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売れるコンテンツの生み出し方(書評)表現したい人のためのマンガ入門 しりあがり 寿

これぞ、まさにコンテンツメーカー読本といえる良書発見。ゼロからコンテンツを世に送り出すクリエイティブな人だからこそ、書ける本。こういう隠れた名著にあえるのが乱読(濫読)の楽しみだ。予想もしなかった、当たりを引いた感に感動している。

しりあがり寿氏を初めて知ったのは、私が学生時代に受講していた進研ゼミの中に連載されていたギャグマンガだ。なかなか常人には表現できない、すごいセンス。でも、何より何十年も第一線を走っているのが素晴らしいと思っていた。その漫画家の頭の中がこんな風になっていたなんて、ちょっとした感動を味わいながら読んだ。

しりあがり寿氏のきわめて研ぎ澄まされたマーケティングセンスに焦点をあてながら、興味深かったところを深堀してみたい。

「売れない」と食えない

表現すること自体は誰でもできる。三歳のコドモだってそれなりに絵を描いたり歌を歌ったりする。だけど、大人はホメはするけど、コドモにお金は払わない。つまり表現で生きていくには、ある程度の人がお金を払うほどには受け入れられなければならないということだ。

小説家でも作家でも画家でも写真家でも、ありとあらゆる創作する人の悩みと葛藤。必ずしも「売れる」作品が良い「作品」ではないが、「売れない」と生活できない。市場が求めているモノ、流行しているモノは必ずしも、自分が理想としているモノではない、でも「売れる」という路線を外すと、それこそ子供の落書きと同じ。

自分が表現したいものだけではなく、市場に今求められているモノといかに折り合いをつけていくかということが大事。

しりあがり寿氏は、これを自分の中にいる「ケダモノ」と「調教師」という比喩で表現している。コンテンツメーカーのモノを生み出す原動力ってのは、自分の中にある「ケダモノ」(止めようもない熱源)。それをいわば「調教」して、なんとか市場に求められているモノと合わせないとならない。リアルな表現で、本書を通じて一貫した比喩でもある。

端的に言えば、売れないなら、食っていけない。食っていけないと、生計を立てるために、ほかの仕事をしなければならないので結果として、コンテンツ作りに集中はできない。しかし、市場に売れるコンテンツを産みだそうと思えば、自分の中にある真の感情を裏切ることになる。

そこで大事なのが、マーケティングだ。

マーケティングとは・・・自分が表現して生きていくために、うまくいかない原因はどこにあるのか、無用な悩みを減らし、考え方を整理し、ケダモノにのびのびと暴れてもらうためには必要な知恵かもしれません。(P28-29)

ケダモノと市場の折り合いをつけていく知恵をマーケティングと呼んでいる。んぐ~~これは深いぞ。今まで、いろいろ、マーケティングに関する定義を聞いてきたけど、一番、納得がいく定義かもしれないで。

では、しりあがり寿流のマーケティングとは何か?。

「自分はなんのためにそれを描いているのか」

まずなんといっても大切なのは、今自分が描こうとしている作品が何のためにあるのか、という「目的」です。・・・最終的には読書を喜ばすことが目的になるかもしれません。でもその前に必要なのは、発注者を喜ばす、と言うことです。発注者というのは、通常の漫画雑誌などで書店で販売する雑誌の仕事の場合は、編集者でしょう。しかしこれがPSなどになると、広告プロダクションのスタッフなどが発注者になることも多くなります。そして大切なのは、発注者ごとに、作家に仕事を依頼してくる目的が違うことです。(P44-45)

最終的には誰もが「読者」が喜ぶコンテンツを世に出したいと思うはずだ。しかし、同時に自分も満足したい。それがコンテンツを生み出す人の葛藤だ。それでも、しりあがり寿氏は、その葛藤のさらに上を見ている。

そのマンガで利益を得たいと願っている「発注者」の存在を見ているのだ。これを見過ごすと、いつまで経っても稼げないコンテンツしか生み出せないことに気がついているのだ。この視点は、分かっているようで、けっこう見過ごしがちな視点じゃないだろうか。

PRマンガの場合など「ある商品情報を伝える」「商品に対しての好イメージをつける」「PR誌の中ではしやすめ的にマンガを入れる」など、単にオモシロければいいだけでなく様々な目的が付いてきます。(P45)

では、ある雑誌にマンガを掲載してもらう場合に、最終的にそのマンガがどういう意図で使われるのか。自分のコンテンツに発注者は何を期待しているのか?ここまで考える。そこを外れると自己満足になってしまう。読者が喜んでも雑誌社の編集者から見ると、使えないと判断されてしまう。

これって、私が一番嫌うスポンサーを見ているという状態なんだけど、現実を見ると、それも欠かせない視点ということだ。ビジネスであるなら。紆余曲折を経て、私もこのことを理解できるようになった。

この辺、しりあがり寿さんの達観は見事だ。

自分が制作過程において迷ったり悩んだりした時、必ず「自分は何のためにそれを描いているのか?」という目的に立ち戻ることが必要になります。その時本来の目的がはっきりしていれば、やるべきことが大きくぶれることありません。(P46)

アマゾンのレビューを見ると、このあたりの知恵が、あざとく見えるようだ。「市場に受け入れられるようなコンテンツの作り方は特に知りたくないのだ」というようなレビューもあるのだけど、その考えは「全く売れず、読者にも喜ばれず、何より、メディアに取り上げてもらえない」ので・・売れない、食えない漫画家の愚痴にしかすぎなくなる。
結局、家で落書きしているのと同じ、家で妄想しているのと同じになってしまうので、大人なら、なんとかここを折り合いつけていく必要がある。

マーケティング書籍なんかを見ると、この辺は当然語られることなんだけど、私としてはしりあがり寿氏のように個性の強い漫画家、ナンセンスに好きな作品を書きまくっているように見える作家が、マーケティングを考えていたというのに驚愕した。

ちなみに、私はしりあがり寿氏の絵は、個人的にとてもツボ(実家の家族はとても嫌いだと思われる)

そんな、ある意味「大人な世界」の中でも、自分の願うオモシロさをいかに世に問うていけるのかをしりあがり寿氏は追及する。ここに美学を感じるわけだ。単純に、ドンキ・ホーテじゃないのだ、大人は。

オモシロさに忠実に生きる

でも結局のところ、その中に「怪しさ」「危うさ」を含みながらも、ひとりひとりの人間が真剣に考えた、「良かれ」や「オモシロイ」に忠実にモノを作るしかないような気がします。結局それが全体として人間の能力を最もよく引き出す方法で、それがダメなら人類そのものがダメな気もします。

そこで自分に忠実にでなく、読者の欲望に合わせすぎると、つまりみんながみんなモノを各人がそんなことやり始めたら、ヤバイんじゃないかなー、やっぱり。だからたくさんの人が(10人に1人でいいけれど)自分の考えをできるだけ取り済まして、その人なりの「良い」にこだわってモノを書いたほうがいいのに、と思います。(P210-211)

マーケティング的に深い考察をしたあげく、しりあがり寿氏は、こう言い放っちゃう。結局は自分の「オモシロさ」で引っ張るんだぜって。これは成功した今になって初めて言えることなのかな?っと思うんだけど、最終的にたどりついた結論の深さにモノ作りの同業者としては感動して落涙しちゃうわけだ。やっぱそこだよね!と。

ちょっと話はそれるんだけど、以前に、スガシカオのインタビューを見ていたことがあって、彼の作詞する歌は、ちょっと常人がひいちゃうくらいドロドロした内面の葛藤だったり、人の汚さだったり描き出している。でも、こんな詞は一般受けしない。当然、公衆の目の前に並べられるコンテンツじゃない。つまり「売れない」と。

ただ、彼は稀代のメロディーメーカーでもある、普通の人をひるませるような詞に、甘い口ずさむようなメロディーをつけて、大衆に受け入れられ、同時に歌わせることに成功したのだ。たぶん「甘い果実」リリースの時とかだったと思うけど。

実は、これ(市場に受け入れられるようにしながら、最終的には自分のやりたいことをやっている)を意識的にやっていると。これを聞いたときにしばらく、私はスガシカオが大嫌いになった。なんて、あざといんだと。この頃は私も、若かったのだけど・・。

ミュージシャンの口からマーケティングっぽい話を聞きたくはなかった。
しかし今考えると、メロディーの甘さという魅力で市場をつかみつつ、比喩を使いながらも自分の世界観が随所に表れた「詞」を市場に押し込んでいったスガシカオってすごいなと思うわけ。最終的には、自分の世界観でフォロワーを引っ張っているのだ。市場に合わせるようにして、自ら折れているようでありながら、実は虎視眈々と自分の世界観で市場を作ることをあきらめていなかったわけだ。

コンテンツメーカーとして目指す地平

まあ、スガシカオとしりあがり寿氏の共通点といえば、それぞれサラリーマンで、最初からモノ作り(アーティスト)として成功した人ではなかったということ。サラリーマン生活をしながら現実の重みをしっかり知りながら、自分を市場に合わせ、同時に市場を自分に合わせていく知恵(マーケティング)を学び取った大人であるということなんかな~。

大人としてコンテンツを作る以上、いかに市場に受け入れられるかという視点は絶対に欠かせない。ただそれはきっかけにすぎず、そこを利用しながら、いかに自己実現的なコンテンツを世に生み出し続けるか。それをずっと続けられるくらいまで支持されるか。コンテンツメーカーとしてのつきない悩みへの解決策が、ここにある。

コンテンツを生み出しつつ、市場に飲まれたくない!という少しひねくれた「モノ作り人」には「超」がつく、おすすめの良書だ。

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大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq