家事と土木

 建築業界に勤めている。最近、社内で回ってきた雑誌に「土木の魅力を発信しよう」みたいなことが書かれていた。たいていの人には関係のない話題だけど、この動画を見て思うところがある。

サムネイルのお兄さんは、列車のトンネル工事を担当した人。この工事が人々の生活に深く関わっていて……というお話。

 土木というのは 人間の生活のあらゆるところに関わってくる
 そのわりにはね そんなに世の中から評価されてないねと

by 動画に出てくるおじさん


 インフラの仕事、社会を根底から支える仕事はどれも地味だ。地道な積み重ねの必要な世界だから、才能ひとつでのし上がれるような華やかさはない。すぐに結果が出るわけでもない。でも誰かがやらないと、社会は回らない。
 
 大切な仕事なのに、いまいち世間から評価されない……。
 動画に出てくるおじさん(土木学会のトップ)の言うこともわかる。
 
 でもなあ。資本主義社会ってそうなんだよな。誰かの欲望を刺激して「あなたにはこれも足りない、あれも足りてない。そのままでいいんですか?私たちならその欲望、満たせますよ!」って人が、派手に稼いでいく世界。
 
 「稼ぐ人間に価値がある」という、ものの見方。根本にこれがある限り、インフラ業界への評価の低さも変わらないのかもしれない。それは、家事(介護や育児)に対する視線と似ている。
 
 「稼ぐのが偉い」が高じると「家事や育児はカネを生み出してない」「よって偉くない」みたいな世界観ができあがる。でもどれも人間の生活を支える営みだ。一種の労働であることに変わりはない。
 
 生活空間を清潔にたもち、衣服を整え、食事を用意する。お金を稼ぐ一般の「労働」は、そういう影の営みに支えられて成り立つ。「カネがすべて」の世界で生きてしまうと、そういう生活の根本へのまなざしがおろそかになっていく。
 
 一円にもならなかったとしても、人の生活を支えるのは尊いこと。どんなに資本主義社会に染まったとしても、ここの一線は守りたい。
 
 この「土木がいまいち評価されてない」話、掘り下げると深い話なんじゃないかな……。
 
 父親もかつて土木の世界で働いていた。別にこの業界に憧れたからではない。父の父が「おまえ土木はいいぞ。絶対に仕事がある。喰いっぱぐれることはない」と力説するので、それならというので大学の進路を決めた。
 
 なるほど仕事はある。必ずある。いかんせん「キツい」「過酷」というイメージのもと、そもそも人が集まらない。経験がモノをいう世界だから、いきおい年功序列になる。「若いうちに一発あてて成り上がってやる」みたいなガッツのある人は避けるだろう。
 
 それでも地道にやっていれば、いつか社会と関わる大きなプロジェクトも手がけるようになる。それは文字通り、ひとびとの生活を変える。自然災害のときに一人の死者も出さなくなり、毎日の通勤の快適さを段違いにする。海を超えて道をつくり、移動の自由をつくり出す。
 
 そのへん、馬鹿にしたらいけないと思うよ。特に鉄道なんかの、移動に関わること。これはダイレクトに「土地を行き来する自由」に直結する。そもそも道のないところを、人は往来できない。道があるということは、そこを通ってどこかに行ける自由を手にすること。
 
 余談だけど、秋田と東京を結ぶ「秋田新幹線こまち」にはずいぶん救われてきた。飛行機は、空港までの道のりが非常に遠いせいで辛かったのだ。駅to駅で済む移動は、すごい楽だったんだよな。
 
 あれもまた、自分の生活を支えてくれた大きな仕事だった。帰省のたびにお世話になったね。
 
 土木屋さんがめちゃめちゃ稼げるかというと、そんなことはないのだけど、社会を支える仕事は大事。インフラは尊い。この視点を忘れたくない。それは社会を支えるすべての仕事への視線とつながっている。
 
 家事と土木。遠いようで、根本は実は似通ってるんじゃないかなって思って。


画像引用元 https://www.thesocialbyte.com/2023/06/16/campaign-of-the-week-hey-chatgpt-finish-this-building/

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。