デザインリサーチトリップにフィールドワーカーが同行して見えてきたこと
2023年6月29日〜7月2日に鹿児島県阿久根市で行われた、専修大学・上平研究室のデザインリサーチトリップに「フィールドワークの専門家」としてメッシュワーク水上が同行した。青果市場跡地の利活用を学生と地域の方が一緒に考えるプロジェクトの一環として、今回のリサーチトリップが実施され、KDDI総合研究所とメッシュワークが協力することとなった。
トリップ全体の概要や経緯に関しては、上平さんがブログにて紹介している。
フィールドワーカーの背中を見せる…?
上平さんから事前に頼まれたことは「一緒にフィールドワークをして、学生にフィールドワーカーとしての背中を見せてほしい。そこから学生は多くのことを学べると思う。」ということだった。
フィールドワーカーの背中を見せる…と言われてもどのようにすればいいのか、正直なところ最初は困惑していた。というのも、私が人類学の学生をしていた時も、「別の人がフィールドワークしている最中に同行する」という経験をしたことがなかったためである。調査法や調査実習の授業もあったが、調査自体は一人一人で行うことが基本だったので、誰かの調査に同行したことも、調査に誰かを同伴させたこともない。
私とただただ時を共に過ごすだけで学ぶことがあるんだろうか?と不安になった私は、上平研究室が使用しているコミュニケーションツール「Discord」に#水上チャンネルを作ることを依頼した。私がフィールドにおいて見聞きしたことを言語化し、参加者がリアルタイムで見ることができれば、フィールドワーカーである私が、何をどのように切り取ったのかの片鱗がみえるかもしれないと思ったためである。
フィールドワークで視点を共有する
鹿児島に着いた初日、私は鹿児島空港から阿久根市に向かう2時間の空港バスに乗っていた。2時間山の中の道をグネグネと進むので、車酔いをしてしまいなんだかふわふわとした気分で、潮の香りが強く漂う阿久根に降り立った。
鹿児島空港から阿久根に到着し、一泊目の宿にチェックインするまでの様子をフィールドノートに記述し、その記述をそのままチャンネルに載せた。一行目はこんな感じだ。
その後、上平研究室の皆さんと合流し、フィールドワークへの伴走が始まった。
学生さんが書くノートに影響があるといけないので、まとまったフィールドノートは1日目以降はあえて共有しなかったが、その時々で気になったことに関しては断続的にチャンネルに投稿していった。
後に聞くところによると、この投稿が目に入り「そのような視点があるのか」と気づきにも繋がったようだ。私自身は、自分のフォールドワークで観察したり、聴いたりするポイントを認識する契機にもなった。上の画像に関してもそうだが、人為的な痕跡を感じるモノや事柄を写真や描写としてメモにとり、そこで感じたことを書き、その感じたことをその場で少しだけ抽象化した「疑問」を記録していることがわかる。
フィールドワークに関するレクチャー
二日目の朝、学生の皆さんにフィールドワークに関して15分間、レクチャーする機会があった。そこでは主に「何のためにフィールドワークを行うか」に関して話した。
フィールドワークにおいて「新しいことを知る」ためには、どのようなふるまいをした方がより良いかを、彼らと対話しながら考えた。対話する前に、以下のようなレクチャーメモを用意した。
これらの問いを投げかけ、答えてもらい、メモの内容で補助線を引きつつ対話を行った。とても短い時間だったが、フィールドワークを行う態度に関して全員で合意ができたことはのちのフィールドノート執筆に影響があったと思っている。
その後、7月2日までのフィールドワーク全行程に同行したのち、帰路についた。
フィールドノートを巡る座談会
8月に入り、学生の皆さんが執筆したフィールドノートに関して、専修大学上平さん、KDDI総合研究所新井田さん、メッシュワーク水上の3人で語る座談会を行った。その時の様子は三者が共同で製作した冊子『阿久根に投げ込まれた11個の小石』の中に掲載された「初めて訪れた時の感情は、初めて訪れた時にしか起きない:若者たちのフィールドノートを巡る座談会」にまとめられている。
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学生さんたちのフィールドノートを一つ一つ読み、講評した。それぞれに見えている風景や捉えている事象が異なり、バリエーション豊かなフィールドノートであった。普段、論文や報告書を読むことがあっても、人の書いたフィールドノートを読む機会はあまりない。冊子にすることが決まっているため読まれることを想定している文章ではあるが、個人の観点や感情が多く記述されており、ある種の生々しさが伝わってきた。
フィールドワークに伴走して見えてきたこと
今回私は、フィールドワークに伴走し、リアルタイムで互いの気づきを共有、最後には共に経験したことを言語化したフィールドノートを読み講評した。全体を通して私が行っていたのは「視点を共有する」ことだった。
現地で同じものを見て聴いているはずなのに「気づいている」ことは、バラバラである。また、見てはいるが、それが見るべきことだと認識できず、流してしまうことも多くある。今回同じ場にいながらも、学生さんや上平さんと異なる行動をする水上の様子を提示することで「自分と他者のアンテナの違い」(上平)が明確になっていった。
メッシュワークを起業し、様々な企業や組織と協業する中で「人類学者がリサーチを担い納品する」請負型のやり方では、納品物を受け取る人々の視点や考え方へのインパクトが小さいことがわかってきた。しかし、今回のように参加者全員にとって新しい土地で、時間や場所を共に過ごし、「視点の共有」を行うと、認知の仕方やまなざし、態度からより多くのことが伝わり、インパクトが大きい。
関係者全員でフィールドワークを行い「視点の共有」を行なっていくことは、地域のことを考えるためのワークショップや、「人類学者の目をインストール」するための新たなメソッドとして応用可能であると実感するプロセスであった。
今後、上平研究室の皆さんはフィールドワークを基にしたデザインプロジェクトを進めていくようだ。どのようなデザインが生まれ、どのような「視点が共有」されるのだろうか。とても楽しみだ。(水上)