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【世界を色に例えたら】❦愛の物語❦ vol.1

プロローグ

「必ず迎えに来るから。離れててもずっと一緒だよ。」

ねぇ、葵ちゃん?
この言葉、覚えてる?

施設で育つ私のたった一つの希望。

絶望と言うほど真っ黒でもない。ただただモノクロで色の無い世界を生きている私。その世界に彩りを与えてくれるかもしれない唯一の人。
あなたは、今どうしていますか?

高3の春、人気モデルの藤堂沙羅が転校してきた。その時から私の周りのモノクロの世界が少しずつ色付き始める。

葵ちゃんと沙羅…、どこか似てる。

沙羅が私に向ける感情に戸惑いながらも、少しずつ惹かれていく私。しかしそこには深い絆が織りなす物語があった。愛されることを知った私が見つけた色の世界とは?



モノクロの世界


春の日差しの中、隣のクラスの男子が体育でサッカーをしている。ボールを追いかける事がそんなに楽しい?こういうのを青春って言うのかな?私は授業もそこそこに窓ぎわの席で頬杖をつきボーッと外を眺めていた。

黒板に目を向けると、カリキュラムに沿った受験対策に余念が無い。進学校のうちでは当たり前の光景だ。でも大学に進学予定のない私には関係ない。

私のうちは母子家庭だった。母も身寄りのない人で私を育てるために昼夜問わずに働いた。元々体が弱かった母は程なくして体を壊し、身寄りのない私は5歳の頃から施設で暮らしている。入退院を繰り返した母も数年前に他界し、私はこの世で一人ぼっちになってしまった。自分の境遇を呪うとかそんな大層なものじゃない。物事を諦め手放す事を覚えてしまえば、感情を無にして生きられる。そんな私は、毎日モノクロの世界を生きている。世の中に無数の色が存在するはずなのに私の見る世界に色はない。そんな事を考えていたら、授業の終わりを知らせるチャイムがなり我に帰った。

私はいつものように1人お弁当を持って非常階段に向かった。
体育館脇の非常階段、ここで1人お弁当を食べるのが日課だ。友達がいるわけでもない私がクラスでお弁当を食べるのは苦痛だ。その点1人になれるこの非常階段は唯一私の憩いの場所なのだ。

「隣座っていい?」

誰も来るはずのない場所で、急に声をかけられお弁当をひっくり返しそうになった。

「あっ、えっ?」

声をかけてきたのは、1週間前私のクラスに転校してきた藤堂沙羅。彼女は中高生から絶大な人気を誇るティーン雑誌「Mon」のトップモデル。あざとかわいい系のモデルが多い中で、クールビューティな藤堂沙羅は一際異彩を放っている。何度も紙面のトップを飾り、その都度販売部数が爆上がり。1週間前に転校してきた時は、クラスどころが学校中が大騒ぎだった。彼女の一挙手一投足が、毎日注目の的なのだ。
そんな藤堂沙羅がどうしてここに?

「ねぇ、聞いてる?」

彼女はそう言うと私の横に座った。

「あっ、うん。でもどうしてここに?」

私は彼女に尋ねた。

「理由?あなたと同じでしょ。クラスのみんなが煩わしいから。」
「わ、私は煩わしいって言うより友達…いないから。」
「私もいないよ、友達。同じじゃん。」

(いやいや、同じじゃないし、何このシチュエーション。人気モデルの藤堂沙羅と私が一緒にぼっち弁当?)

驚いてると、彼女は私のお弁当から玉子焼きをヒョイとつまんで口に入れた。

「知ってるかもしれないけど、私、藤堂沙羅。あなた、高梨杏さんだよね。」

玉子焼きとトレードのつもりなのか、自分のお弁当の唐揚げを私のご飯の上に乗せ彼女は言った。

「私の事は沙羅って呼んで。よろしく、杏。」

呆気に取られる私に、沙羅は握手を求めてきた。私はしばし見とれていたが彼女に「ほらっ。」っと促され我に返った。

これが私達の出会いだった。

次の日からも非常階段で沙羅と一緒にお弁当を食べた。同じクラスだからといって連れ立って行くわけでもなく、お互いが別々に非常階段に向かった。取り立てて何を話すわけでも無いのに、沙羅との空間は居心地が良かった。それが何故なのか不思議だったけど、毎日お昼休みを楽しみにしている自分がいた。

ある日お昼を食べ終わりトイレに行くと、嫌なグループと鉢合わせてしまった。隣のクラスの山田瑠衣をリーダーとする3人組だ。瑠衣は私が気に入らないのか、何かとイチャモンを付けてくる。だから極力会いたくなかったのに。案の定、手を洗っている私に瑠衣が体をぶつけてきた。そのせいで私の体は一瞬よろめいた。

「ねぇ、邪魔なんだけど。」
「あっ、ごめん。」

何も悪くないのに私は咄嗟に謝っていた。

「あんた、施設にいるくせに生意気だよね、!また校内模試で10番以内に入ったんだって?どうせ大学にも行けないんでしょ。勉強してどうすんの?いい子ぶって目障りなんだけど。」

周りの視線が痛い。みんなが私達を見て見ないふりしている。その時個室のドアがゆっくりと開き沙羅が出てきた。

「ごめんねぇ。私もモデルが忙しくて、大学に行くかわかんないけど、10番以内に入ってたみたい。それに、これ言っていいのかなぁ?山田さんの事、成績が落ちてカリカリしてるし、援交相手ともトラブってるって。これ話してたの友達だよね?トイレでの噂話ってさぁ、誰に聞かれてるかわからないから、気を付けた方がいい…って教えといてあげたら。友達ならね。」

瑠衣は私達を睨みつけると、何も言い返さず、真っ赤な顔をして仲間と共に出ていった。

放課後、私は誰もいないとこで沙羅に言った。

「さっきは助けてくれてありがとう。でもこれでよくわかったでしょ。私と一緒にいないほうがいいよ。」
「どうして?」
「私と一緒にいると変な噂立てられたりハブられたりするから。」
「なぁんだ、そんな事?気にしないよ。モデルの世界でハブられるのなんて日常茶飯事。なんなら私達が仲いいって見せつけてやればいい。ねぇ、今から一緒に帰ろっ。」

沙羅はそう言うと2人分のカバンを持ってスタスタと歩き出した。私は慌てて後を追った。

沙羅は身長170cm、しかも小顔で9等身。そのスタイルだけでも目立つのに、顔は華やかでクールビューティ。なのに時折キュートな笑顔を振りまくものだから、誰もがそのギャップにやられちゃう。そんな沙羅を間近で見たらどうなるか?女子は歓声を上げ、男子は熱視線を送る。どれ程人目を集めるか想像がつくだろう。

その沙羅が仲良しアピールの為にワザと私の肩に手をかけたりするものだから、皆の視線がハンパなく痛い。私は注目されて体がカーッと熱くなり、顔が火照るのがわかった。

「ねぇ、沙羅、みんなが見てるよ。ここまでしなくても」
「これくらいでちょうどいいよ。明日には噂になってるね、きっと。」

沙羅は私の肩に手を回したまま耳元に顔を近づけ、そう囁いた。それを見ていたみんなから悲鳴にも似た歓声が上がった。

次の日学校に行くと、案の定、沙羅と私の話で持ちきりだった。私のことを羨望の眼差しで見る者、嫉妬心むき出しで見る者、半々だった。

いくつかの写真はXにも上がっていた。沙羅と親密なこの子は誰?って。
私は仕事に影響がないのか尋ねたけど、彼女は全く気にもとめていなかった。

「あのね沙羅。私、昨日みたいな、ああいうのはもう…。」
「迷惑だった?」
「ううん、迷惑だなんて。私の為にしてくれたのはわかってる…。でもね、私、極力目立ちたくないの、ごめん。」
「もっと自分に自信持って、堂々としてればいいじゃん。」

2人の間に沈黙が流れた。

「沙羅は私の事何も知らないでしょ。私がどんな人間でどんな生き方をしてきたのか。沙羅みたいに華やかな生き方してる人には、私の気持ちは分からないよ。そもそも、どうして私に構うの?」

私は多少の苛立ちと、今までの疑問を沙羅にぶつけた。
すると、沙羅の左手が優しく私の頬に触れた。

「ずっと昔から、杏は私の大切な人だから。」
「知り合ったばかりなのにどうゆう意味?私の事からかってるの?」

しかし私を見つめる沙羅の眼差しは、からかってるようには見えなかった。そして、その瞳の奥はどこか遠くを見つめてるようなそんな気がした。
すると、沙羅はゆっくり私を引き寄せ優しく抱きしめた。

えっ。何?何?
私が戸惑っていると沙羅は

「杏の事…、ずっとこうして抱きしめてあげたかった。」

そう言うと柔らかな指先で私の髪を優しく撫でた。

昔から大切な人?
抱きしめてあげたかった?

何?何?どうゆう事?
沙羅に抱きしめられて、私は心臓がバクバクしてる。でも沙羅といると、どこかしら懐かしさを感じるから不思議だ。この感情がどこから来るものなのか自分でもよく分からなかった。


学園祭

うちの学校は、学園祭は秋ではなく6月に行われる。今年もそろそろ各クラスともに準備に取り掛かるらしい。学園祭は最も盛り上がる学校行事の1つで、気合いが入るイベントだ。出し物や模擬店に各クラス共に力が入る。そして、それとは別に有志によるバンドや劇などの参加者も募集している。勿論ぼっちで目立たない私には関係ないと思っていた。しかしそんな私に予想外の事態がおきた。

「ねぇ、うちら学祭でバンド演奏するんだけどギター弾いてよ。」

声をかけてきたのは天敵の山田瑠衣率いる3人組。トイレでの出来事があって以来、顔を合わせてなかったのになんで?

「え?私、ギターなんか弾けないよ。それに、なんで私なの?」
「この前喧嘩みたいになっちゃったからさぁ、まぁ、仲直りの意味も込めてうちらのバンドに入ってよ。」
「え、でもギターなんか無理だよ。弾いたことないもん。」
「大丈夫。簡単な楽譜用意しといたから出来るよ。いつまでも仲悪いとか噂されるの嫌だしさぁ、こっちから妥協してるんだから、いいよね?」

ここまで言われると引き受けるしかなかった。

「よかった。じゃあこれ楽譜ね。ギターは音楽室から借りられるようになってるから、練習しといてね。」

言いたい事だけ言うと、瑠衣達は去っていった。

それから私はもらった楽譜で毎日ギターの練習をした。みんなの時間が合わないからと音合わせすることもなく個別練習のみ。私はとても不安だった。

学園祭まであと1週間を切った時、沙羅は言った。

「ねぇ杏、瑠衣達やっぱりおかしくない?だってバンドなのに1度も音合わせしないなんて変だよ。そもそも瑠衣達が杏を仲間に入れるなんて、どう考えてもおかしいって。」
「私もそう思うけど、とにかく練習だけはしておかなきゃ。」

そうこうしているうちに、1度も音合わせをすることなく学園祭当日を迎えた。
私が瑠衣のクラスに行くと、彼女達3人は模擬店で楽しそうに焼きそばを焼いていた。

「ねぇ、私達2時頃の発表でしょ?1度も音合わせしなくていいの?そろそろ準備しないと…。」
「大丈夫、私達も間に合うように行くから心配ないって。杏こそ遅れないでよ。」

瑠衣はそう言うとあっちへ行けとばかりに手で促した。私は不安な気持ちを抱えたまま仕方なくその場を離れた。その時、私達の姿を沙羅が物陰から見つめていた事に、私は全く気づいていなかった。

私は言われた通りにステージ袖で後の3人が来るのを待っていた。自分達の出番まであと一組。

このまま3人が来なかったらどうしよう?
その時、瑠衣がやってきた。

「杏、ごめんね。私達3人焼きそばを焼いてたら熱中症になったみたいで、ステージに出られそうもないの。ホントにごめん。」

そう早口で言い残すと、瑠依は走っていった。

その時やっと気づいた。私、騙されたんだ。最初からおかしいと思っていたけど、まさかこんなことになるなんて。私はどうしていいかわからず体が震え出した。前の組の演奏が終わり拍手が鳴っている。

「次は3年生によるガールズバンド、チェリーの皆さんです。どうぞ。」

1人じゃ何も出来ない、万事休すだ。へたりこもうとしたその時、誰かが私の腕をつかんで舞台に引っ張り上げた。

えっ、何、何、誰?

私は掴まれた腕を見ていたが、顔を上げた。するとそこにいたのは沙羅だった。

会場中から割れんばかりの歓声があがり、無数のフラッシュがたかれる。雑誌のトップモデルでインスタのフォロワー数10万人を超える藤堂沙羅が、学園祭のステージに上がってるんだから大騒ぎになるのは当然だ。

「沙羅、どうして?」

沙羅は私の問いには答えず、会場の1番前の席の女子に声をかけた。

「悪いんだけどその折りたたみ椅子、1つ貸してくれない?」

沙羅から急に声をかけられた女子は真っ赤になりながら、言われた通りに椅子を折りたたむとステージ上の沙羅に渡した。沙羅はその椅子を広げて自分の横に置くと私に言った。

「大丈夫だから、ここに座ってて。」

私は言われた通りに座った。沙羅は私が持ってたギターを掴むと自分の肩にかけマイクを確認し会場を見渡した。そして一呼吸置いて話し始めた。

「は~い、皆さん、藤堂沙羅です。チェリーのメンバー4人の内3人が体調不良になったので、唯一残った高梨杏さんと私でパフォーマンスします。みんなー、一緒に盛り上げてくれるよねー。よろしくー。」

そういうと、沙羅はギターのチューニングを始めた。私は何が何だか分からずただぼう然としていた。

「何の曲がいいかなぁ?う~ん、私の好きな曲でいーい?」

沙羅は自分のマイクを会場のほうに向けアンサーを求めた。会場と一体化するパフォーマンスは流石だ。すると会場中から大きな拍手がおこり指笛が鳴った。



Daylight

「じゃあ、私の大好きな曲で、テイラースウィフトのDaylightを歌います。」

私は胸がドクンと鳴った。葵ちゃんが大好きだったテイラースウィフト。それを沙羅が?

沙羅は続けた。
「他には何も見たくない、私はあなただけを見ていたいから。他には何も考えたくない。あなただけを想っていたいから。20年もの間、私は暗い夜を眠り続けていたけど、今、目覚めるの…。そして、陽の光を見ている、その陽の光だけを…。陽の光だけが見える、その光にただ進んで行く。陽の光の元に1歩踏み出そう。そして全てを解き放つ…。簡単に言うとそんな曲です。」

さっきとは打って変わって朗読のようなその言葉に、会場中のみんなが静かに聞き入っている。
そして沙羅はゆっくりギターに手をかけると歌い出した。

「My love was as cruel as the cities I lived in
Everyone looked worse in the light」

沙羅が歌い出すと会場中が一斉に静まり返った。その伸びやかで圧倒的な歌声に皆が息を飲んでいる。魅力的な声質にネイティブな英語の発音。沙羅の多彩な才能に会場中が驚いている。そんな沙羅に無数のフラッシュがたかれ、同じステージにいる私はただただ圧倒されるばかりだ。沙羅は感情豊かに歌いながら、時折切ない表情を私に向ける。私にラブソングを歌ってくれてるんじゃないか?そんな錯覚をしてしまいそうだ。私は瑠衣に騙されたショック、ピンチを救ってもらい安堵した気持ち、そして沙羅への言葉に出来ない複雑な感情、それらが入り混ざり涙が溢れた。

涙を流す私を見た沙羅はもう会場に目を向けてはいなかった。ただただ私を見つめ、私に向けて歌ってくれてる。沙羅を見つめる私もきっと切ない表情をしていたことだろう。でも、なんだろう?沙羅の甘い歌声、切ない表情が私の記憶に呼びかける。

歌い終わった沙羅はギターを置くと両手で私の頬の涙を拭ってくれた。

「キャー!やめてー!触らないでー!」
「その子誰なのー?」

それを見た女子の悲鳴が至る所から上がったが、沙羅は素知らぬ素振りだった。

「みんなーーー!楽しんでくれた?聞いてくれてありがとうー。」

そう言い残すと沙羅は私の手を引きステージを降りた。

「葵ちゃん…、離して。」
「えっ?今私の事…、葵ちゃんって呼んだ?」
「ごめん。一瞬、沙羅が葵ちゃんに見えて…。」
「葵ちゃんって…?」
「葵ちゃんは私より4つ年上で、引き取られるまで私と同じ施設にいたの。今でもホントのお姉ちゃんだと思ってるくらい大切な人なの。」
「それで、今、その人は…?」
「今は…何一つ分からない。」

私はハッとした。
沙羅が歌ってる時に感じてたのは、葵ちゃんだったんだ。

私は聞きたいことが沢山あったし、何よりちゃんとお礼が言いたかったのに、沙羅は私の手を離すとすぐにどこかへ行ってしまった。そしてその後、何処を探してもいなかった。


透明な世界


この時私は「モノクロの世界」から濁りが消え、「透明な世界」に変わっている事に気づいた。沙羅が私の感情を揺さぶったから?私の世界は、これからどんな色に染まるんだろう?

しかし、学園祭での出来事が沙羅を窮地に陥れる事になるとは、その時の私は思ってもみなかった。

To Be Continued

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