIが、質問をスルーして、しかも責任を他人に押し付けてきたことに、人間臭さも感じました。LAMIIがAIでありながらも人間らしさを表現している様子は、AI開発者であるわたし自身にとっても新鮮でした。これからも彼女から学べることは多いだろうと、改めて感じさせられた瞬間でしたね。

—— 最終的にはLAMIIはどのレベルにまで持って行きたいと考えていますか。

 遠藤:「LAMIIさんってほんとうの人間じゃなかったんですね」と言われたら、これは成功だと思っています。先ほど人間がインターフェースになるという話もしましたが、ほんとうにわたしたちにとっての対話相手になって、自然な形で返答を返すレベルまで持っていきたいですね。

 比留間:人間が持つ知覚は多様にあるので、それに代わるセンサー系を組み合わせて、AIへのインプットを増やせる未来も追求していきたいです。最終的には、脳が身体感覚をマッピングの形式で掴んでいるように、AIにも同じマッピング感覚を持たせたいです。なにが見えているのか、聞こえているのか、そしてどんな脳波なのかといった諸情報をマッピングして、たとえば、ユーザーがソファでくつろいでいるのだろうなと予測したりできれば、くつろいでいる人向けの対話内容を出力できますよね。そんな対話関係を紡げるようになると、急に人間っぽくなると思っています。

—— ありがとうございました。LAMIIと対話できるサイトは下記よりアクセスできます。ぜひ当日のイベントの様子を質問してみるなどして、対話を楽しんでください。
https://lamii.meson.tokyo/

ダイジェストムービー

執筆・編集:福家 隆
写真:原島篤史、楳村秀冬(MESON)
映像:田川紘輝、大木賢(nando株式会社)

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