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【世界を色に例えたら】❦愛の物語❦ 最終回

体が鉛のように重い。

昨日沙羅のラジオを聞いた後、泣き疲れていつ眠ったのかも思い出せない。私は冷たい水で何度も顔を洗い頭を振った。

葵ちゃん…。

沙羅と葵ちゃんが姉妹だったなんて、どうして今まで気づかなかったんだろう。しかも事故で入院してるだなんて…。

私は意を決して沙羅に電話をかけた。
沙羅は私から電話が来る事が分かっているかのようだった。

「沙羅、私、昨日のラジオ聞いて…」

「わかってる。連絡が来ると思ってたから⋯。これから会える?」

「うん。」

私達は、ひまわりが一面に咲き誇る丘の上の公園で待ち合わせた。

待ち合わせ場所に行くと沙羅はすでにベンチに座り、私を待っていた。スマホを握り締めたり天を仰いだり、落ち着かない様子にみえた。

「遅くなってごめん。」

そう声をかけると沙羅は、ハッとして顔を上げた。

「うううん、私も今来たとこだから。座って。」

「うん。」

どう話を切り出そうかと思っていると、最初に沙羅が口を開いた。

「連絡くれたって事は、昨日のラジオ聞いてくれたってことだよね。」

「うん。」

「じゃあ今から全て話すね。」

私は手をギュッと握りしめた。

真実


「葵ちゃんと私が姉妹だって事はもうわかってるよね。」

「うん。」

「私は父と母と3人暮らしだった。ある時、父に呼ばれてこう言われたの。『お父さんは沙羅のお母さんと結婚する前に別の人と結婚してたんだ。その人とお父さんの間には子供がいる。沙羅より4つ年上で、沙羅にとってはお姉ちゃんになる人だ。』って。葵ちゃんのお母さんは病弱で、葵ちゃんを施設に預けてたんだけど亡くなったんだって。それで父に連絡が来て、葵ちゃんを引き取ることになったらしいの。」

「そう。知らなかった。」

「家に来た葵ちゃんは居心地が悪かったと思う。父は母に気を遣って葵ちゃんに話しかけもしなかったし、母は母で戸惑いも大きかったのか、いつまで経ってもよそよそしい態度だった。」

沙羅は昔を思い出し言葉を選びながら話してる。

「でもね、私は両親とは違ったの。一人っ子だったからお姉ちゃんが出来てとても嬉しかった。流石にお姉ちゃんって呼ぶのは恥ずかしくて、その頃からずっと葵ちゃんって呼んでるけどね。そんな私を葵ちゃんは可愛がってくれた。今思えば杏と同い年の私を、杏に重ねて見てたのかも知れない。」

「⋯⋯。」

「そのうち、葵ちゃんは私に杏の話をする様になった。杏の話をする葵ちゃんは嬉しそうで、その時だけは幸せそうにみえた。でもね、葵ちゃんの口から出てくるその子に私は嫉妬したの。そして、もうその子の話は聞きたくないって言ってしまった。」

「そう⋯。」

「その時ね、葵ちゃんがすごく悲しそうな⋯、うううん、絶望したっていう方が近いかもしれない。そんな顔をしたの。葵ちゃんにとっては、杏との思い出だけが生きる支えみたいなところがあったのに、唯一この家で話が出来る私に拒絶されたんだから悲しかったと思う。」

「⋯⋯。」

「それから私たちは表面上は変わらず過ごしていたけど、お互いの心の中に気まずさが残っていた。そんな時、私は葵ちゃんの日記を見つけたの。見ちゃダメだってわかってたけど、葵ちゃんの気持ちが知りたくて見てしまった。そこには私への謝罪と、葵ちゃんの孤独で寂しい気持ちが沢山綴られていた。葵ちゃんは杏を思い出す事で自分を癒し、心のバランスをとってたんだと思う。私はそれを見たとき、自分がどれだけ葵ちゃんに酷い言葉を言ったのか理解した。」

そこまで話すと沙羅は話を止め、私の顔を覗き込んだ。
そして、ゆっくり私の顔に手を近づけ涙を拭ってくれた。
その時初めて、私は自分が泣いている事に気づいた。
葵ちゃんの気持ちを考えると胸が苦しくて、どうやって息をしていいのかさえわからなかった。

沙羅は話を続けた。

「私は葵ちゃんの口から出る見知らぬ子に嫉妬した事を謝った。そして、その子の話を聞かせてくれるように頼んだの。それからは杏の話を沢山聞いた。2人の過去を辿る事で私も同じ体験をした気がした。杏の性格や癖、葵ちゃんが杏と過ごした思い出の場所や出来事。だから動物園に行ったのにパンダがいなかった事も、園舎を回った順番も杏の事は全て知ってたの。」

「だから、初めてあった気がしなかったのね。」

「うん。その頃から葵ちゃんは、杏が高校を卒業したら一緒に住みたいって言うようになった。お金を貯める為、アルバイトも頑張ってたの。杏、言ってたでしょ?スマホの使用料を毎月払わなくていいって。お母さんがお金を残してくれてるはずが無いのにって。あれね、葵ちゃんがバイト代から毎月払ってたの。」

「えっ、葵ちゃんが?」

「そう、陰から杏のこと支えたいって。だから施設の人と連絡を取り合ってたし、毎年杏の誕生日の写真も送ってもらってた。」

「それがあの写真ホルダーの私の写真⋯。」

「知ってたんだ。葵ちゃんが意識を取り戻した時に1番に見せてあげたくて、私が毎日持ち歩いてたの。」

私の知らないとこで、葵ちゃんや沙羅がそんな事を⋯。

私は涙が止まらなかった。

そんな私の手を沙羅は優しく握ってくれ、もう一方の手は私の呼吸に合わせ背中をさすってくれた。私はたまらず沙羅の胸に体をあずけた。沙羅の温もりに触れ、私は少しずつ落ち着きを取り戻した。

「沙羅⋯。」

「少し落ち着いた?このまま話を続けるね。葵ちゃんは大学に通いながら杏と住むアパートを借りる為にバイトに励んでた。そのお金がもうすぐ貯まるって時に、バイト先から帰る途中車に轢かれてしまった。私と葵ちゃんの婚約者の直人君⋯、あっ、岡村先生の事ね。私達2人は意識のない葵ちゃんの代わりに、杏を見守る事に決めたの。それが私と直人君が杏の学校にやってきた理由。」

「私の⋯為に⋯。」

すると、ひまわり畑の合間から誰かがこっちにやって来る。
そういえば昔、似たような光景を見たことがあったような⋯。
そうだ!
葵ちゃんが施設を出ていった日も、こんな風にひまわりが揺れていた。

「えっ、まさか、葵ちゃん⋯。」

岡村先生が押す車椅子に乗ってるのは、何度も夢に見た葵ちゃんだった。私は無意識に立ち上がりよろけながら駆け寄った。

「葵ちゃん、葵ちゃん、ホントに葵ちゃんなの?」

私は車椅子の葵ちゃんに抱きつき、嗚咽しながら何度も聞いた。

「杏、迎えに行くって言ったのに遅くなってごめんね。ずっとずっと会いたかったよ。」

葵ちゃんは幼い頃のように優しく私の頭を撫でてくれた。

「意識がなかった間の話を沙羅と直人から聞いた。2人ともホントの事が言えなくて、杏を不安にさせちゃったみたいでごめんね。今思えば、私がもっと早く杏に連絡をしていれば⋯。」

「うううん。そんな事はどうだっていいの。こうやって葵ちゃんに会えたんだから。それより、体の方は大丈夫なの?」

「うん、今歩行訓練してる。歩けるようになるまでもう少し時間がかかると思うけど、今日はリハビリも兼ねて外出許可をもらったの。」

私達4人は、ひまわりが一面に咲き誇る丘をゆっくりと散策しながら歩いた。

葵ちゃんは岡村先生に車椅子を押してもらい楽しそうに笑ってる。葵ちゃんが幸せそうで何より嬉しい。

私は沙羅と歩調を合わせ、時に視線を交わしながら歩いた。私がつまずきそうになると沙羅はさっと手を取り、柔らかな笑みを向けてくれる。私の心に心地よい風が吹き、沙羅の綺麗な横顔から目が離せなかった。

「なんだか2人を見てると愛し合ってるカップルみたいだね。」

葵ちゃんは何気なく言ったのかもしれないけど、私たち2人は顔を見合わせ赤面した。

「えっ、まさか2人ってホントにそういう関係なの?」

「杏、ごめん。葵ちゃんには私からちゃんと話そうと思ってたんだけどまだ言えてなくて⋯。」

私は恥ずかしさで顔を上げれず俯いた。すると、葵ちゃんは手を叩きながらこう言った。

「こんなに嬉しいことってある?私の大好きな2人が『ステディな関係』になってるなんて。」

その言葉を聞いて、私も沙羅も心からほっとした。
すると岡村先生が言った。

「今は多様性の時代だからな。お互いを思い合う2人が一緒にいるのは必然だよ。」

「直人も先生らしいこと言うんだね。」

葵ちゃんがそう言ってからかうと、みんなが声を出して笑った。

カシャーン!
カシャーン!
カシャーン!

そこへカメラのシャッター音が響き渡った。音のした方を向くと沙羅を狙った何処かの記者とカメラマンがいた。

みんなの表情が一瞬にしてこわばり動けずにいると、こちらにカメラマンと記者が近づいて来て沙羅に話しかけた。

「モデルの高梨沙羅さんですよね?そこにいるのは学園祭であなたと話題になった女子生徒と、校内で抱き合っていた担任教師ですよね?どんな関係ですか?まさか三角関係とか?」

沙羅は2人をきつく睨んだ。

「お願いです。私の大切な人たちを世間に晒すような行為はやめてください。私は何かあるたびに、自分の言葉で自分の気持ちを発信してきました。これからも必要があればそうするつもりです。隠さなきゃいけない事は何一つありません。でも、事実じゃ無いことを面白おかしく書かれるのは我慢出来ません。だから、隠し撮りみたいな真似はやめて下さい。」

毅然とした態度の沙羅に気圧され、記者たちは舌打ちをしながら立ち去った。

「私のせいでみんなに迷惑かけてごめんね。」

沙羅は私たちに謝ったけど、誰も迷惑だとか沙羅のせいだなんて思っていなかった。私は沙羅の毅然とした姿がただただ眩しかった。

私も変わりたい。
その時、そう思った。

「あのね⋯、3人に聞いて欲しい事があるの。私、葵ちゃんが言ってくれた『必ず迎えに来るから離れてても一緒だよ。』って言葉を支えに生きてきた。身寄りも頼れる人もいない私には、その言葉だけが希望だったから。葵ちゃんが居なくなってからは無機質でモノクロの世界にいるようだった。空想の世界に逃げ込んでる時だけ色のある世界にいる気がしたけど、現実に戻るとまたいつもの無機質な世界。そんな時、沙羅が転校してきたの。沙羅の真っ直ぐで毅然とした姿がとても眩しかった。沙羅はいつも私の近くにいて、今まで感じたことのない安らぎを与えてくれた。沙羅の澄んだ心が、私のモノクロの世界を透明な世界に変えてくれたの。そこから、私が見る世界に少しずつ色が付いていった。時に色を変えながら色彩豊かなものになっていった。私、分かったの。世界の色は自分次第で変わるんだって。無機質でモノクロの世界は私自身の心が作り上げたものだった。自分次第でどんな色にも変わる事に気づいたの。葵ちゃんは私に沙羅と岡村先生を繋いでくれた。1人ぼっちじゃないって気付かせてくれた。自分の殻に閉じこもり、世界から色を奪っていたのは私自身だったの。そして私はいろんな形の愛を学んだ。今私がいる世界は、みんなからもらった愛で成り立っている。そんなふうに思うの。」

葵ちゃんは車椅子を止め、両手で私の手を握ってくれた。すると沙羅と岡村先生もその上から手を重ねた。

「これからもみんな一緒だからね。」

葵ちゃんがそう言うとみんなが頷いた。。

外出時間も終わりが近づき、葵ちゃんは岡村先生と病院へ帰っていった。


私と沙羅は夕暮れのひまわり畑を並んで歩いた。

「杏、沢山のことが1度に起こったけど大丈夫?」

「うん。」

「私ね、これから杏にいろんな色の世界を見せてあげたい。過去に歩いてきた道は忘れて、これから先の道を一緒に歩きたい。色とりどりの絵の具を重ねて、私達の幸せの色を作っていきたいの。」

夕日が照らすひまわり達に囲まれながら、沙羅と私はどちらからともなく唇を重ねた。風に揺れるひまわりが私達を祝福してくれているようだった。


世界を色に例えたら


世界を色に例えたら

それは沙羅

あなたそのものだった

あなたが

私の世界に色をもたらすの

この先も⋯ずっと⋯。



THE END

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