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【世界を色に例えたら】❦愛の物語❦ vol.2

渦巻く世界

学園祭の翌日、沙羅は学校に来ていなかった。もしかすると来れなかったと言う方が正しいのかもしれない。
沙羅のステージパフォーマンスは、生徒達によってXやTikTokに多数あがっていたし、Yahooの記事にもなっていた。圧倒的なパフォーマンスに素晴らしい歌声。沙羅をたたえるコメントが大半だったが、中には私と見つめあったり、涙を拭うシーンにフォーカスした切り抜きも沢山あった。

一夜にして私の立場も一変した。学校の廊下を歩くだけで注目を浴び、沙羅目当てに近づいて来る者もいた。

そんな時、担任に声をかけられた。今年の春に赴任して来た20代の岡村直人先生だ。

「高梨、学祭で一躍有名になったみたいだけど、大丈夫か?」
「あっ、はい、私は大丈夫です。それより藤堂さんは?」
「休むって連絡が入ってたな。まぁ、彼女の場合は色々言われるのも有名税だからな。」
「高梨も困った事があったら相談に来いよ。」
「はい。」

爽やかで身長180cmのイケメン、女子から絶大な人気を誇る岡村先生は、私が施設育ちだからか何かと気にかけてくれる。

結局沙羅は3日間休み、学園祭から4日目に登校してきた。
私はいつもの非常階段で、今か今かと沙羅が来るのを待っていた。

「ねぇ、心配したんだよ、大丈夫?」
「何が?」
「ネットで見たよ。歌手デビューを控えてたんでしょ。しかも極秘プロジェクトだったって。今まで歌唱シーンを封印してきたのに、学園祭での歌声が流出して対応に追われてる…って。」
「まぁね。関係各所へ謝罪行脚ってやつ?」
「沙羅、自分でもわかってたんでしょ、学祭のステージに立ったら大変な事になるって 。なのに何で?」
「何でって?杏が困ってたら何があっても助けるよ。」
「どうしてそこまでしてくれるの?沙羅が私に向ける感情はなんなの?」
「杏、大丈夫だから…、落ち着いて。不安になると早口になる癖、変わらないんだね」
「そう、それ!この前も同じ違和感があった。私の事「昔から大切な人」だとか「抱きしめてあげたかった」とか。今だって「早口になる癖が変わらない」って、前から私を知ってるみたいな言い方。私とどこかで会ったことある?」
「無いよ。でも、強いて言うならソウルメイトかな?」
「ソウルメイト?」
「ソウルメイトっていうのは魂でつながっている相手のこと。前世からつながってて、助けてくれる存在なんだって。懐かしさを感じたり何度も偶然出会ったり、相手の考えが理解できたりする。」
「そんな事って…。」
「私が杏に向ける感情がなんなのか、知りたいって言ったよね?」

沙羅は私の頬に両手を添えた。

「頭で考えないで。」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「心で応えてよ。」
「……。」
「杏の心が…、感じるままに。」

透明な世界を見ている私の心に、沙羅が現れたことによって、色んな感情が渦巻いている。その感情が、私の見ている世界に色をもたらしてくれるのかもしれない。でもまだ様々な色が渦巻いて、何色に染まるのか分からなかった。


色づき始めた世界

学園祭から1週間経ったが未だに動画はバズっている。歌はデビュー前のいい宣伝になったらしいけど、沙羅と私の関係がいつまでも憶測を呼び、一向に鎮火する兆しがない。それどころか、私を特定する者や学校で待ち伏せする者も現れた。

「心配だから送ろうか?」 

担任の岡村先生が声をかけてきた。するとそこに、横山海斗がやってきた。

「あっ、俺が一緒に帰ります。」

海斗の家庭も訳ありで、小学生の頃から私と同じ施設で暮らしている。

「そうか?じゃ、頼むよ。」
「杏、待って。私が送るから一緒に帰ろう。」
「沙羅…!?」

すると、すかさず海斗が割って入った。

「何言ってんの?あんたと一緒に出てったら火に油を注ぐだけじゃん。杏を巻き込むのはやめてくれよ。」
「海斗!」
「本当の事だろ!昨日だって施設まで押し掛けてきた奴らが騒いだせいで、杏が先生に怒られてただろ?ファンに腕掴まれて痣まで作ってさ!」
「杏、そうなの?」
「有名人だかなんだか知らないけど、杏に迷惑かけてるのはあんただろ。気まぐれで杏に近づくなよ。あんたがやってる事は他の奴らがやってる事と変わらない。」

話を聞いていた先生が口を開いた。

「藤堂、ここは横山に任せよう。帰る場所が同じなんだし。」
「何でそんなこと言うの?私の気持ち知ってるでしょ。」
「わかってるよ。でも少し冷静になれ。今回は横山に任せよう。いいな。」

えっ?何?

話ぶりと空気感が生徒と先生って感じじゃない。お互い何かを知ってる風だし。うまくいえないけど2人の距離が近すぎる。

海斗が私の手を引っ張って歩き始めたので、仕方なくついていった。振り返ると岡村先生と沙羅はまだ何か話し込んでいるようだった。
まさか、2人、付き合ってる?

次の日いつもの非常階段で、2人とも何から話すべきか迷っていたけど、先に口を開いたのは沙羅だった。

「杏、迷惑かけてごめん。大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配しないで。」
「でも…。」

沙羅はふいに私の腕を掴みシャツの袖ををまくった。

「ねぇ、杏、このアザ?」
「やめて。なんでもないから。」

私は掴まれた腕を振りほどこうとしたけど沙羅は離してくれず、そのまま沈黙が流れた。

「沙羅…?泣いてるの?」

すると沙羅は私の腕に顔を近づけ、愛おしそうにゆっくりと唇を這わせた。そんな沙羅の甘美な仕草が私の心の琴線に触れた。その瞬間、沙羅の流した涙がプリズムとなって私の世界が色づき始めた。



「感情のグラデーション」

「そうだ、沙羅のLINE教えて。私ね、施設にいてもスマホ持ってるんだ。ホントはバイトして通信料とか払わないといけないんだけど、毎月分貰ってるから って。入退院を繰り返してた母がお金を残してくれたとも思えないんだけど。」
「……、そう。」

その日の夕方、IDの交換をした私に沙羅から初めてのLINEが来た。

『今夜8時からの「フライデー ミュージック」で、TV初歌唱するの。よかったら見てね。』

そのメッセージと共に「おねだりうさぎ」のスタンプが可愛く揺れていた。

施設にはTVが1台しかない。見たい番組は多数決で決めている。しかし、「フライデー ミュージック」は人気番組だから誰も文句を言わない。

そして番組が始まり、本日のニューフェイスとして沙羅がトップバッターで紹介された。モデルの沙羅はひときわ華やかで誰よりも人目を引く。

「今日の1人目は、中高生に絶大な人気を誇るモデルの藤堂沙羅さんです。学園祭でのパフォーマンスがかなりネットで話題になってるそうですね。歌の前にファンの皆さんへ一言メッセージをお願いします。」

「はい。色々とお騒がせして申し訳ありません。私はどこにでもいる普通の高校生です。大切な友達もいます。ファンの皆さんへお願いです。大切な人が大切に思う人を同じように大切にしていただけませんか?そのかわり、皆さんに応援していただけるよう、最高のパフォーマンスをお見せします。」

そして沙羅はセクシーなラブソングを、時折甘いウィスパーボイスで切なく繊細に歌い上げた。

お茶の間で初めて見た人は衝撃的だっただろう。沙羅のビジュアル、歌唱力は共に申し分ない。歯に衣着せぬ物言いも相当なインパクトを与えた。案の定、あっという間に増えたインスタのフォロワー数がそれを物語っていた。

そして新曲は瞬く間にトレンドに入った。それだけではなく「大切な人が大切に思う人」のワードもランキング上位に入っていた。しかし沙羅のあまりにも直球すぎる発言に、コメント欄の意見は真っ二つに割れていた。

壁にもたれかかって見ていた海斗が私に近づいてきた。

「あいつとどうゆう関係?」
「どうゆうって、私にもよくわからない。沙羅は私の事を知ってるような気がするんだけど、それがなぜだかわからない。そしてどうして私のことを気にかけてくれるのかも?」
「じゃあ、杏の気持ちは?」

私の気持ち?
私は海斗に聞かれるまでちゃんと考えたことがなかった。
その時、沙羅が前に言ってた言葉を思い出した。

「世の中には言葉に出来ないことが沢山ある。心の底から湧いてくる感情を、表す言葉が見つからない事も。感情は1つの言葉で言い表せるほど単純じゃない。例えば好きから嫌いの間にはグラデーションがある。それに名前をつける事は難しい。そもそも感情や移り変わる気持ちに、名前なんてつけなくてもいいんじゃないかな。」

聞いた時は意味がよくわからなかったけど、今ならそれが理解できた。

「素敵だったよ沙羅。私の心に沙羅の心が触れた気がした。」

私は沙羅にそうLINEした。

感情にグラデーションがあるのなら、この世界の色にもグラデーションがあるのだろうか?
ふと、そんなことを考えていた。



瑠璃色の世界

次の日の土曜日、私は沙羅に指定された駅に来ていた。

「一緒に行きたいところがあるから来て欲しい。」

そう誘われたからだ。沙羅の仕事も休みらしい。

「ごめん、待った?。」
「大丈夫だよ。私も今来たとこだから。それよりこれからどこに行くの?」
「王琳動物園」
「えっ?」
「動物園嫌い?」
「うううん、好きだけど。」
「よかった。今パンダが来てるから、行こうよ。」

( 偶然は何度も重なると必然? )

「うわぁ、懐かしい。」

私は入園してすぐ声をあげた。沙羅が私を案内するように先を歩いて行く。私はついて回りながら沙羅に言った。

「大丈夫かなぁ?」
「何が?」
「沙羅は変装してるつもりかもしれないけど、そのスタイルと発するオーラで藤堂沙羅って隠しきれてない気がするんだけど?」
「キャップを被って伊達メガネ。何の変哲もないシャツにパンツ。これ以上はどうしようもないよ。」
「確かにね。」

でも、それより私にはもっと気になることがあった。

「早く行こうよ。パンダ見たかったんでしょ。」
「うん…。ねぇ、沙羅…。」
「何?」
「前に話したけど、施設でお姉ちゃんみたいに慕ってた人の話…、覚えてる?」

前を歩く沙羅がピタリと足を止めた。

「うん。覚えてるよ。」
「ここね、その葵ちゃんと2人で来た思い出の場所なの?」
「…、そう。」
「その時ね、ちょうどパンダがいなかったの。貸し出し期限が切れて中国に帰っちゃって。」
「……。」
「葵ちゃんとね、「パンダが来たら絶対また一緒に来ようね」って、約束してたんだ。」
「……。」
「それにね、沙羅が動物を見て回るルート。葵ちゃんと来た時と全く一緒なの。こんな偶然ってあると思う?」
「私にはわからないよ。」
「沙羅…、もしかして葵ちゃんのこと知ってる?」
「……、知らないよ。」
「ほんとに?」
「うん。それより早く、パンダを見に行こうよ。」

そう言って沙羅はまた歩き出した。

(葵ちゃん、今ね、葵ちゃんとパンダを見る約束をしたあの動物園に来てるよ。本当は葵ちゃんと来たかったけど、一緒に来た沙羅を見てると葵ちゃんを思い出す。葵ちゃん、今どこで何してる?会いたいよ。)

パンダ舎の前はすごい人だかりでギューギュー詰め。なのに私の周りには若干のゆとりがある。よく見ると沙羅が体を張って空間を作ってくれていた。

「ありがとう。大丈夫?」
「私は大丈夫だから、しっかりパンダ見なよ。」

沙羅のガードに助けられパンダ舎を抜けると、2人とも大きな息を吐いた。

「沙羅、苦しかったよね、ありがとう。あの場所で「沙羅」って呼びそうになって焦っちゃった。あそこで沙羅のことがばれたら、パンダより目立っちゃう。」
「かもね。それより天気が怪しくなってきたね。雨が降らないうちに観覧車に乗らない?」
「うん。」

私達はチケットを買い観覧車に乗った。すると頂上付近に差し掛かったところで雨が降ってきた。
直後に稲光がして大きな雷が鳴った。

ドーーーーン!!
ガタン、ガタン。
ゴンドラが大きく2回揺れた。

「キャーーー!!」
私は大きな声を出し頭を抱えた。

直後にスピーカーから案内が流れた。
『雷の影響で停車しました。復旧まで今しばらくお待ち下さい。』

「観覧車止まっちゃったね。よくあるマンガや小説みたい。」
「……。」
「もしかして、杏、震えてる?」
「うん。沙羅、怖いよ。」

すると、沙羅は私の隣にゆっくり移動してきた。そして自分のシャツを脱ぎ私の肩にかけると、そのまま抱きしめてくれた。

「私の温もり伝わってる?」
「うん。」
「じゃ、そのままゆっくり目を開けて、私を見て。」

恐る恐る目を開けると、目の前に沙羅の顔があった。沙羅の顔をこんなに間近で見るのは初めてだった。

「私の体が遮ってるから、外は見えないでしょ。これなら怖くないよ。」
「うん。」
「ねぇ、杏の瞳に私が映ってる。」
「えっ?」
「友達?親友?…モデル?杏にとって、私はどんな存在なんだろう?」
「友達…かな?」
「友達の先は…?」
「……好きな…人?」
「その間にある曖昧な境界線は超えちゃいけないのかな?」
「…沙羅は超えられるの?」
「杏が、嫌じゃないなら…。」
「沙羅なら、私…、嫌じゃないよ。」

すると、沙羅の顔がゆっくり近づいてきて私は目を閉じた。柔らかな唇と唇が触れた。私が少し首を傾けると沙羅は反対側に首を傾けた。そして今度はより強く唇を押し当ててきた。私の髪を愛おしそうにかきあげる沙羅に胸がキュンとなり、沙羅のTシャツの裾をギュッと掴んだ。長いキスを交わしながら、私は幸せには色があることを知った。

ガタン。ゴトン。

不意にゴンドラが動き始め、私達は唇を離した。沙羅は微笑みながら優しく抱きしめてくれていた。地上近くになると体を離し反対側の席に戻った。

観覧車から降りた頃には雨はやんでいた。紫陽花に落ちた雨粒が陽の光に反射して、瑠璃色に光って見えた。私の世界が瑠璃色に染まっていく気がした。

瑠璃色の花には「永遠の愛」「誠実」「貴方を信じている」という花言葉が込められている。

沙羅…

あなたを信じてもいいですか?
あなたを好きになってもいいですか?


なのに…

「ジュース買ってくるね。」

沙羅はカバンから財布だけ取り出し、スマホも置きっぱなしで自販機を探しに行った。その時手帳らしきものが落ちてる事に気付いた。拾ってカバンに入れてあげようとした時、偶然中が見えた。

「えっ?これって、…、私?」

それは写真ホルダーだった。写ってるのは全部私。小6、中1、中2…。1年に1枚。全ての写真にHappybirthdayと書かれている。毎年誕生日に撮った写真?
でも、なんで沙羅が私の写真を?

帰ってくる沙羅が見えた時、私は咄嗟に写真ホルダーをカバンに戻した。

その時沙羅のスマホに着信が入った。着信名が「直人くん」になっている。

「直人くん?」

どっかで聞いたような…?
あっ、担任の岡村先生。
確か岡村直人!

私は思いきって通話ボタンを押しスピーカーにした。

「沙羅、やっと繋がった。今どこにいる?迎えに行くから場所を教えて。……。沙羅…?聞いてる…?沙羅…?」

私は慌ててスピーカーから通常の通話に切り替えた。

「ごめん。今スマホが鳴って、沙羅に渡そうと思ったら通話ボタン押しちゃって。」

私が通話状態のスマホを沙羅に手渡すと、沙羅は少し離れ距離をとった。

「もしもし…、直人君?…えっ、ホントなの?うん…、うん…、迎えはいらない。今すぐタクシーで行くから…。わかった、また後で。」
「杏、ごめん。今すぐ帰らなきゃいけなくなっちゃって。これ、タクシーチケットだから使って。ホントにごめん。」

慌てて走り出した沙羅だったが、突然振り返ると私に尋ねた。

「ねぇ、着信名、見た?」
「うううん、いきなり触っちゃったから見えなかった。」
「そう。」

咄嗟に嘘をついた。
沙羅も私もお互い嘘をついている。さっきまでの夢のような甘い気持ちは、すっかり消え失せていた。

沙羅…
あなたって一体、何者なの?


To Be Continued

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